「自分で選ぶ」という習慣をつける

イライラは無力な被害者の感情です。

そして実際にイライラしたときには「主役を取り戻す」ことです。

「被害者モード」から脱して主役になれば、本来持っている力を発揮して、事態に前向きに取り組むことができるからです。

それは結果として「被害」を減らす効果があります。

ここでは、容易なことではイライラしないようになる、つまり、「被害者モード」に入りにくくするための本格的な体質改善について見ていきたいと思います。

やらされている感が出そうなときは自分で選ぶ

イライラしたくないと思いつつも、私たちはちょっとしたことですぐに「主役」を放り出し、「〇〇のせいで・・・」という思いを抱く傾向にあります。

そうならないための習慣を作っていきましょう。

例えば、こんな状況を考えてみてください。

例:なかなか話の結論が見えない、母のおしゃべり

ここで、「いったい何が言いたいのだろう」と思うとイライラしますね。

「話には結論があるべき」という目で見てしまうと、なかなか結論が見えないお母さんのおしゃべりは「本来あるべき状態」からの逸脱になってしまうからです。

そして、自分は「本来あるべき状態」にはない話を「聞かされている」ととらえると、「被害者モード」に突入します。

しかし、ここで自動的に「被害者モード」に入る前に、「もう一つの選択肢」を考えてみることもできます。

それは、「この時間をどういうふうに過ごすかを、自分で選ぶ」ということです。

自分で選んでいる限り、「被害者モード」に入らないですむからです。

「選ぶ」と言っても、いろいろなレベルの選択肢があります。

もちろん、この時間をお母さんとのおしゃべりに使うかどうかも、一つの選択のポイントです。

しかし、現にお母さんはしゃべっているわけであり、それを唐突に打ち切るのも難しいでしょう。

ということは、次なる選択は、「どういう姿勢で聞くか」ということになります。

そもそも、お母さんはビジネスの相手でもないのですし、自分に何かを教える講師でもありません。

お母さんがしていることは講演でもなければ商談でもなく、単なる「おしゃべり」。

おしゃべりの目的は、議論して何らかの結論に達するということよりも、単に時間と場を共有する、というふうにも考えられます。

二人が共に過ごす形として、お母さんがおしゃべりしているだけなのです。

そう考えれば、お母さんの話に結論を求める必要はなくなり、「娘に話を聴いてもらえて嬉しそうだなあ」「本当に、うちのお母さんは話し好きだなあ」「こういう時間を持つことでお母さんが元気になってくれれば嬉しい」など、違った目で見ることができるようになるでしょう。

こうなれば、ビジネスライクではないお母さんの話し方は、「本来あるべき状態」とも言えるくらいになってきます。

このように、お母さんとのおしゃべりの目的を自分で選ぶことによって、「被害者モード」に陥らずにすませることができます。

何らかの場にいなければならない、というときですら、こうやって「自分がその場にいる目的」を選べば主体的に過ごせるのです。

ポイント:「被害者モード」に陥らないためにその場の目的を自分で作ってみる。

我慢のマナーから美意識のマナーへ

マナーは「べき」の代表格のように思われていますし、だからこそマナーについてのイライラが多いわけですが、実はマナーについても、「べき」とは違う形で考えていくことができます。

例えば、電車の中での化粧について、「電車の中では化粧をすべきではない」と考えている人が多いと思いますし、だからこそそういう人を見るとイライラするわけですが、本当に「べき」だけが私たちをそういう行為から遠ざけているのでしょうか。

実は違うと思います。

私たちにはそれぞれの美意識や、「人としてこう生きたい」というものがあって、それに従って生きているところも多いと思うのです。

電車の中でのけしょうについても、それが「社会的にすべきでないこと」だから抑制しているだけではなく、「自分が」そういうみっともないことをしたくないから、という理由もあると思います。

自分が「べき」だけで生きていると思い込んでしまうと、それを破っている人を見たときにイライラしますし、自分が守られなかったときには自分に対してイライラすることになります。

