パーソナリティと愛着タイプの関係

もっとも愛着回避との相関が強いのが、シゾイドパーソナリティであることがわかる。

シゾイドの傾向が強いほど、愛着回避も強まるのである。

愛着回避との相関が強いのは、次いで、回避性、妄想性となる。

逆に、もっとも愛着回避との結びつきが弱く、負の相関を示したのが、演技性である。

つまり、演技性の傾向が強いほど、親密な接近を回避するどころか、積極的に接近しようとする愛着行動が活発な傾向がみられる。

演技性に続いて、積極的な接近がみられるのが、反社会性、次いで自己愛性、依存性、境界性となり、それ以外とは一線を画していた。

つまり、些細なきっかけからでも、親密な距離への接近が起きやすいタイプとして、演技性、反社会性、自己愛性、依存性、境界性が重要になるだろう。

一方、愛着不安との結びつきについては、もっとも高いのは回避性、次いで失調型、妄想性、境界性、依存性の順であった。

逆に、愛着不安と負の相関を示し、愛着期待が高かったのは、演技性で、次いで反社会性、自己愛性となり、他のグループとは、大きな違いを見せた。

距離が近くなりやすい、演技性、反社会性、自己愛性、依存性、境界性の中でも、愛着不安が強い、依存性、境界性のタイプと、愛着不安が弱いか負の相関を示す演技性、反社会性、自己愛性のタイプでは、特性が異なることになる。

演技性、反社会性、自己愛性のグループでは、愛着不安が少なく、むしろ愛着期待が高いため、相手に当然のごとく近付いていく。

そうした積極性のゆえに、これらのグループは、浮気性や遊び人とみられやすいが、実際には、演技性や自己愛性の傾向が強い人でも、特定の存在との関係を大事にする人もいて、移り気な傾向を伴うとは限らない。

それに対して、依存性や境界性は、愛着不安が強く、相手にどう思われているか、自分が認められているかどうかがとても気になり、相手の顔色や反応に過敏になりやすい。

回避性や失調型は、愛着回避も愛着不安も強いために、愛情を求める気持ちは強いのに、拒絶されるのが怖くて接近に二の足を踏む。

対人関係に慎重になりすぎて、思いはあっても行動ができなかったり、不安のために行動がぎこちなくなったりしてしまうのである。

ADHDやASDと愛着タイプ

パーソナリティとは、生まれ持ったものと、育ちの中で後天的に身につけたものが融合して最終的にできあがった行動、感情、認知のスタイルであるが、生まれ持った特性を重視した概念に発達障害がある。

その中で、一般にもよく知られているのが、自閉症スペクトラム症(ASD)と注意欠如/多動性(ADHD)である。

成人のASDの症状を評価するスケールであるA-ASDと、成人のADHDの症状を評価するスケールであるA-ADHDのスコアと、愛着回避、愛着不安との相関係数がある。

