役割期待のずれは対人ストレスの原因

私たちはあらゆる人に対して、何らかの「役割」を期待しているものです。

駅ですれ違った知らない人にすら、「知らない人」という「役割」を期待しています。

ですから、そういう人が馴れ馴れしく近寄ってきて、くだけた口調で話しかけてきたりすると、不快に感じるのです。

自分が期待した通りの役割を相手が果たしてくれていれば、また相手が自分に期待している役割が自分も引き受けたい役割であれば、ストレスはありません。

しかし、相手が自分の期待通りに動いてくれなかったり、相手が期待してくることが、「やりたくないこと」や「できないこと」だったりすると、ストレスになります。

相手との関係の中でイライラが起こるとき、そこには必ずこうした「役割期待のずれ」があると言ってよいでしょう。

役割期待がずれていないか考える

もしもあなたが誰かにイライラを感じるならば、役割期待のずれを検証してみましょう。

これはお互いの関係がよくなるチャンスです。

その際に検証する必要があるのは、次のようなことです。

〇自分は相手に何を期待しているのか

〇それは相手にとって現実的な期待なのか。

〇自分の期待は相手に伝わっているのだろうか。

〇相手は自分に何を期待しているのか。

〇相手が本当にそれを期待していると、確認したか。

〇相手からの期待は自分にとって問題なく受け入れられるものか

〇受け入れられない期待であれば、どのように変えてもらったらよいか。

お互いが期待していることは何か?

例えば、自分が忙しいときに、前触れもなく急ぎの仕事をふってきた上司に怒りを感じた場合。

このとき自分は相手に何を期待しているのでしょうか。

実はこうしたことはよく整理されていない場合が多いのですが、少し考えてみると、「仕事をふるときは、こちらの都合に合わせてほしい」あるいは「仕事を突然頼むときは、もっと気遣いを示してほしい」ということになるでしょう。

それは相手にとって現実的な期待なのでしょうか。

そもそもこちらが忙しいかどうかを知らない、もともとそんなデリケートな人ではない、ということもあるでしょう。

自分の期待は相手に伝わっているのでしょうか。

「今は忙しいから仕事はふらないでくださいね」とでもはっきり伝えていない限り、上司は知らないかもしれません。

相手は自分に何を期待しているのでしょうか。

頼んだ仕事は有無を言わさず速やかにやるように、ということでしょうか。

そう期待されていると思うから、イライラが湧いてくるのかもしれません。

相手が本当にそれを期待していると、確認したでしょうか。

「私はこんなに忙しいのですが、有無を言わずに引き受けて、速やかに仕上げなければならないのですか」と尋ねたのでなければ、本当にそう期待しているかどうかはわかりません。

相手の期待を本当に確認できていることはむしろ稀なものです。

相手からの期待が確認できたとして、それは自分にとって問題なく受け入れられるものでしょうか。

イライラが「反射的な怒り」を超えて長引いているのだとすれば、受け入れるのが難しいのかもしれません。

受け入れられない期待であれば、どのように変えてもらったらよいのでしょうか。

上司からの期待を「仕事をふっても、忙しければ断ってほしい」「期限を延ばす相談をしてほしい」「今の仕事とどちらを優先するか、相談した上で適切に働いてほしい」のいずれかに変えてもらうことができるかもしれません。

紙に書いて整理してみる

治療の中で行うときには治療者と患者さんとでじっくりと話し合っていきますが、一人で検証していくときには、紙に書いてみるとよいと思います。

ただ単に「あの人がストレス」と言っているときよりも、ここまで細かく検証してみたときの方が、解決ははるかに進みますし、自分がただの被害者でどうすることもできないという無力な感覚から脱して、相手との関係は自分でコントロールできる部分もあるという感覚を持つことができるようになります。

