ひきこもりが治る薬はあるのか

「ひきこもり」で苦しんでいる当事者です。

「ひきこもり」が治る薬はないのでしょうか?

もしあれば、教えてください。

「ひきこもり」に対する特効薬のようなものはありません。

ただ、薬がまったく無意味かといえば、そういうわけでもないのです。

薬物療法を行って、非常に手応えを感ずる場合もあります。

むしろ、治療の流れの原則からいけば、「薬で治るものは薬で」解決し、これに続いて、どうしても薬物療法に抵抗する問題については、精神療法的なアプローチをとることにしています。

ひきこもり本人と話し合いながらいろいろな薬を試し、有効なものをみつけていく作業は、ひきこもり本人自身のセルフコントロール感を高めます。

もちろん「薬に頼っている」ことを嫌う人もいますが、薬などはせいぜい、潤滑油程度の意味しかありません。

意欲もエネルギーも、みなその人本来のものであって、そうしたものまで薬で補うことは不可能です。

その意味では、依存しすぎも、行きすぎた拒絶反応も、誤解という点では似たようなものです。

向精神薬と呼ばれる薬には、さまざまなものがありますが、第一選択薬として抗うつ薬がよく使用されます。

SSRIも含めて、その人に合った処方を、飲み心地を確かめながら使用します。

最近はひきこもり当人もインターネットなどで専門家顔負けの知識を持っている場合もあります。

ご自分で薬の名前を指定してくるケースも多いです。

「ひきこもり」事例で薬物を用いる場合、基本はこうした話し合いです。

合わない薬を無理に飲ませる意味はまったくありません。

飲んで少しでも外出が楽になるとか、そういう効果が実感できたら、はじめて意味があったと言えると思います。

抗不安薬もよく用います。

緊張して電車に乗れない、人前で喋れない、そういったケースの場合は、緊張しそうな状況の直前に服薬してもらい、何度かそういう場面を経験できると、もう薬なしでも平気になる場合もよくあります。

薬はいざというときのためのお守り代わりで十分になるのです。

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イライラや暴力などの衝動性が激しい場合には、抗精神病薬を用いる場合もあります。

視線恐怖などの対人恐怖症などにも抗精神病薬が有効な場合があります。

薬の本などを読んで、「これは分裂病の薬だ」と腹を立てる人もいますが、精神医学では、病名と処方の対応関係がけっこう曖昧なところもあります。

薬や診断について疑問があれば、どんどん担当医に相談してください。

きちんと納得ずくで使用すれば、薬もかなり役に立つと思います。

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どうしたら自信を持てるか

どうしても「自信」を持てずに困っています。

どうすれば自信を持つことができるのでしょうか?

「自信」を持つ方法はおおまかに言って二通りあります。

ひとつは、なんらかの実績を積み重ねていく方向。

高い学歴や職歴、資格、社会的地位、良い成績をあげること、すぐれた作品を残すこと、技術を高めること、財産を蓄積すること、などなど、社会一般の価値観から見て、自分の価値が高まることによって得られる自信があります。

しかし、それだけではありません。

「自信」のもう一つのあり方は、「他人から承認されること」です。

先に述べたような社会的価値観から離れて、無条件の、無償の承認です。

「あなたがあなたであるというだけの理由で、私にはあなたが必要だ」という承認です。

これもまた、人を勇気づけ、自信を与えてくれる力になるでしょう。

本当は、自信は無根拠に持つべきものです。

無根拠であるほど、それは強い。

「私は世界一私自身である。私以上に私をきわめたものはいない」そういう自信もアリです。

というか、本当はそういう自信でいいのだと思います。

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ひきこもりを親しい人に打ち明けてもいいか

高校卒業後に三年間ひきこもって今は就職していますが、ひきこもったということを周りの人に隠さなくてはいけない苦しさがあります。

もう親しい人には打ち明けてもかまわないでしょうか?

ひきこもっていた経緯を話すかどうかは、たしかに難しい問題です。

少なくともはっきり言えることは、就労の面接や初対面の人にはふせていたほうがよいだろうということです。

長くひきこもっていた人には正直な人が多く、最初から洗いざらい自己紹介をしてしまおうとされることがおおいのですが、そのような重い経験を初対面でつきつけられても、相手が返答に困るだけでしょう。

また就労の面接においても「ひきこもり」経験はあきらかにマイナス要因にしかなりません。

スムーズな就労を望むのであれば、履歴書の空白は自分なりに当たり障りのない説明を工夫しておくほうがいいと思います。

「フリーター」もしくは「自営業の手伝い」などとしておくようにお勧めします。

ただし、そうした経緯で就労しても、どうしても後ろめたさが残るという方は多いことでしょう。

ある程度まとまった期間勤め上げたら、親しい同僚などには打ち明けてもいいのではないかと考えています。

初対面の人はデータしかみませんから、「ひきこもり」のような不利なデータは隠さざるをえませんが、ある程度気心も知れ、信頼関係もできた場合は、告白によって関係が崩れることはまずないでしょう。

ただ、どちらかといえば話さない方がいいのではないかと考えています。

人付き合いにおいては、多少は秘密があってはいけないと思い込むことは、潔癖症と紙一重になる場合もあります。

もちろんこれは好みの問題ですが。

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他人の力を借りなければ脱出できないのか

一年留年して私立大学四年生の私は、授業にまったく出席しないわけではなく、友人とも常々会っています。

下宿していますが母親が郷里から上京してくれば部屋にも泊めて多少の会話はします。

自分は単なる怠け者であり、「ひきこもり」ではないと思って、自分の力で改善しようとしているのですが、今年も卒業はできないし以前の生活が送れません。

やはり他人の力を借りないと、問題は解決しないのでしょうか?

よく誤解されてしまうのですが、何もひきこもることが絶対的に悪い、と考えているわけではありません。

むしろひきこもることは、健康な人間の能力の一つと考えているくらいです。

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世間には、ひきこもることができない人もたくさんいます。

そういう人たちは一見、社交的で楽しそうですが、一人になると不安を感じたり、自分が何者であるかに悩むなど、みかけほど幸福ではないことも多いようです。

これは、あるセラピストが池袋近辺で遊んでいる数人の高校生からじかに聞いて知ったことです。

ただ、何事にも程度はあります。

極端に社交的な人がある種の不幸を抱えるように、極端にひきこもってしまった人も、別の意味で不幸な状態にあると言えるかもしれません。

あなたの問題は、それほど深刻なひきこもりとは言えないかもしれません。

しかし、もしあなたが、他人とのかかわりを徹底して避けようとしているのなら、私はやはりその状態にとどまるべきではないと助言したくなります。

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人間は社会的な動物と言われますが、むしろ社会的でない動物は存在しないと考えます。

あなたの問題が、もし勉学への意欲の問題などであるなら、それこそ他人とのかかわりの中で解決可能なのではないでしょうか。

意志も欲望も他人からもらうものです。

ひとりだけで力んでいても、湧き上がってくるものではありません。

もちろん他人の力を借りると言っても、その方法は一様ではありません。

悩み事を相談することも含まれますが、友達とハメをはずして遊んだり、時には喧嘩したり、あるいは恋愛したりすること、そういう、人間関係の総体が人を活性化する力を持っているのではないでしょうか。

ある印象的だったひきこもり青年の言葉があります。

「一人でいても何も起こらない。人といるといやなこともあるけど、何かが起こるんですよ」

その通りだと思います。