つかず離れずがよい人間関係のコツ

結婚式のとき、よく使われるスピーチにこんな言葉がある。

「結婚式前は両目を開きなさい。結婚したら片目をつぶりなさい」

最近は結婚も、かつてのようにお見合いというケースはなくなり、せいぜい合コンとか婚活パーティで知り合った二人が、つきあっているうちにお互いに好意を抱いてゴールインするパターンも少なくない。

だが、なんといっても圧倒的に多いのは、恋愛から結婚へと進展するケースだろう。

恋愛中はアバタもエクボで、とかく相手を好意的に判断しがちだ。

だが、先のスピーチは、お互いにアツアツになっているからこそ、この期間にもっと冷静に、しっかり両目を開いて相手を見なさいというアドバイスなのだ。

そして結婚したら、逆に「こんなはずではなかった」といった相手の欠点も見えてくるときがある。

恋愛中には見えなかったボロが出てくるのだ。

そんなときこそ、お互い、少々の欠点はあるかもしれないが、それには目をつぶりなさい、片目で見てあげなさいという忠告なのである。

この”格言”こそ、人間関係の距離感をはっきり表している。

つまり、恋愛中は、うんと相手に接近して、お互いに長所も短所もしっかり見極めなさいということ。

そして、結婚したら、あまり接近しないで適当な距離をとりなさいと、二人の距離感の違いを進言しているのだ。

男女の距離感にかかわらず、あらゆる人間関係は距離感で違ってくる。

さまざまな人との距離のとり方が上手な人が、いつ、どんなときでも人間関係をスムーズにしている人といえる。

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人と人との距離のとり方は難しい。

ちょっと知り合っただけなのに、こちらが親しそうな口をきくと、急にべったりと馴れ馴れしく接近してきたり、逆にお互いにある程度わかり合えた仲間だと信じていても、何となく他人行儀な素振りを見せ始めたり。

