不足が大きいほど、それを補うことは容易ではないのだが、その欲求はあまりにも切実なので、すべてを犠牲にしてでも、求めずにはいられない。

愛人を作って家庭を壊してしまったり、子どもやそれまでの人生を捨てて、新しい生き方を求めることもある。

それもまた、克服されていない愛着障害に振り回されて起きていることかもしれないが、同時に、抱えている安全基地への渇望を癒し、それを克服するための試みとしておこなわれている場合もある。

しかし、そうした試みも、本当の安全基地を手に入れることができなければ、大きな痛みと損失だけを残して、無残な失敗に終わってしまうこともある。

大きな賭けに出なくても、もっと誰も傷つけない形で、安全基地を取り戻すことができれば、それに勝ることはない。

結局、安全基地とは、どこか遠くにあるというよりも、あなたの身近に、そして、あなた自身の中に育むことのできるものなのである。

あなた自身が身近な存在に対して、安全基地になれるように努めることで、あなたも安全基地を手に入れやすくなる。

それは、少し心がければ、我々が日々の暮らしの中で、取り組めることなのである。