してほしいことをちゃんと伝える

「役割期待のずれ」は、日常のさまざまな場面で起こります。

具体的な例を見ていきましょう。

例:仕事の愚痴を話しても彼が共感してくれないことが不満。

こんなケースの場合、自分は彼にどんな形で「共感」を示してほしいと思っているのか、そして、そもそもそのことは彼に伝わっているのか、ということを見ていきます。

すると、実はほとんど伝わっていないということが多いものです。

聴いてもらいたい女と解決してあげたい男

男性には「仕事に不満があるのなら、解決策をアドバイスしてあげなければ」という「問題解決志向」の人が多いもの。

「恋人の愚痴をただ聴いて共感する」という選択肢がもともとない場合もあります。

「何か役に立つことを言って解決してあげなければ」という気持ちが強く、「ただ聴いてあげるだけなんて、何の役にも立たなくて申し訳ない」と本気で思っている人も少なくないのです。

ですから、「ただ聴いて『大変だったね』と言ってくれればいいの」「アドバイスはしないでほしいの」と伝えるだけで、上手く振る舞えるようになる男性もいます。

照れ屋の場合、「大変だったね」というセリフは難しいこともあるでしょう。

そんなときには、「ただ聴いている」という姿を「共感」の表現として受け止めていく必要があるかもしれません。

あるいは、「大変だったと思わない?」と聞かれれば「思うよ」と答える、というレベルでOKにするなど、相手の性格や実力に合わせて、「相手に期待する役割」を考えてみるとよいでしょう。

【役割期待のずれ】

彼女「私の気持ちをわかってほしい」⇔彼氏「役に立つことを言ってあげなければ」(←「聴くだけでいい」と伝える)

相手のタイプに合った「役割」を期待する

例:残業ですごく疲れているのに、夫が家事を手伝おうとしなくてイライラする。

ここでもチェックポイントの第一は、「それが伝わっているか」です。

遅く帰ったのだから、残業で疲れていることくらいわかっていて当たり前、疲れているときには家事をやってもらいたいのは当たり前、と思い込まずにちゃんと言葉で伝えているかどうか見てみます。

もしも伝わっているのにやってくれないのであれば、役割期待が相手にとって現実的ではないのだろうと考えてみます。

日頃あまり家事をしない男性の中には、家事への苦手意識があって、「指示されないことには手を出さない」というタイプの人もいます。

不用意に手を出して責められたりすることが怖いのです。

一方、自主的になら家事をするけれども、指示されるとやる気を失う、というタイプの人もいます。

まずは本人がどちらのタイプなのか、じっくり話し合ってみるとよいと思います。

タイプによって役割期待を変えてみる

指示されなければできないタイプだったら、「指示されなくてもやる」という役割期待は不毛ですから、諦めて指示をするか、指示機能を持ったシステム(チェックリストを作って、夫が自らやるべきことを確認できるようにするなど)を作り、「指示されればやる」という役割期待に変えた方が現実的でしょう。

「私がこんなに疲れているのに指示させるなんて」と妻が怒っても、そもそも夫にとって可能な役割ではないことを期待しているわけですから不毛ですし、ストレスになるだけです。

指示されるとやる気を失うというタイプであれば、「今日は残業で本当に疲れているの。家事をしてくれると本当にありがたいわ」などと、相手のやる気を出させる言い方をしてみるとよいでしょう。

「指示通りに家事をする」という役割期待から、「自分のやる気に基づいて家事をする」という役割期待に変更するのです。

あれこれ口出しをしたくなるかもしれませんが、「自分の指示通りにやってもらう」という期待がかなえられることはますないでしょう。

口を出せば夫は家事をしなくなるだけだと思います。

その人の「タイプ」は、持って生まれた性格やそれまでの人生が反映されているものであり、変えようとして変えられるものではないからです。

叶えられない期待は、手放してしまった方が楽です。

本当は心は傷ついている

これらの作業を、単に、「期待のレベルを下げる」という次元で見てしまうと「我慢させられるのか」と感じるかもしれませんが、実際にはそんなことはありません。

もともと、夫に対して怒りを感じているのは、単に自分の家事が減らないという物理的なことだけではなく、「こんなに疲れている自分をいたわってくれない」という「心の傷つき」があるからなのです。