しかし、実は自分は「したい」からやっているのだと考えれば、そうでない他人については「関係ない」あるいは「美しく生きられなくて気の毒」ということになりますし、自分ができなかった場合にも「できなくてかわいそうだった自分」「次の機会にはできるといいな」ということになります。

例えば、人が並んでいる列に割り込まない、というのも、「割り込みはすべきではない」と意識されていることが一般的なのですが、「割り込みなどしたくない」というふうに「したい」基準で考えることもできます。

潔い感じがします。

ポイント:マナーは「常識」ではなく「美意識」。自分は「したい」から能動的にやっている。

つまらない話も主体的に聞くことができる

イライラする状況としてよく耳にするのが、「つまらない話をえんえんと聞かされる」ということです。

ここまでの考え方を組み合わせて応用すると、こんなときにすらイライラしないでやっていくことができますので、まとめとして見ておきましょう。

つまらない話を延々と聞かされる、という状況も相手に「べき」を感じるとき。

「人の時間を費やして話すのなら、それなりにおもしろい話をするべき」「相手の都合に配慮して、適当なところで切り上げるべき」といったところでしょうか。

相手に「べき」を感じるときは、自分自身の「べき」を探してみよう、という原則に従ってみると、そこにある「べき」は、「人の話は聞くべき」ということになるでしょう。

これを「したい」にそのまま言い換えるのは、抵抗がありますね。

実際につまらない話など聞きたくないでしょう。

ですから、可能であれば、話をきかないですませればよいのです。

適当な口実を作って、早めに切り上げることはできるでしょう。

あるいは、物理的にはその場にいるけれども、相手が勝手に話してくれているのだから、こっちはボーッとしていられて楽、というくらいに、集中力を下げて話を聞く(音を耳に入れる)のも一つの「聞かずにすませる方法」です。