ASDは、シゾイドパーソナリティと非常に近い愛着特性を示すことがわかる。

実際、大人のASDは、シゾイドパーソナリティと、ほぼ同じものではないかということも言われている。

一方、ADHDは、愛着回避とはまったく相関せず、愛着不安と軽度の正の相関を示す。

つまり、ADHDの人は、距離感という点では、自己愛性や依存性の人とほぼ同程度で、距離が近くなりやすい。

ただ、自分が受け入れられているかどうかに、境界性や依存性の人ほどではないものの、やや敏感なところがあるということになるだろう。

愛着回避+愛着不安は、対人距離の良い指標

このように、愛着回避と愛着不安の傾向は、それぞれ対人距離に影響を及ぼすのであるが、ざっくり言えば、愛着回避も愛着不安も対人距離をとろうとする方向に働くと言える。

その人の対人距離を把握する場合、両者をトータルに見ることが、良い目安となる。

ASD(自閉スペクトラム症)の傾向が、もっとも対人距離が遠くなる傾向と関係し、回避性、シゾイド、妄想性、失調型などが続く。

逆に、演技性、反社会性、自己愛性は、対人距離が近くなりやすいと考えられる。

これは、臨床的な知見ともよく一致している。

対人距離を予測する一つの基準となるだろう。

演技性、反社会性、自己愛性の傾向をもつ人は、対人距離が近くなりやすいということは、改めて重要な事実を示していると言えるかもしれない。

自己アピールが上手で、他人のことを本当には考えない人が、あなたに接近してくることが多くなりやすいということだ。

向こうからあなたに近づいてきた場合、まずこの三つの傾向をもった人物である可能性を疑ってみる必要がある。

執着の強さと愛着

対人距離意外にも、対人関係の質を左右するポイントがいくつか存在する。

その一つは、執着の強さである。

誰かと合わなくなったとき、さらっと別れてしまえる場合もあれば、なかなか腐れ縁が切れないという場合もある。

関係に対する執着の強さは、愛着不安が強いほど、強まりやすく、一方、愛着回避が強いほど、あっさりとしたものになりやすい。

そこで、一つの目安として、愛着不安と愛着回避のスコアの差を「対人執着度」と定義し、各パーソナリティごとにみてみた。

シゾイドパーソナリティがもっとも執着が乏しく、依存性パーソナリティがもっとも執着が強いという結果になるが、これは臨床的な知見とも一致している。

執着が強いほど腐れ縁になっても別れにくいタイプであり、執着が薄いほど、あっさり終わってしまいやすいと言える。

対人執着度は、心の傷つきやすさや見捨てられ不安、悪い方に邪推してしまいやすい傾向との結びつきを示し、

対人執着が強すぎることは、生きづらさの要因になると考えられる。

しかし対人執着がなさすぎても、人間関係が希薄になり、人との交わりを楽しんだり、人生の果実を味わったりする機会が乏しくなってしまうだろう。

愛着の安定性と対人執着度との間には、まったく相関が認められず、両者は独立したファクターだと考えられる。

愛着の安定性が、愛着不安、愛着回避とそれぞれ強い相関を示すのとは対照的である。

愛着の安定性と対人執着によって、四つのグループに分けることができる。

1.執着の強い安定型

特定の対象との愛着が安定し、執着も強いタイプである。

その代表は依存性パーソナリティであるが、強迫性パーソナリティもその傾向がある。

特定のパートナーや知り合いとの関係を大事にし、長い付き合いを求める。

律儀でもっとも信頼できるタイプだと言えるだろう。

2.執着の弱い安定型

特定の対象との愛着は安定しているものの、状況次第では、組む相手を変え、目先の利益や都合を優先するタイプで、表面的には良好な関係でも、恒常性という点では、あまり信用がおけない。

