運命から逃げ出さない

“人生の目的を間違えるな”

自分を受け容れない人は人生の目的を間違える。
イソップ物語風に言えば次のような物語である。

ツバメとウマとブタが一緒になって、「あそこに行こう」と言うと、ブタはついつい一緒に走ってしまう。
駆け足の遅いブタが「あそこに」着いた時には、野原にツバメとウマはいない。
ブタは一人である。
日は暮れて、ブタは一人で泣く。

ブタはツバメやウマと一緒に走らなければいい。
あるいは、走り出しても「あー、自分はツバメとウマとは違うんだ」と思って走るのを止めればいい。

自分を受け容れない人は、このブタのように走るのをやめない。
そしていよいよ不幸になる。

自分を受け容れないブタは、翌日ツバメとウマが来ると、また一緒に遊んでもらおうとする。

不幸になるブタは、向こうからくる相手と会うと、全部相手に合わせて行動する。

こうして日々、より不幸になっていく。

第二次世界大戦で、もし日本が無条件降伏をしていないで、もっと戦っていたら、どうなったであろうか。
戦後の日本の、この経済的繁栄はないだろう。

最後の一兵まで戦うということは、全員玉砕することである。

運命を受け容れようとするときに、運命のあまりにも巨大な姿に圧倒される。

自分にはこの運命を受け容れるのは無理だと思う。

しかし、受け入れなければもっと悲惨なことになる。
不幸な星の元に生まれた人は、この重荷は自分は持てないと思う。

しかし、「火を避けて水にはいる」という諺のように、運命を避ければ、もっと悲惨な日々が待っている。

もし、運命を受け容れて滅びる者がいるとすれば、その人は運命を受け容れなければ、もっと過酷な結末が待っている。

世の中には、不運な人に適当なことを言う人がたくさんいる。
不幸な星のもとに生まれた人も、できればもっと楽に幸せになりたい。
そこで、ついついそうした甘言に引っかかる。

餓死寸前の子がいる。
お粥をあげる人がいる。
そのときに、「他の子はケーキを食べているのに」と文句をいったらどうなるだろうか。

そんなことを言っていたら、いつまでたっても体は丈夫にならない。
自分が餓死寸前であることをうけいれなければ、死ぬしかない。
餓死寸前であることを受け容れてお粥をたべるから、再生の道が拓けるのである。

そんな時に、「あなたにもビフテキをあげる」と言う人がいたとする。
餓死寸前の子は、その人をいい人と思ってしまう。
しかし、そのビフテキでお腹を壊して死んでしまうかもしれないということを考えない。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには自分の運命から逃げ出さないことである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三

 

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