もしも何か意見を求められたら、「ごめん、今気になることがあって集中していなかった」と率直に認めるのもかまわないと思います。

ここでも主語を「相手」ではなく「自分」にして話している限り、相手を本格的に傷つけられたり怒らせたりすることはないでしょう。

「あなたの話がつまらないから」と言われるよりも、「今、私には気になっていることがあるから」と言われたほうが、はるかにましだけらです。

聞くのであれば目的意識を持つ

そうは言っても、「聞かない」という選択肢には抵抗がある、という人も少なくないでしょう。

その抵抗にはそれなりの理由があるのだと思います。

相手との関係性が悪くなると面倒、などというものもあるでしょう。

こんなときには、その理由をつけた上で「したい」に置き換えることが可能です。

「相手との関係を悪くしないために、ここでは話を聞いておくことにしたい」というふうにするのです。

すると、愉快な時間ではないとしても、「やらされている感」がぐっと減ります。

「相手との関係を悪くしないために」という目的意識を持てば、その目的と、自分の行動が一致しているかを常にチェックすることも可能になります。

もしかしたら無理して話を聞かなくても自分たちの関係は大丈夫なのではないか、という可能性を探っていくことができるようになるのです。

単に「人の話は聞くべき」という「べき」に縛られて「被害者モード」に陥っているときとは、ずいぶん感じ方が変わってくるはずです。

「今」に集中して聞くとイライラしない

総合的な判断の結果として話を聞くと選んだのであれば、「被害者モード」で話を聞かないのが最もストレスフリーです。

「なんでこんなつまらない話」「聞きたくない」などという思いを込めて話を聞いてしまうと、本当に辛くなります。

また、そんな思いで話を聞いていると、話が実際以上につまらなく感じられ、そんな話をする相手が必要以上に腹立たしく思えてくるものです。

ここでも、カギは「今」。

「今」に集中する聞き方であれば、最もストレスなく聞くことができます。

具体的には、「なんでこんなつまらない話」などという思考が出てきたら、それをとりあえず脇に置いて、もう一度相手の話「だけ」を聞くように集中し直すのです。

自分の思考の中に入っていかない、というところがポイントです。

こんな聞き方をしていれば、むしろ、「まあ、ずいぶん一生懸命話しているな」「この人なりに頑張っているんだな」というような気持ちすら出てくるでしょう。

相手についての感じ方も、大きく変わってくるはずです。

ポイント:「つまらない」という感情は脇に置き、とにかく相手の話に集中してみる。

コンディションの悪い日すら主体性を発揮できる

疲れている日、体調が悪い日、猛暑の日など、自分のコンディションが悪いときはイライラしがちです。

確かに体調は思い通りにならないものですから、「体調が悪いせいで・・・」と「被害者モード」に陥ってしまうのも当然と言えば当然です。

しかし、主体的に生きる、というのはこんなときにも可能なのです。

私たち人間には、肉体的な限界があります。

それぞれが遺伝情報を持って生まれてきている生物ですので、物理的には「無限の可能性」などないのです。

「努力すれば何でも達成できる」というのは、そういう意味では迷信です。

主体的に生きるには、原則に従って、まずは「今日はコンディションが悪い」という現実を認め、そんな体調の自分をいたわります。

そして、こんな日の目標は、「元気に過ごすべき」という「べき」からの解放

コンディションが悪いときは無理などできない、という現実をさっさと認めてしまうのです。

コンディションが悪いのによいときと同じようにしようとするから、「本来あるべき状態」からはずれることが増えて、イライラするのですね。

自分でも「今日はコンディションが悪いから無理は止めよう」「目標設定は低めにしよう」「断れることは全部断ろう」と決めると共に、周囲の人にも「今日はコンディションが悪くて、すみません。元気になったら挽回しますから」と言っておけば、周りからイライラされることも減るでしょう。

「できるはずなのにやっていない」と思われずにすむからです。

こんな日の「したい」は、「コンディションの悪い日は自分をいたわりたい」「コンディションの悪い日は無理なく過ごしたい」でしょうか。

「いつも通り頑張るべき」から解放されると、そんな考え方もできるようになります。

ポイント:コンディションが悪いときもある。そんな「今」の自分に合わせるのも主体的。

できるだけマイペースでいよう

人間は、意識している場合でも、していない場合でも、自分のペースで生きているもの。

そのペースが乱されると、「本来あるべき状態」とは違う、ということになりますので、イライラしがちです。

ペースの違いは、案外原始的なイライラを生むものです。

早く進みたい人にとって、遅い相手や状況は「身動きの取れない不自由さ」をもたらしますし、ゆっくりしたいのに急かされると、常に急いでいなければならないような切迫感がもたらされたりします。

急ぎたいときにゆっくりされたり、ゆっくりしたいときに急かされたりすること自体が、衝撃として感じられることもあるでしょう。

ペースの違いが人をイラッとさせたり、それが持続するとイライラしたり、というのはある程度心身の反応として仕方のないことなのですが、うまくコントロールして、ペースの違いから受けるストレスを最低限にすることは可能です。

例:友人のメールのやりとりがチャット並みに早い。返事まで間をあけると、「メール見た?」と電話がかかってくる

相手のメールのペースが早過ぎて、それに巻き込まれてしまっている状態です。

「返事まで間をあける」という形でコントロールを試みても、電話がかかってきてしまうので、一見コントロール不能の状況に見えます。

しかし、コントロールの工夫の余地はまだあります。

この友人は「返事まで間をあける」というやり方では、「メールが届いていないのではないか」「メールを見ていないのではないか」と不安になってしまって、電話までかけてきてしまうわけですから、もっと直接伝える必要がありますね。

