厳格な家庭で育った少年がいる。

過ちは父から厳しくとがめられ、
家の者にはあざ笑われた。

そうして育つことで、少年は自分のいかなる弱をも隠そうとする対人恐怖症になった。

会社に入っても、失敗することを避ける努力をする。

他人が自分のもろさを指摘すると怒る。

彼は間違う機会をさけようとすることで、いよいよ間違うことを恐れるようになった。

失敗しそうになると不安を感じる。自分は弱点のある人間である、失敗もすれば成功もする人間である、という感じ方を隠滅しようとする。

自分の現実の姿についての自分の感じ方を抑圧する。

そうすることで、彼は失敗したら他人に受け入れてもらえないと感じるようになる。

失敗したらみんなんい軽蔑されると思う。

これはまったくの勘違いである。

失敗したって人は受け入れてくれる。

対人恐怖症、社交不安障害の人は、失敗しないことによって、他人から尊敬されると思う。

これまた勘違いである。

対人恐怖症、社交不安障害の人の場合も、抑圧することによって、他人が自分をどう見るか、まったく勘違いをする例である。

そのような人、対人恐怖症、社交不安障害の人にとって、とにかく大切なのは、「いったい、自分が一番認めたくないものは何か?」ということである。

認めたくないから認めないといったところで、自分に嘘をつき、抑圧を重ねている人は、すでに自分自身に失望している。

そして、自分に失望しているからこそ、他人のあらも探すようになる。

「自分で自分を尊敬せよ」という言葉がある。それは別の言葉で言えば、「抑圧行動をやめよ」ということなのである。

自分で自分に嘘をつき続けることで、自分への失望を深めていってしまう。

それがさらに他人への非難軽蔑となる。悪循環である。

他人を非難したくなったら、立ち止まって、「はたして自分は、本当にそんな価値のない人間なのだろうか?」と反省してみることである。

じぶんを価値のない人間だと感じるようにしてしまったのは、ほかならぬ「自分自身」であると気が付くはずである。

「耳をおおうて鈴を盗む」ということわざがある。

耳を「おおて鈴の音が聞こえなくても、鈴が鳴ることはやはり知っているのである。

抑圧とはこのようなことである。

※参考文献:自分を嫌うな 加藤諦三著