人間関係は流動的に、たえず変わっていくものである。

しかも、対人関係といっても、さまざまなパターンがある。

たとえば、仕事上での関係は、上司と部下だけでなく、同僚や先輩後輩もいる。

また、友人といっても、ピンからキリまで、さらに男と女など、あらゆる関係があるのが現実である。

「知り合い」と「友人」は違うだろう。

「ボーイフレンド・ガールフレンド」と「恋人」とは違う。

それぞれの境目があるからこそ、人は人に興味を抱き、人への愛情も湧き出てくる。

大人の人間関係とは、お互いの人格を尊重して、いい意味で利用し合うことでも成り立っている。

そんな人間関係での距離感を、相手によって、それぞれ考えているとキリがなくなってしまう。

そこで、いつ、どこで、誰とでも通用する一つの基本的なアドバイスをしておきたい。

つまり、どんな相手とでも「つかず離れず」をベースにするといい。

この関係こそ、健全な人間関係をつくる原理原則ではないかと思う。

ホットでありクール、ウエットでありドライ、そんな人間関係を楽しめるようになれば、人生をもっと充実させることができるのではないだろうか。

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初対面では「感じよく」見せるのがコツ

初対面の相手には、いい印象を持ってもらうに越したことはない。

だが、それにあまりこだわることもない。

「いい印象を残そう」と意識しすぎると、最初から相手との距離感を間違える。

「人から良く思われたいなら、自分のいいところを並べ立てないことだ」と、パスカルは指摘している。

初めて会う人に自分の長所を並べ立てたら、それこそイヤ味である。

相手も辟易する。

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初対面の段階では、あまり距離を近くしないほうがいい。

最初から接近しないことだ。

自分のアウトラインがわかる程度でいい。

何度か会ううちに、自分の性格をいろいろアピールしていく機会もあるのだから、最初は「何となくいい感じの人だな」くらいの印象が残せたら御の字だ。

そのためには、特別に難しいことなどいらない。

・きちんと挨拶する
・清潔な服装を心がける
・相手の目を見て話す

「マナー教室」で教えられるような基本中の基本を押さえていれば、それでいい。

それに、いくら最初の印象がよくても、あとからそれがひっくり返ったら、かえって損をすることもある。

最近は何でもマニュアル化する傾向にあり、「第一印象でほとんど決まる」と教える人もいる。

だが第一印象が悪ければ、すべてがよくないというわけでもない。

とにかく初対面のときは、肩の力を抜いてリラックスすること。

近づきすぎなければ、ボロは見えないから心配はいらない。

最初から力を入れ過ぎないこと。

これに尽きるのではないか。

参考記事>>人付き合いが怖いを克服する方法

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「弱み」は、素直に見せたほうが好かれる

「もう少し親しくしたい」など、相手との距離を縮めたいとき、一方的に近づけば、かえって逃げられる。

もちろん、こちらから好意を伝えることは必要だが、相手にも好意を持ってもらわなければどうしようもない。

人に好かれようと思ったとき、私たちはつい格好をつけてしまう。

つまり、「いいカッコしい」になりやすい。

自分の優れた面だけを見せようとする。

だが、それが間違いのもと。

こちらが完璧を装うほど、相手は疲れてしまう。

ユダヤの格言に「人間の長所は欠点があることだ」というのがある。

ふつう、人は自分の欠点についてコンプレックスを抱き、それを隠そうとする。

しかし、完璧な人間などいないのだから、欠点もオープンにしたほうがいい。

「私ができることが、できない人もいるんだ」と相手が気づくと、人は安心する。

だから、自分の欠点を見せることは、相手を安心させる。

「人間というものは、ちょっとスキがあったほうが人に好かれるものだ。一点の非もない人間よりも、どこかスキのある人のほうが人に好かれる」

精神科医であり文筆家でもあった斎藤茂太氏も、こう述べている。

その通りだろう。

斎藤氏自身、大変に周囲から好かれ、人生を謳歌した人であるから、この言葉には重みがある。

いま男女が知り合う場は合コンもあるだろうが、昔はお見合いが多かった。

相手に渡すお見合い写真は、晴れ着を着たり、どうしたって実際よりも見栄えのいいものを選ぶ。

まずは写真を見て、「会ってみようかな」と判断するのだから当然のこと。

ここまでは虚勢を張ってもいい。

だが、実際にお見合い会場に行けば、もう虚勢は通じない。

ここからは素の勝負となる。

このとき、見合い写真と同じように「最高の自分を演出しなくちゃ」と考えたら失敗する。

お互いにカッコいいところから見せようとするので、いつまでたっても近づくことができずに見合いは終わる。

素で勝負となったら、自分の弱みを正直に見せることだ。

知らないことは知らない、できないことはできないといったほうが、相手は親近感を抱いてくれるだろう。

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たとえば趣味について尋ねると、相手がオペラについて話し始めた。