本当は「指示されればやるけれども、指示されなければできない」というだけの夫なのに、「家事をしない=私への愛情がない」と解釈してしまうので、怒りが生じるのです。

しかし、夫に合わせた役割を期待することで、愛情を感じられる機会も増えます。

ですから、結果として「我慢させられる」という感じ方にはならないのです。

自分側の不適切な役割期待が、夫からの愛を感じることへの障害になっていると考えるとわかりやすいと思います。

もしかすると、夫婦の問題は「家事をする、しない」ということにあるわけではないのかもしれません。

そもそも妻が働くことに夫が不満を持っている場合、家事を手伝わないなどの非協力的な態度に表れる場合もあります。

本当の不満はどこにあるのかをきちんと話し合っておかないと、どんどん夫婦関係のずれにつながってしまいます。

単に「家事をしてくれない」というレベルにとどまらず、本質的な話し合いをした方が関係性は改善するでしょう。

「やってくれない」ということには何らかの理由があるはず。

その理由を相手と共に探っていこう、というふうに取り組んでいくと、被害者意識にふりまわされてただただイライラと疲れがたまるのみ、という状態から抜け出すことができるはずです。

【役割期待のずれ】

妻「私が疲れていることを察して、何も言わなくても家事を手伝ってほしい」

夫1「妻がなぜイライラしているのかわからない」(→事情を伝え、相談する
夫2「指示されたらやる」(→指示する。指示機能を持ったシステムを作る
夫3「指示されるとやる気を失う」(→やる気を出させる言い方をする

