この頃、「仕事ができない人の特徴トップ5」「嫌われる人の口癖ワースト5」などの記事の蔓延もあって、「仕事ができないと思われないように」「嫌われないように」と自らの行動を制限する人が増えているように感じます。

本来、自分には内心の自由も行動の自由も(法に触れない限り)あるはずなのですが、「他人の目」を気にして自分を縛っているような感覚を持つ方は多いのではないでしょうか。

何をするにしても「”自分を承認してもらいたいアピール”だとおもわれたらどうしよう」と考えてしまい、何も行動できなくなります

夜中に仕事のメールを送る前には「”こんな時間まで仕事してますアピール”だと思われたらどうしよう」、自分の顔が嫌いと愚痴りたいときも「”そんなことないよって言われたいアピール”ととらえられたらどうしよう」、電車でビジネス書を読んでいるときにも「”デキるやつアピール”だと思われたらどうしよう」・・・。

なんでこんなにびくびくしているのか、自分でもわかりません。

1.分析

それぞれの行動は、とても自然なことだと思います。

仕事のメールを送るのが夜中になってしまうこともありますし、顔について愚痴りたいときもあるでしょう。

読書の自由がいつでもあることは、誰でも知っていると思います。

悩みを抱えている人の文章を読んでいると、まるでこの方が自分のために生きていないように感じます。

他人のために生きているようなのです。

それでも気になってしまうのは、「いじめ」を中心とした最近の文化故なのかもしれません。

そんな時代は早く去ってほしいと思います。

2.解決法

さて、そうは言っても、今の時代は時代。

本当に心配なら、夜中にメールを送る際には、「もっと早い時間に送ったつもりでいたのに、まだ送れていませんでした!」などと書き足せば、嫌みな感じは減るでしょう。

あるいは、「そんなことないよって言わなくていいから、愚痴を聞いてね」と言って顔について愚痴ればよいのです。

ビジネス書が恥ずかしければ、ブックカバーをかけましょう。

ただ、これらはあくまでも「今の世の中で生きていくための対症療法」であって、本質的には、少しずつの勇気を出して、文化を変える一人になりたいですね。

「私、人見知りなんです」「コミュ障なんです」などの自己防衛フレーズは使うべきでない?

コミュニケーション下手だと相手に思われる前に、「自分はコミュニケーションが下手ですよ」と自己申告するようにしています。

相手が期待するコミュニケーションはできないかもしれないからゴメンね・・・という意味で使っていたのですが、友達に「気まずい空気になっても私のせいじゃない」と逃げるための言葉だ、と指摘されてしまいました。

やはり、こういう「自己防衛フレーズ」は使わないほうがいいんでしょうか?

1.分析

お友達の「逃げ」という決めつけも、ひどい評価の押しつけだと思います。

そのお友達は評価体質なのかもしれませんね。

真に受けず、「そうかもね程度で逃げて、距離を置いてもよい人なのかもしれません。

2.解決法

自己防衛フレーズを使いたいのであれば、それによって何を言いたいかも同時に言えばよいと思います。

「私、人見知りなんです。だから気まずい雰囲気になったらごめんなさい」

「私、コミュ障なんです。だからうまく会話できないかもしれないけれど、すみません」

と言えば、「自分のせいではない」という「逃げ」になるどころか、むしろ「自分をさらけ出したやりとり」になると思います。

「ええ?そんなことないよ。私もね・・・」と話がはずむかもしれません。

レッテル貼りをされないように発言を選んでいるため、素直に発言ができません

好きな本のタイトルや好きな文化人を挙げると「意識高い系(笑)」などと揶揄されます。

こういう、「〇〇系」とレッテル貼りしてくる人に本当に腹が立っています。

彼らにレッテル貼りされたくないので、いちいち「この発言はレッテル貼りされるかな?」と自問してから発言しているのですが、それもなんだか悔しいです。

1.分析

「レッテル貼り」はものすごい心の暴力です。

こちらのありのままを、勝ってに「〇〇系」と決めつけてくるからです。

なぜ人はそんなことをするのか、と考えてみると、「とりあえず安心したいから」なのではないかと思います。

自分には難しい話を、「〇〇系」と決めつけてしまえば、楽になるのでしょう。

本当はよく話を聴き考えなければならないのは、自分のほうなのに、です。

2.解決法

相手にどの程度のことを期待するか、というのは、案外大切な判断です。

レッテル貼りの被害に何回かあったら、「この人とこういう話をするのは危険だな」

「この人とはこの程度の話にとどめておいたほうがよいな」

と判断してよいと思います。

それは悔しいことではなく、相手に対する思いやりのようなもの。

自分よりも浅い思考しかできない人にとっての限界、と見てあげればよいでしょう。

気楽な単独行動が好きだけど、「寂しい人」「友達が少ない人」と同情されたくはない!