直接伝える、というのは、もちろん「メールが早過ぎる」と苦言を呈する、という意味ではありません。

メールの早さについて直接伝えるのであれば、主語はやはり「あなた」ではなく「私」にしたほうが安全です。

自分を主語にしてお願いする、という形ですね。

「私はメールが苦手なので返事が遅いけどゆるしてね」という範囲でしょう。

こうすれば、相手の反撃を招かずに、やりとり全体のペースを自分寄りにすることができます。

そこまで全体的な改善は求めない、ただ、間をあけるときに電話をかけてくるのだけは勘弁してほしい、ということであれば、もっと簡単なやり方があります。

それは、単に、「ボールは今こちらの手の内にあって、次にいつ投げるかを決めるのはこちら側」とはっきりさせておくこと。メールの間をあける前に、一言、「今取り込んでいるからあとで返信するね」「今日はもう寝るところだから明日ゆっくりね」などとメールしておけば、「いつ電話がかかってくるか」とヒヤヒヤしないですむでしょう。

ペースの早い相手にさらにこちらから手を出すというのはなかなか考えつかないでしょうが、一言挟むことによって逆にコントロールをつかんでいることがわかります。

これは、相手に合わせることで自分のコントロールの範囲を広げる、というやり方です。

この相手は、「メールの間をあけるというやり方では、「しばらく待ってほしい」というメッセージを受け取ってくれないので、それがちゃんと伝わるようにする、ということです。

そうは言っても、相手が上司である場合など、明らかな力関係のもと、相手のペース通りにしなければならない、ということも多々あるでしょう。

こんなときには、やはり目的意識を持って主体的に選ぶことです。

「上司との関係を損ねないために、どれだけ相手のペースに合わせられるか、やってみよう」というふうに考えるだけでも、振り回され感がぐっと減ります。

「やってみよう」と思うだけで「被害者モード」から抜け出すことができるからです。

相手から期待されていると思い込んでいるだけかもしれない

自分と違うペースは、見せつけられるだけでも衝撃的でイラッとしがちですが、その際、不要なイライラを作り出さないために、相手がペースを合わせることを本当に要求しているのかどうかを確認することはとても重要です。

例:思いついたらそのつど連絡(メール、Line、電話など)してくる人。まとめてほしい

一般に、メールや電話を待つ目的でその場にいるのでないとき(仕事中など)にメールや電話が来るというのは「本来あるべき状態」とは違いますから、イラッとすることも多いもの。

そんなときに「ペースを押しつけられた」「ペースを乱された」と被害者モードに入っていくと、イライラしてしまいます。

しかし、相手は本当にペースを押しつけようとしているのか、こちらのペースを乱そうとしているのか、ということについては確認が必要です。

相手はただ自分のペースで、思いついたときに、おそらく忘れないように、連絡をしてきているだけであって、そのタイミングで返事をすることをこちらに要求しているわけではないのかもしれません。

電話の場合は確かに仕事を中断されますのでペースを乱されますが、メールの場合は、こちらには「まとめて返事をする」という選択肢があります。

例えば、自分のペースで、ある程度まとめて返事をするなどしてみて、相手からクレームが出なければ、相手は特にペースを押しつけようとしているわけではない、ということが確認できるでしょう。

もしもクレームが出た場合は、双方が折り合う一定のルールを決めればよいと思います。

なお、電話の場合、可能であれば「電話を取らない時間帯」を設定することによって、状況をコントロールすることもできます。

自分のニーズを一段下に見る=「被害者モード」

特に相手との間に上下関係もないのにいつも相手のペースに巻き込まれてしまう、という人は、「なぜ自分は相手のペースに合わせているのだろうか」と考えてみましょう。

自分のニーズを相手より一段下に見てしまうような意識を発見できるはずです。

「自分のほうが我慢すればよい」という発想は、そこに「やらされている感」がある限り、被害者の発想です。
このことに気づいたら、わざわざ自分から被害者役を申し出る必要もないな、と考えて、自分のペースでやってみましょう。

できるだけマイペースで生きていくということは、脱・「被害者モード」、つまり脱・イライラ体質のためにとても重要です。

ポイント:自分のペースで生きられるようできるだけ工夫する。