まず「相手が何を期待しているか」を知る

例「何時に帰るの?」など、母親がいちいち干渉してくるのがイライラする。

この状況における自分からお母さんへの「役割期待」とお母さんから自分への「役割期待」を整理してみましょう。

そのためには、なぜお母さんが「何時に帰るの?」と聞いてくるのかを知る必要があります。

「干渉してくる」と受け取っていますが、本当に干渉しているのかどうかから見ていきましょう。

一番簡単なやり方は、お母さんに「なぜ何時に帰るか知りたがるの?」と聞いてみることです。

母親の期待していることは何か

お母さんは親であると同時に同居者でもあります。

同居相手が何時に帰ってくるかがわからないと、戸締りやキッチンの片づけなど、何か困ることがあるのかもしれません。

こうした場合、親としてではなく同居者として、合理的な解決策を考えればよいでしょう。

例えば、「11時を過ぎて帰るときは、戸締りやキッチンの片づけに責任を持つ」というルールに落ち着くかもしれません。

母親の期待は自分と合っているか

もちろんお母さんは親ですから、子どもの安全を常に願っていると思います。

子どもが何らかの事件に巻き込まれたらと思うと心配で、帰宅時間を知っておきたい親もいます。

でも、一人暮らしをしていれば、その程度のリスクは常にあるもの。

お母さんの心配がどの程度合理的なものなのかをじっくり話し合いましょう。

そしてある程度合理的だと思えば「11時を過ぎるときだけ連絡するというやり方にするのもよいかもしれません。

これは親の過干渉に付き合うということではなく、大人として自分の安全を確保する、という考え方です。

あるいは、お母さんは本当に子離れできていなくて、干渉しているのかもしれません。

それが明確になれば、「もう大人なのだから、大人として尊重して」と言ってよいでしょう。

お母さんがそれをすぐに受け入れるかどうかはわかりませんが、目指すべき方向は見えると思います。

母親の口癖を止めることはできない

単に「行ってらっしゃい」と同じくらいの軽い意味で「何時に帰るの?」と言う人もいます。

そんなときには、「何時に帰るのと聞かれるとしばられているみたいに感じるから言わないで」と言えば、ハッと気づいてやめてくれるかもしれません。

あるいは、「ただの口癖だから、気にしないで、答えなくていいわよ」ということになるかもしれません。

口癖はまさに「癖」であって、意識してもなかなか変えることができないものです。

やめられない口癖なのであれば、お母さんに引き受けてもらう役割は「口癖をやめる」ことではなく、「質問に答えてもらえなくても気にしない」ということになります。

以上にみてきたように、同じ「何時に帰るの?」という質問でも、それがどういう役割期待を反映したものかによって、こちら側から期待すること、伝えることも違ってきます。

お母さんが期待していることに合ったことを言えば役割期待はうまく調整できますが、そうでなければ、単に不毛な対立が続くだけでしょう。

例えば、お母さんが単にキッチンの片づけのことを気にして帰宅時間を聞いているのであれば、「干渉しないで」と言っても「わがまま」としか思われないかもしれません。

すると、「そんな勝手なことを言わないで」などと言われてしまい、こちらはさらにイラッとくる、ということにもなるでしょう。

役割期待の調整をする際には、まず、相手の言動が、どのような期待を反映したものなのかを知ることが重要です。

相手の期待をよく理解した上でなければ、こちらからも現実的な期待をすることはできません。

ただこちらの言い分を伝えればよい、というわけではないのです。

【役割期待のずれ】

私「お母さんに干渉してほしくない」

母1.「家の戸締りが心配だから、帰る時間を教えてほしい」(→「11時を過ぎたら、戸締りに責任を持つ」というルールにする
母2.「子どもが心配だから、なるべく早く帰ってきてほしい」(→「大人として尊重して」と伝える
母3.「何となく習慣で、帰宅時間をきいてしまう」(→聞き流しても、きにしないでもらう

他人を変えようとすることは不毛

すでに見てきた例もそうですが、相手への期待を調整していく際に、とても重要なポイントがあります。

それは、「相手を変えようとしない」ということです。

相手に期待することは、「今の相手が無理をしなくてもできること」にとどめる必要があります。

例:叱っても態度を改めない部下にイライラする。

多くの怒りが、「相手を変えようとする不毛な努力」の中で起こってきます。

「不毛な」と書いたのは、人は変える事が出来ないからです。

相手を変えることができると思っていると、怒りから解放された人生を送ることはできません。

よくある怒りのパターンとして、「こんなに相手のことを思ってやったのに・・・」

というものがあります。

相手のために汗をかいたのに、相手がそれに応えて変わろうとしなければ、ショックで腹が立つものです。

こんな怒りも、「自分が誠心誠意取り組んであげれば、相手は変わるはず」という思い込みがあるところに起こってきます。

人は「それぞれのタイミング」でしか変わることはない

もちろん人は「変わる」ことはできますが、人を「変える」ことはできません。

それぞれの人にはそれぞれのプロセスがあって、本人が変わろうと思うとき、変わる準備ができたときに、変わっていくものです。

何かをきっかけにして変わることはありますが、それは、自分のプロセスとそのきっかけのタイミングが合った場合で、同じきっかけがあっても全く生かされないこともあります。

何年か前に読んだときにはちっとも心に響かなかった本でも、今読んだら人生を変える本になった、などということもよくあります。

相手の不適切な言動が、単なる知識の欠如によるものであれば、指摘するだけで変わるかもしれません。

これは「変わった」というよりも「気づいた」「知った」という話です。

指摘をしても変わらない人の場合、それは、「今のところ変われない」ということになります。

そのような人に対して変わることを期待し続けていると、いつまでも望みはかなわず、「被害」に遭い続けることになります。

相手が変わることなくできる役割を期待する

今のところ変われないのであれば、今の相手にでもできる役割を期待した方がずっと合理的です。

例えば、毎日の報告をきちんと上げてこない、という部下に対して、「言われなくても自発的に報告を上げてくる」という役割を期待してしまうと、その期待は毎日裏切られ、怒りが積み重ねられていきます。

部下とよく話し合って、どういう形ならできるのか、ということを工夫していくとよいでしょう。

その際、業務に支障をきたさないためのこちらの最低ラインは「毎日報告を受けること」となるでしょう。

そうであれば、「報告は、と促されたら報告を上げる」というレベルに役割期待を調整してもよいでしょうし、報告のための定時を設けて、その時間には必ずミーティングをするという習慣を作ってもよいでしょう。

