ところで、ボールビーのいう「親子の役割逆転」とはどういう体験か?

説明すると次にようになる。

自分が学校から家に帰ってきたときに、一度として母親は笑顔で向かれてくれたことはなかった。

帰ってみると、家で母親は泣きわめいていたことはあっても笑顔のことはなかった。

学校から家に帰ってみると、父親に石をぶつけられたことはあっても父親が機嫌よく家にいたことはなかった。

しかし、子供の方は、父親が外から帰った時にはいつも笑顔で、「おかえんなさーい」と大きな声で言わなければならなかった。

母親も父親も、子供に感情をぶつけて自分の感情を晴らしていた。

つまり親が子供に甘えていた。

それが「親子の役割逆転」である。

それは、子供にとって地獄の生活である。

そうして成長してしまった抑制型の人は、大人になると周囲の人から感情的に搾取されることが身についてしまう。

そして抑制型の人は、うつ病になったりノイローゼになったりするだろう。

そうした環境に反発する非抑制型の人は、暴走族になったり罪を犯したりするだろう。

そのように社会的に逸脱しないでまともに生きられたとすれば、心の中でバケツ百杯の涙を流している。

そこまで辛さに耐えれば、普通なら感情が麻痺してしまって当たり前なのである。

それなのにあなたは感情を失わないで耐えて生きてきた。

もう一度繰り返す。

だから愛されないで育った人は天国に行けると聞いた時に、「あー、そうか」と思えるのである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著