“頑張りの裏にはそれぞれの歴史がある”

必死になって努力しながらも自分に自信を持てなかった人は、表面的にしか物事を見ていなかったのではないだろうか。
事実として同じことを、同じことと見なしていたのではないだろうか。

同じ家を建てれば、単に同じ家を建てたと、悩んでいるあなたは、認識していたのではないだろうか。
同じ家を建てても、その裏にある人生は違う。

親の遺産で家を建てた人もいれば、生きている間に親に家を建ててもらった人もいる。順調な環境で生まれ育って、普通に社会で働ける能力を培って、サラリーマンになり、その給料でローンを組んで家を建てた人もいる。

親子関係が上手くいっていた人が家を建てても、そこには長いストーリーはない。

同じサラリーマンでも、心の葛藤を抱えて育ってきて、なかなか普通に社会で働けない人もいる。
そういう人が、毎日心の葛藤と闘いながら頑張って会社で働いて、少ない給料をためて建てた家もある。

外から見て同じように会社ではたらいていても、ビジネスマンの心の中はそれぞれ違う。

幼い頃から両親が不和だった人もいる。
そして、そういう人は父親に同一化できない。
その結果、大人になって会社で上司とうまくつきあえない。

そこを我慢に我慢を重ねながら努力して、毎日会社で働いて、なんとか給料をもらって、やっと家を建てたという人もいる。

家を建てる動機も違う。
必要だから家を建てる人もいるし、大きな家を建てたら皆が驚くだろうと思って家を建てる人もいる。

それぞれの動機には、それぞれの人生の歴史がある。

家族の幸せのために頑張っている人と、自分が有名になるために頑張っている人とがいる。
頑張りの動機が違う。
前者は愛情が動機であり、後者は孤独が動機であろう。

同じに頑張っていても、その頑張りの裏にはそれぞれの人生の歴史がある。
それなのに、人はそれを一緒にして、同じように「あの人は頑張っている」と言う。

同じ家でも違う。
額に汗して働いたお金で建てた家もあれば、人から搾取して得たお金で建てた家もある。

毎日リストラの不安に怯えながら会社にいても楽しくはない。
そうして働いて家を建てた人もいれば、働くことが楽しくて、家を建てた人もいる。それぞれの家の裏にはそれぞれの人生がある。

だから、あなたの家は「あなたの固有の家」なのである。「あなたの固有の家」は、人が建てた家と比較できるものではない。

家は、単に2DKのマンションとか、庭付き一戸建てとか言える家ではない。
あなたの家が小さいとする。そして、あなたがもし、「隣の家のように大きな家を建てられれば」と思ったら、あなたは「私が私でなければ」と思っているのである。
あなたが建てた家の裏には「あなた」がいる。隣の家の裏には隣の人がいる。

対人恐怖症、社交不安障害を克服するには人との比較はやめて、あなたなりの歴史を作っていくことである。

※参考文献:自分の受け入れ方 加藤諦三著