「社会人なのだから、促されなくても報告を上げるべき」などという役割期待にしがみついていると、イライラが量産されていくだけです。

叱ることをやめるだけでも効果がある

それでは成長がないではないか、と思うかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。

人は基本的には前進する生き物なので、環境さえ整えば変わっていきます。

人を変えることはできませんが、人がかわりやすい環境を作ることはできるのです。

ですから、叱って相手を変えようとするのではなく、何が相手の変化を妨げているのかをよく調べて、その障害を取り除いてあげた方が効果的です。

このあたりも、役割期待を調整するための話し合いの中で、工夫すべき点がわかってくることでしょう。

そこまで丁寧にしなくても、単にイライラと叱ることをやめるだけでも効果があるかもしれません。

人間は批判されると防衛の姿勢をとりますから、叱るのをやめてあげるだけでも、前向きに変わっていく可能性が高まるものです。

言いずらいことを伝える方法

例:お金や貸した本をなかなか返してくれなくて腹が立つ。

貸したものはスムーズに返してほしいですが、返し方にはそれぞれのペースがあり、そのペースがずれると怒りにつながります。

この場合、こちら側の役割期待は「貸したものは、言われなくても速やかに返してほしい」ということになりますが、相手にはその役割期待は合っていないようです。

相手の状態に合わせて役割期待を調整する必要があります。

つまり、「言われたら返す」という役割期待に変える必要があるのです。

そのためには、こちらから「返して」ということを伝える必要が出てきます。

でも、人に「返して」と言うのは、なかなか難しいです。

特にそれがお金の場合には、「ケチな人だと思われるのではないか」などという心配もあって、言い出しにくいものです。

期待していることを正確に伝えてみる

こんなときには、「自分が期待していることを正確に伝える」ということを考えてみるとよいと思います。

つまり、「返してほしい」ということだけでなく、「ケチな人だと思わないでほしい」ということも同時に伝えるのです。

もちろん、「お金を返してほしいけれども、ケチな人だと思わないでね」などと言うのはおかしいですから、言い方としては「今月ちょっとお金がピンチだから、この前のお金を返してくれる?」、小銭であれば「今日小銭を忘れちゃったから、この前のお金を返してくれるとありがたいんだけど」などという形になるでしょう。

本の場合は、「あの本、〇日に別の友達に貸す約束をしたから、それまでに返してくれる?」などと言えばよいでしょう。

もちろん、「お金がピンチ」「小銭を忘れた」「友達に貸す」というのは、「嘘も方便」であって、事実である必要はありません。

単に、「私がケチだから返してほしいのではなく、事情があるから返してほしい」ということを伝えるためには、よいやり方だということです。

「返してと言ったら、ケチだと思われるのではないか」などと不安になっているときには、状況を自分でコントロールすることができていません。

ただ「返して」と言うだけでは、自分がどう思われるかを相手に完全にゆだねてしまっているようなものだからです。

でも、「その本を友だちに貸すから返してね」と言えば、本を返してもらえるし、お互いのメンツも傷つかないわけですから、「ケチだと思われずに、本を返してほしい」という望み通りになり、状況をかなりコントロールできている感覚になるはずです。

こうやって、「自分は状況をコントロールすることができる」という感覚を取り戻し、「被害者」から脱すると、イライラを手放すことができるのです。

【役割期待のずれ】

私「お金を返してほしい」「ケチな人だと思われたくない」

友達「・・・(忘れている)」「言われた時に、返せばいっか」(→「今月お金がピンチだから、返してほしい」と友達に伝える)