趣味が食べ歩きなので、よく一人で飲食店に行くのですが、カップルや親子連れ、女性グループなどに「あの人一人で寂しくないのかな?」「”ぼっち”(ひとりぼっちの略)だね(笑)」と同情されるのだけはイヤです。

本当はそんなことを気にせずカフェでスイーツなどを食べたいのですが、どうしても他人の目が気になって満喫できません。

1.分析

もしも同情してくる人がいるとしても、それはその人の世界観が狭いだけ。

一人で行動する自由を知らないだけ、と考えられます。

人生、自分がやりたいことをやっていくことによる充実感は他のものに代え難いです。

それは、仲間がいようと、一人であろうと、関係のない話です。

人によっては仲間がいないと耐えられない、という場合もあるかもしれませんが、この方は一人でも大丈夫な方のようです。

2.解決法

「群れる」ことに汲々としている人から見れば、「ぼっち」ということになるでしょう。

でも、世の中を見渡してみれば、一人で飲食している人はいくらでもいます。

もちろん悪いことでも何でもありません。

群れることしかできない人たちに対して、一人で行動することの素敵さを教えてあげる、くらいの気持ちでよいのではないでしょうか。

実際、他人にお伺いを立てずに好きなことができるのは、自立した人間として、とても素敵なことだと思います。

いわゆる「スペック」の低さが原因で、恋人をつくろうという気が起きません

私は、顔面偏差値も低ければ身長も低く、低学歴で低収入、おまけに出身地の魅力度も低いという、いわゆる「低スペックの人間です。

誰もが羨む「高スペック」の恋人をつくってみんなを見返してやろうとも思うのですが、スペックの低さが原因で異性に話しかける気すら起きません。

※スペック=パソコンなどの性能を表す言葉ですが、転じて「人の身体的特徴、趣味、学歴、仕事などの階級を表す言葉」として使われています。

1.分析

人を「スペック」として見ている時点で、すでに「少しのトラウマ」の世界に入っていると思います。

人間は人であって、モノではありません。

パソコンならば部品を入れ替えてよりよくできるでしょうが、人間はそれぞれの事情によって「どうしても変えられない部分」があるものです。

ですから、「スペック」という概念に当てはまらないのです。

2.解決法

解決の方法は、「スペック」の世界から脱することにこそあって、「高スペック」になることや「高スペック」の恋人を得ることではない、とまず決めて下さい。

自分や他人をモノ扱いするのはやめましょう。

それよりも、誠実に生きていこうとか、誠実な人を見つけていこうとか、人にちょっとした親切をしてみるとか、モノにはできないことをしてみたらどうでしょうか。

誠実で親切、という人柄は、出身地などよりもよほど重要だと思います。

解決の方向はそちらにあるのではないでしょうか。

「世間体が悪い」という理由で離婚を思いとどまっています

夫婦の関係は完全に冷めきっているのですが、世間体を考えると離婚に踏み切れません。

世間の目を気にせず好きに生きられたほうが精神的にラクになるのはわかっているのですが、今まで順風満帆な生き方をしてきたので、離婚で人生にキズをつけたくないという気持ちもあります。

1.分析

もちろん離婚するといろいろと自分の心が傷つくことはありますが、離婚そのものは「キズ」でも何でもなく、自分の生き方の一つの選択です。

離婚を選択するのであれば、それは「順風満帆」の定義を自分なりに変えることを意味します。

そもそも、「順風満帆な生き方をしてきたので、人生にキズをつけたくない」というのは、「他人の目」を通したものの見方です。

2.解決法

自分の親しい友人が、「世間体を考えると離婚に踏み切れない」と身動きがとれず、ストレスフルな生活を送っていたら、何と言うでしょうか。

「あなたの人生にキズがつくから、やめなさい」と言うでしょうか。

離婚に至るには様々な事情があるはずです。

人生を共に歩もうと思って結婚した同士でも、時の経過と共にそれぞれが別の方向をむいてしまう、ということは仕方のないことでしょう。

親しい友人が離婚したら、「キズもの」扱いをせず、生活が大きく変化するストレスフルな時期を支えてあげたいと思うものではないでしょうか。

「世間」は人の集合体。

「評価体質」の人は、離婚についてもデリカシーのないことを言うかもしれません。

でも、その人たちが「世間」を代表しているわけではないのです。

人生を乗っ取られないように注意したいものです。

※参考文献:「他人の目」が気になる人へ自分らしくのびのび生きるヒント 水島広子著