演技性や自己愛性のタイプが典型的だと言える。

執着の強い不安定型

特定の対象と親密になると、猜疑心や不安が強まり、ぎくしゃくしやすいところを抱えている。

同時に、執着が強く、相手を独占しようとするので、相手をするのが大変になりやすい。

代表は、境界性や妄想性のタイプである。

一つ間違うと、ストーカー的になったり、刃傷沙汰に発展したりすることもあり、慎重な対処が求められるタイプだと言える。

執着の弱い不安定型

特定の対象と親密な関係が築けないだけでなく、そもそも他人に対して無関心であったり、一緒に何かをしたりすることに興味がないタイプで、シゾイドが典型的だと言える。

共感性、社会的想像力と対人距離

通常、共感性の豊かな人は、人との交わりを好み、親密な関係を築いていくので、対人距離も近くなりやすい。

共感性にも大きく二つの能力があるとされる。

一つは、相手の身振りや表情、気分に同調し、相手と同じように感じる能力である。

同調能力とも呼ばれる。

もう一つは、相手の立場になって相手の気持ちを想像し、理解する能力だ。

この能力は、社会的想像力やメンタライゼーションとも呼ばれる。

前者は、情緒的な共感であるのに対して、後者は認知的な共感である。

どちらも、相手の気持ちを汲み取ったり、状況にふさわしく振る舞ったりするためには必要な能力である。

前者ばかりに偏ると情緒的になりすぎ、後者ばかりでは、理解はしてもらっても少し冷たい印象になる。

両者がほどよいバランスで与えられた時、話を聞いてもらった人は、自分の気持ちを汲み取ってもらえたと感じる。

同調能力が豊かな人は、親密な関係が生まれやすく、対人距離も縮まりやすいが、認知的な共感能力が高くても、対人距離が近いとは限らない。

対人距離が近い人は、社会的想像力が高い傾向がみられるが、その関係は弱い相関でしかなく、対人距離が近くても社会的想像力が乏しい人も少なからずいるのである。

対人距離が遠い場合は、社会的想像力が乏しくても、あまり迷惑になることもないが、難しいのは、対人距離が近いのに社会的想像力が欠けている場合だ。

こちらの意図や気分に関係なく馴れ馴れしく接近してきて、場違いな話や自分勝手な要求をされるということが起きやすく、周囲にとってはストレスの原因にもなる。

共感性が乏しいのに、近い距離を好むタイプに要注意

本来の共感性は、相手の痛みも自分の痛みと感じるような、相手の立場でその人の身になって感じることである。

しかし、頭だけで理解し、感じたふりをすることもできる。

認知的な共感だけで情緒的な共感を伴わない人は、痛みをわかってくれたように、相手に思い込ませることもできるのだ。

悩んでいた女子高生など若い女性をターゲットにし、共感したふりをして一緒に死のうと、おびき出し、殺害を楽しむという猟奇的な事件が起きたこともある。

その場合に行われていることは、共感をフェイクして、同調したふりをするということである。

相手への真の思いやりではなく、共感さえも打算的に利用しようとする傾向は、対人関係を考える場合に、もっとも用心しなければならない特性だと言える。

恋人や伴侶に選ぶのには最悪だが、同時に、フェイクが上手な演技性や自己愛性や反社会性の傾向をほどよく持っている人の方が、社会的に活躍しているというのも現実なのである。

成功している人、華やかにやっている人には、そうした一面がつきまとっていることが多いのである。

ところが、こうした共感性の乏しさや冷酷で打算的な傾向をもった人は、対人距離が近く、ずかずかと、あるいは、巧みに接近してきやすいのだ。

冷酷な傾向が強まるほど、対人距離は近くなっていくことがわかる。

巧みに近寄ってくる人には、やはり用心することが肝要だと言える。

共感性が乏しく冷情傾向がある人が対人距離が近くなりやすい要因としては、扁桃体という器官の働きが関係していることが推測されている。

扁桃体は、恐怖などの情動の中枢であり、危険を察知すると扁桃体が興奮し、恐れを感じることで、接近を踏みとどまる。

ところが、なんらかの原因で扁桃体の活動が低下していると、本来は感じるはずの恐怖や不安を感じない。

その結果、用心すべきところで用心が働かず、無頓着に接近するということが起きる。

言い換えれば、怖さを知らないのである。

それがトラブルを招くことになる。

扁桃体の活動が低下する要因としては、先天的な異常による場合もあるが、むしろ多いのは、過酷で、非共感的な体験をすることによる場合だ。

たとえば、ひどい虐待を受けて育ったり、戦争で過酷な体験をしたりすることが原因となる。

攻撃性の方向 自責か他責か中立か

対人関係の質を決定する上で、もう一つ重要な要素は、攻撃性に関する特性である。

つまり、攻撃性が相手に向かいやすいか、自分に向かいやすいかということが、付き合いやすさを大きく左右する。

攻撃性が、すぐ相手に向かう人の場合には、何か問題があるとすぐに責められたり不満を言われたりして、周囲はストレスを感じることになる。

積もり積もれば、やがて関係の崩壊にもつながりやすい。

ストレスを受けたときのコミュニケーションの特性を調べる検査にPFスタディというのがある。

この検査では、トラブルが起きた24の場面で、自分に責任があるという言い方(自責反応)と相手に責任があるという言い方(他責反応)の割合を求めることができる。

自責反応と他責反応がどれくらい出現するかをみると、その人の攻撃性の方向がどちらに向かいやすいかがよくわかる。

ただ、これらの反応は、設定されている場面が、主に見知らぬ他人を相手にしたものであるため、親密な関係においてあらわれる反応パターンというよりも、パブリックな場での反応をみるものとなっている。

つまり、外面での反応であり、外で良い子に振る舞うからといっても、身近な人に対しても同じとは限らない。

わかりやすくするために、まず自責反応だけでみてみよう。

典型的な自責反応は、「すみません」とか「ごめんなさい」と謝る反応である。

また、「しまった!」「馬鹿なことをした!」といった嘆きの反応や、「(指摘を受けたことに)すぐ対応します」とか「弁償させてください」といった責任をとろうとする反応も、自責反応である。

