アダルトチルドレンのジャンはこう言います。

「両親は確かに私をちゃんと育ててくれたし、学校の行事にも来てくれました。

でも、私が悲しんだり怒り出したりしたら、親は露骨に私を無視しそうな感じでした。

プラスの感情でなければ外に表わしてはいけないというルールがありありだったんです。

ある面では私は大切にされたと思うけれど、別の意味ではぴしゃりと拒否されて見捨てられている感じがしました。

私の家族には、辛いことがたくさんありました。

父は四年間、失業していたし、母は、私が九歳から十一歳の間に二回、何かの理由で入院しなくてはなりませんでした。

その間、妹は祖母のところへやられていました。

こういうことについては、話してはいけなかったんです。

私は本当は腹を立てていた。

とても怖かった。

悲しかった。

誰かに聞こえるように叫びたかったけど、そんなことをしても誰にも聞いてもらえないし、追い払われるだけだとわかっていました」

見捨てられ感や怖れを感じたときたいていの子どもがすることを、ジャンもしました。-アダルトチルドレンの彼女は、家族が自分のそばにいてくれるよう、「愛される」ことに全力を尽くしたのです。

愛される存在でいるというのは、他人の基準に合わせるということです。

アダルトチルドレンのジャンにとってそれは、自分の感情やニーズを切り捨てて他の人の意向を優先することであり、つまりは自分自身の感情とのつながりを断つことでした。

アダルトチルドレンのジャンはほんの小さなうちから、この防衛手段を身につけました。

今でもそれがアダルトチルドレンの彼女にとって、自分を守り他人とつながるための、ただひとつの方法なのです。

自分のニーズや感情を常に切り捨てている痛みに耐えられなくなるまで、このパターンは続くでしょう。

そのあとアダルトチルドレンの彼女は別の防衛手段、それもおそらくもっと自分を傷つけるやり方を探し出すかもしれません。

アルコールや処方薬や食べ物に依存することです。

こうした防衛手段は、ひたすらアダルトチルドレンの彼女の痛みを長引かせ、おそらくはエスカレートさせていくでしょう。

アダルトチルドレンの彼女が「自分を防衛する」ことから「自分を癒やす」ことへとコースを切り替えるまでは。

多くの人は子ども時代に自分を守る方法をつくり上げ、おとなになっても同じやり方を続けて、しばしば人生の他の分野でもそれを応用します。

たとえば、子ども時代に心の痛みをやわらげるために食べるという手段をとっていたとしたら、おとなになっても過食を続けるだけでなく、アルコールも同じ目的のために使うようになるかもしれません。

あるいは子ども時代に親の関心をつなぎとめるために人を喜ばせるやり方を身につけていたとしたら、職場でも同じ方法で人の注意を引こうとするでしょうし、それが人間関係の依存へと発展するかもしれません。

不安や怖れを軽減しようとして、私たちは防御の盾を身につけました。

それは、決して批判すべきことではありません。

防御の盾を身につけたのは、見捨てられた痛みを和らげるためだったし、耐えがたい怖れや無力感から自分を遮断し引き離しておくためでもありました。

子どもの自分を守るためにはそれが必要だったのです。

ただし、自分を防御して保護していたものがいつから人生の障害となったのか、いつから傷と痛みを作り出すようになったのか、私たちは知っておく必要があります。

あなたも知っている通り、痛みのもとになった過去の出来事や家族の状況は、変えることができません。

けれど痛みにどう対応するかは、今の私たちが選択することです。

どの対応を選ぶかによって、人生のコースは変わってくるのです。

人が痛みに対してどんな反応をするかを見ていくことで、私たちには選択肢があることが理解できるでしょう。