どんな関係を持つかは自分で決めることができる

例:「大酒飲みの友達」と「飲めない自分」、いつも割り勘にされてイライラする。

このような不公平な状況が続くと怒りは蓄積されます。

「被害」が続くからです。

「自分が払うべきお金だけを払いたい」という期待が満たされるように伝えればよいのでしょうが、「今さら言えない」ということもあると思います。

「今まで不満を抱えながらも黙ってきたの?」と思われて、気まずくなってしまう可能性があるからです。

理想的には初回に指摘すればよいのですが、「一回くらいは・・・」と思ってしまい、どんどん繰り返されていく、というケースも多いでしょう。

こんなときにはどうしたらよいでしょうか。

これからも大切にしたい相手であれば、やはり勇気を出して打ち明けてみた方が結果的にプラスだと思います。

これも「嘘も方便」で、ある日「今日はお金がピンチだから、自分が飲んだ分だけでいい?」と聞いてみてもよいと思います。

相手はただこの状況の理不尽さに気づいていないだけで、指摘されるとハッとして、「そういえば全然飲んでいないよね」ということになる場合も多いでしょう。

それをきっかけに習慣が変わるかもしれませんし、次の時にも「ごめん、実は今日もピンチで・・・」と言っていけば、新たな習慣として定着するのにもそれほど時間はかからないと思います。

そんなやり方に相手が不満を持つようであれば、価値観が全く違う人なのでしょう。

それでも友達でいたいか、友達でいいるとしてもお酒とは関係のないつき合いだけをするかなど、選択肢はいろいろとあります。

「あの人と会うと余計なお金を払わされる」というところにとどまってしまうと完全な「被害者」ですが、相手との関係をどうするかをもっと自分で決められれば「被害者であること」から抜け出せるのです。

【役割期待のずれ】

私「平等にお金を払いたい」⇔友達「・・・(不平等に気付かない)」(→「金欠だから飲んだ分だけでいい?」と友達に伝える

相手にも相手の事情がある

全ての人がそれぞれの「事情」を抱えています。

持って生まれたもの、育った環境、現在の生活や仕事の問題など、その人の事情は基本的には本人にしかわかりません。

どんな人も、それぞれの事情の中で、できるだけのことをしながら生きています。

周りから見て「努力が足りない」と思うような場合でも、本人は自分の事情の中で最大限の努力をしているものなのです。

人を変えることができないのはこれが理由で、相手はすでに最大限の努力をしているので、人から言われて変わるほどの余裕がないのです。

相手への役割期待を考える際には、「本人にしかわからない事情があって、その中でベストを尽くしている姿が現状なのだな」という目を持つようにすると、ストレスがたまらなくなります。

例を見てみましょう。

例:後輩の生意気な態度が鼻についてイライラする。

職場で毎日顔を合わせる人にイライラしていると、生活の質はぐっと下がります。

仕事そのものは好きでも、職場にそういう人がいることによって仕事に行くのが嫌になってしまうことすらあります。

後輩の生意気な態度が鼻につく、というのは、「先輩としての自分が尊重されないので心がきずついている」ということもあるでしょうし、「自分は目上を尊重し、生意気な態度をとらないように我慢しているのに」という気持ちもあるでしょう。

あり得ないタイプの人がいる、という意味では「予定狂い」でもあります。

しかし、その後輩が生意気な態度をとることについても、後輩なりの「事情」があるはずです。

その行動の裏には事情があると考える

例えば、弱肉強食の環境で育ってきて、少しでも弱い態度を見せるとやられてしまう、と思っているのかもしれません。

あるいは対人不安が強くて、とても相手との心の交流に目を向ける余裕などなく、今の自己中心的なスタイルでないと人と関われないのかもしれません。

何らかの発達障害のために、全体のバランスを見ることが苦手という場合もあるでしょう。

しかし今の状況は単なる現状に過ぎません。

現在の環境に馴染んでいくにつれて対人関係の様式も変わってくるでしょう。

対人不安も、治療や日常生活の中で、少しずつコントロールされていくかもしれません。

発達障害があるのであれば、自分が苦手なことを知っていく中で、「そういう言い方は失礼に聞こえるよ」という指摘を受け入れるようになっていくでしょう。

いずれも、その人なりのプロセスが必要で、今すぐに改められるような話ではありません。

生意気に見える人を「生意気だ」という目でみてしまうと、ますます生意気にみえてくるものです。

しかし、何らかの不適切な言動の裏には何らかの事情がある、ということを知っておけばこちらの気持ちがぐっと楽になります。

【役割期待のずれ】

私「生意気な態度はやめるべきだ」

後輩「弱い態度でいるとやられる」「このスタイルでないと無理」(→「後輩には中に事情があるのかもしれない」と考える

ずれをなくすべき人となくさなくていい人

どのくらいの力を入れて役割期待のずれを修正したらいいのでしょうか。

あらゆる人間関係において、ずれをなくすために全力を尽くしていたら、とても消耗してしまうでしょう。

私たちの対人関係として最も距離が近いところに「重要な他者」と呼ばれる身近な人たち、次にそれほどは親しくないけれどもまあまあ親しい親戚や友人などとの関係、その他、仕事上の人間関係などがあります。