パーソナリティのタイプごとに、自少反応との相関を示したものがある。

自責反応と正の相関(自責反応が多い傾向)を示すのは、依存性やASD、シゾイド、回避性の傾向をもつ場合だ。

相手の顔色を見て合わせる依存性の人や傷つくことを避けようとする回避性の人では、衝突を避けるために譲歩する傾向が強い。

また、対人関係に消極的で、社会的にも不器用なASDやシゾイドの人も、控えめで、あまり自己主張せず、争いを好まない平和主義者が多い。

あまり器用に自分の立場を主張して対立するよりも、とりあえず謝っておくことで、難を逃れるという反応を身につけているのだろう。

逆に自責反応と負の相関が強い(自責反応が少ない)のは、反社会性、境界性、ADHD、妄想性、自己愛性となっている。

これらのタイプでは、自らの非を振り返ったり、受け入れたりすることが乏しい傾向がみられる。

概して、振り返る力が弱く、不快な現実に対して、自分を攻撃していると受け止め、反撃しようとする。

自責反応が多いタイプは、控えめで、あまり主張せず、無害なタイプだと言える。

それに対して、自責反応が乏しいタイプは、責任転嫁や逆ギレ的な攻撃が起きやすく、御しにくい相手だと言える。

適正な距離がとれない四つの場合

ここで適正な対人距離がとれない場合には、どのような愛着やパーソナリティの問題が原因となりやすいかを、まとめてみよう。

1.親密さや愛情・関心を過度に求めようとする場合

まず、一つのタイプは、親密さや愛情を過剰に求めようとするものである。

相手が少しでも親切だったり、優しそうに見えると、つい接近したくなり、馴れ馴れしく甘えたり、相手の誘いに応じたりしてしまう。

このタイプがもっとも典型的にみられるのが、脱抑制型愛着障害で、見境なく甘えようとする。

もう少し常識的な範囲であるが、相手の関心を惹こうとしたり、相手に良く見せようと、過剰にサービスしてしまうタイプとして、演技性パーソナリティや依存性パーソナリティがある。

2.相手を利用対象として見て、自分の都合だけで接近する場合

相手の気持ちや都合よりも、自分の利益や都合だけを考え、相手が利用できる「獲物」とみれば、すかさず接近し、思い通りにしようとするタイプで、自己愛性パーソナリティや反社会性パーソナリティが典型的である。

3.社会的なサインや相手の拒否が読み取れない場合

場の空気や相手の気持ちが読み取れず、相手が求めるどころか、嫌がってるのに、接近しようとしてしまうケースである。

社会的な認知や共感能力の障害があるASD(自閉スペクトラム症)、シゾイド、失調型パーソナリティの場合が典型的である。

4.自分の行動や欲求に対する抑制が低下している場合

脱抑制型愛着障害では、親密さへの欲求をコントロールできないだけでなく、気まぐれで、多動や衝動的な傾向もみられる。

ADHDの人も、多動で衝動性が強く、思いつきですぐ行動してしまう傾向が見られる。

脱抑制型の人が、ADHDと間違って診断されていることも少なくない。

また、気分の波がある人は、躁状態や軽躁状態のときに、ブレーキがきかなくなり、思い付きのままに暴走してしまいやすい。

行きずりの人と盛り上がった勢いで性的な関係をもったり、飲食をおごったりすることも珍しくない。

アルコールや薬物の影響で脱抑制状態を生じれば、一過性に距離がとれなくなり、馴れ馴れしい行動に出て、大失敗するということも起きる。

インターネットでのやりとりでは、相手の顔や反応が見えないため、発言に抑制がかかりにくいことが知られる。

それは、親密さや心理的接近を生む「仮面舞踏会」効果を生み、出会いの場ともなりやすいが、普段と違う攻撃性や極端さが強まることで、トラブルのもとになる場合もある。

以上のようなものが、適正な距離がとれなくなる主な原因だと言える。

もちろん、二つ、三つの原因が同時に重なることもあり、いっそうトラブルや失敗につながりやすい。

※参考文献:対人距離がわからない―どうしてあの人はうまくいくのか― 岡田尊司著