残念ながら自分にはオペラの素養はない。

こんなとき、詳しくないのにわかったフリをしても必ずバレる。

それよりも「オペラのことはわからないので教えてほしい」といえば、相手は気分よくいろいろ話してくれるだろう。

もし、相手が「オペラのオの字も知らないの?」とバカにしたような態度をとるのであれば、そんな人間と距離を縮める必要はない。

バカにするのは虚勢を張っているからで、その人こそ無知なのだ。

ただし、無知と無能は違う。

無能をさらけ出されたのでは困るのだ。

「僕は働くのが嫌いだし、いつも会社に行くのが憂鬱で仕方がない」

「私って、食事のマナーとか全然できてないからフランス料理とかパス」

こんなことを言われたら、誰だって好きになれない。

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ビジネスの場でも同様だ。

できないことをできる、と虚勢を張られては困るが、「自分は無能なんで」と開き直られたらもっと困る。

「営業は得意ではありませんが、いろいろ勉強させてください」

「上手なキャッチコピーがどうもうまくつくれません。何かコツはあるでしょうか?」

「英語の解釈が間違っているかもしれません。気づいたらご指摘ください」

自分の弱みを素直に告げて教えを請えば、たいていの人は快く応じてくれる。

相手を不安にさせるのではなく、安心させる弱みの見せ方が求められている。

これはもう、失敗もしながら、場数を踏んでいくしかない。

誘うときは、気軽にダメ元で

「相手の都合を考えすぎて、人を誘うことができない」と悩んでいる二十代の女性がいる。とくに新しい人間関係において、それができないという。

同じビルの隣に入っている会社に、同年代で好感の持てる女性社員がいる。

ときどきトイレなどで一緒になり、ちょっと会話を交わす機会がある。

気が合いそうなので、一度、食事でもしながらゆっくり話をしてみたい―。

こんなときは、「今度、一緒に食事に行きませんか?」といえばいいだけなのだが、それができない。

いったい、なぜなのだろう。

本人は、「会社が違うから仕事のこともわからないし、もしかしたら恋人と約束があるかもしれない。

無理に誘って迷惑をかけたくないから」と理由づける。

しかし、本当のところは、断られるのが怖いのではないか。

人を誘ったときに返ってくる答えは、「YES」「NO」ともに半々、フィフティフィフティである。

「いいわね、行きましょう」が50%、「ごめん、行けないわ」が50%。そのどちらであっても不思議ではない。

しかし、とかく人は断られたほうを大きく捉えすぎてしまう傾向がある。

「やっぱり嫌われていたのではないか」

「突然、誘ったりして驚いたんじゃないか」

そんなふうに、自省した結果になるのを恐れて誘えないのだ。

一方、返事をする彼女の方も、同じなのだろう。

人を誘うのが苦手だという人は、「自分は、断られるのがイヤなカッコつけだったんだ」と気づくこと。

そして、「半々の確率で、断られて当たり前」と割り切ることである。

自分が興味を持った人は、もっと積極的に誘えばいいと思う。

だが、そのとき心得なければならない距離感がある。

まず、やってはいけないのは「大ごとのように誘うこと」だ。

「気楽に断われる」状況でないと、相手に負担をかける。

それには、誘う側も気楽でなければならない。

恋愛下手な男は、この「気楽さ」ができない。

「今日も暑いね。そこらでビールでも一杯飲んでいかない?」

なら相手も気軽に応じられるし、断れる。

だが、「夜景の見える高級レストランを予約したんだ」では重すぎる。

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ナイターの外野席くらいなら気軽におごってもらえても、オペラのS席となると、そうもいかない。

だから、最初は軽めからスタートして、反応を見ながら少しずつ距離を縮めていくのがいい。

ところが、下手な人は、いきなり最初から距離を縮めようとして大ごとに誘いをかける。

そして、断られてはショックを受けるのだ。

この意見に対し若い男性から反論を受けた。

「でも、いきなり行った店が満席だったりしたらカッコ悪いじゃないですか。せっかく誘うんですから、やっぱりいい店のいい席を予約しておかないと」

この気負いが重い、ということに気づく必要がある。

満席だったら、「ごめん満席だ。別の店へ行こう」

これでいいのだ。

それでも心配なら、歩きながら店に電話を入れて「いまから二人入れますか?」と聞けばいい。

ふらりと寄った店が満席だったら、そのままおしゃべりしながら空いている店を探せばいいだけの話ではないか。

そして、「さっきの店、人気があるんだね。今度は予約して行ってみようか」といえたら、さらに距離を縮めるチャンスも生まれる。

もちろん、「考えておく」と断られるかもしれない。

でも、それでいいではないか。

そのときに、いちいち「自分を嫌いなんだ」などと深く考えすぎないこと。

単に予定が合わなかっただけかもしれない。

「ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない」

ユングはこう述べている。

人には、それぞれ事情がある。

生活環境をはじめ、好みも考え方も違う。

「断られないように誘う」方法などないのだ。

ダメ元で気楽に声をかけるのが、いちばんいいのである。