「重要な他者」との間では、ずれをできるだけなくす方が望ましいです。

重要な他者との関係において深刻なずれが放置されてしまうと、その絶望感や無力感が生活全般に及んでしまい、うつ病などにもつながりかねません。

なにしろ毎日顔を合わせる度に「このずれをどうすることもできない」という現実に直面するのですから、そのストレスはかなりのものになります。

一方、親戚や友人との関係は、それほど濃厚ではありませんので、「ある程度は仕方がない」と考えることができます。

自分が人間として譲れない一線は守るとしても(例えば、自分の配偶者は自分で選ばせてほしいなど)、まあ時々会ったときに文句を言われるくらいは、相手も悪気がないことだし仕方がない、と妥協しても大丈夫でしょう。

相手への役割期待を、「譲れないところだけはこちらのやり方を尊重してもらう」というレベルに調整します。

関係ないことは放っておく

次に仕事上の人間関係においては、「その仕事がうまくいくために必要な範囲で役割期待を調整すればよい」ということになります。

相手のことを人間として受け入れられなくても、自分がその仕事をするに当たって支障をきたさなければ、「関係のないこと」と見逃してよいのです。

例えば、同僚の服装が「社会人としてあり得ない」と思っても、同僚がその服を着ていることが自分の業務に
直接の支障をきたさないのであれば、「関係のないこと」になります。

もちろん、相手が営業の相方でその服装が業績を下げるようであれば、話し合いが必要でしょう。

例:陰口を言う同僚が許せない。

陰口を言う同僚がいたとしても、それによる実害が業務上ないのであれば、「まあ関係のないこと」になります。

これはにわかには受け入れがたいかもしれませんが、その同僚と友達になりたいのでなければ、相手の人間性は関係ありません。

また、「陰口」である以上、話されているのは相手の領域内であって、こちらには関係のないこと。

陰口を言うのは言う本人にとって案外リスクが高いものですから、その人が勝手にそういう人生を引き受けることについてとやかく言う必要はありません。

相手と上手にやる必要はない

もしも実害があるのであれば対処する必要がありますが、その際にも「陰口を言わないよう相手を矯正すること」が目標にはなりません。

自分は相手の先生でもなければ家族でもないのですから、矯正してあげる筋合いもないのです。

相手とうまくやっていく必要すらありません。

単に、自分の仕事に支障をきたさないようにすればよいのです。

なぜここで陰口を言う本人を相手にしないのかと言うと、実害が出るほどの陰口を言うような人には、それなりの「事情」があるからです。

それもかなり難しい事情だと思います。

相手を変えることはできませんから、向き合って「陰口はやめて」と言ったから止まる、ということはないはずなのです。

むしろその要求を攻撃と感じてさらにひどくやり返してくる、ということになりかねません。

それよりも、他の人の協力を求めるなど、より効果的な態勢を作った方が余程うまくいくでしょう。

【役割期待のずれ】

私「私の陰口を言わないでほしい」⇔相手「〇〇(何らかの事情によって『陰口体質』になっている)」(→「実害がなければ陰口を言われても関係ない」と考える

まとめ

役割期待のずれって何?

  1. 相手にイライラしたら、相手への「役割期待」がずれていないかチェック。
  2. 自分が相手に何を期待しているのか、整理して、わかりやすく伝えよう。
  3. 相手が自分に何を期待しているのか、よく確認してみよう。
  4. 他人を変えようとしてもムダ。
  5. ずれをなくすべき相手か、ずれを放置してよい相手かをよく考えよう。