愛着障害の克服事例ケース1

このケースに限らず、どうしようもなく行き詰ったケースで、最後に逆転が起き、事態が改善に向かうというケースでは、共通することが起きていた。

それは、一方で、その子が追い詰められた状況にいるということであり、もう一方で、家族がその子に真剣にかかわる姿勢を見せ続けるということである。

この二つの条件のもとで、本人と家族の関係改善ということがおきると、一気に事態が好転し始める。

後は、自分からどんどん変わっていこうとする。

もちろん、一足飛びにそこにいたるわけではなく、その準備段階ともいえる状況が進んでいることが多い。

準備段階の中でも、とりわけ重要と思われるのは、家族との関係が改善する前に、中立的な善意の第三者との間に、ある程度の信頼関係が育まれ、その存在が臨時の安全基地として機能しているということである。

この「安全基地」は、愛着が安定するための鍵となるものであり、これから見ていくように、愛着障害が背景にあるケースの回復において、不可欠な役割を担うことになる。

本来は親などの家族が、その人の安全基地となればいいのだが、親との愛着が不安定な愛着障害になったケースでは、それが難しい。

そこで臨時の安全基地となった存在が橋渡しとなって、肝心な家族との関係をつないでいく。

中立的な善意の第三者とは、医療少年院の場合には、本人を担当する教官や医師である。

親や家族との間には、すでに傷つけ合ってきた長い歴史があり、それに絡んだ深い遺恨があるのが普通だ。

表面的には和やかにふるまっていても、心の奥にはさまざまな思いが渦巻いている。

親子といえども、そうした遺恨に邪魔されて、お互いに素直に心を開けないことも多い。

その点、担当の教官や医師といった存在は、真っ白な気持ちで本人に向かうことができるので、ネガティブな感情に縛られることが少なく、かかわりやすいのである。

もちろん、教官や医師であっても、かかわっていく中で、その子の試し行動や、自分から墓穴を掘るような行動によって、落胆したり、裏切られた気持ちを味わうことになるのだが、それでも親子の関係に比べれば、客観的な視点を維持しやすいので、対処も容易である。

とはいえ、感情的に巻き込まれやすい人は、こうした役割を担いにくい。

子どもがこちらを傷つけるような暴言を吐いたからといって、すぐに腹を立ててしまったり、そのことを引きずってしまったりする人は、安全基地には向かない。

暴言には反応しない冷静さとともに、暴言の背後にある本人の気持ちを読み取って、そちらに反応することのできる能力が必要になる。

こうした能力を備えている人は、専門家といえども少ないのが現実だが、優れた支援者となれる人には共通して備わっている能力である。

仮の安全基地から本来の安全基地へ―臨床で見つけた回復の原理

その能力は、後の章で詳しく述べるが、「メンタライジング(心を汲む力)」とか「リフレクティブ・ファンクション(振り返り機能)」と呼ばれる能力であり、安定した愛着の人でより優れているとされる。

心を汲む力や、振り返り機能が高い人は、安全基地となる能力も高いのである。

だから、こうした存在がまず子どもに関わり、安定した愛着を育んでいくことが、その次のステップにつながるのである。

親との関係をいきなり改善しようとするのではなく、まず、介添え役の存在が、臨時の安全基地となって、本人との間に本音を言える関係を作っていく。

さらに介添え役は、本来の安全基地となるべき存在に働きかけて、安全基地としての機能を取り戻させていく。

それによって徐々に、本来の安全基地が安全基地として稼働し始め、介添え役の方が次第に働きかけや代理の支え手となるのをやめても、安定した関係が維持できるようになる。

こうなると、全般的な症状や社会適応も、親が安全基地としての機能を回復するのに比例して、良くなっていく。

これが、医療少年院での臨床経験から見出した「回復の原理」である。

※参考文献:愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる 岡田尊司著