ボウルビィが愛着理論の父ならば、エインワースは、その母と呼ぶべき存在だろう。

エインワースはアメリカで生まれ育ち、心理学の教育を受けたが、結婚を機にロンドンに移住することになった。

異郷の地で仕事を探そうとしていた彼女の目に留まったのが、新聞に載っていた求人広告だった。

それはボウルビィが、共同研究者を募集する広告だったのである。

今でこそ、母親と子どもの結びつきの重要性や愛着理論には大きな関心が寄せられるが、二人が共同研究を始めた頃には、そのことに注目する人は少数だった。

ボウルビィの研究も、評価されるよりも、「眉唾だ」と胡散臭い目で見られることの方が多かった。

イギリスの研究者ではなく、アメリカからやってきたばかりの事情のわからない若手研究員のエインワースが、ボウルビィの共同研究者に選ばれたということにも、そうした背景が関係していただろう。

だが、それは、結果的に幸いした。

エインワースは、従来の理論にとらわれることなく、自分の目で実際に見た観察事実から、まったく新しい発見を成し遂げ、愛着理論の基礎を築く上で欠くべからざる役割を果たすことになるのである。

彼女に大きなチャンスをもたらしたのは、アフリカのウガンダへの転居だった。

ロンドンにやって来た四年後、エインワースは夫とともにウガンダのカンパラに行くことになったのだが、その機会を彼女は十分に活用した。

ボウルビィのもとで三年半にわたって研究し、エインワースも愛着の重要性を確信するようになっていたが、それまで主に研究対象としてきたのは、愛着の絆が壊されたり、うまく育まれなかったケースが中心であった。

逆に、安定した愛着が結ばれるとき、どういった兆候が見られるのか。

どんな条件が安定した愛着を育みやすくするのか。

そうした新たな関心をもって、新天地での研究にとりかかったのである。

彼女は、26の家族を九ヵ月にわたり定期的に訪問して観察をおこなった。

その結果、安定した愛着を育んでいる母と子では、ひと言でいうならば「母親が『安全基地』として機能している」ということを見出したのである。

つまり、危険が迫ったときだけ子どもは安全基地のもとに逃げ込み、危険が去ると、子どもは再び母親のもとを離れ、自らの活動に戻るのである。

母親という安全基地が存在することで、子どもは「遊び」という探索行動を、安心しておこなうことができていた。

ウガンダでは、大部分の母親と子どもは強い愛着で結ばれていたが、中には例外もあった。

母親に懐かず、母親に甘えようとしない子どもも一定割合いたのである。

いったい何が、両者の違いを生んでいるのか。

エインワースは注意深く観察した。

その結果、最も重要な因子として抽出されたのが、母親の感受性であった。

安定した愛着が育まれているケースでは、母親はわが子の変化や兆候を見逃さず、素早く反応した。

それに対して、愛着が弱い、あるいはまったくみられないケースでは、わが子の反応に無頓着で、泣いていても抱き上げようとしなかった。

だがウガンダにおいては、あくまでそれは少数の例外的な存在で、ほとんどの母親は、子どもにとっての安全基地としての役割を果たしていた。

ボルチモアでの衝撃―大都市での観察

さらに十年後、エインワースは、今度はアメリカのボルチモアで調査をすることになるが、その結果は、彼女にとってショッキングなものだった。

ボルチモアは、カンパラとは対照的な、近代的な大都市である。

驚いたことにそこでは、かなりの割合の子どもたちが、カンパラでは例外的だった反応を見せたのである。

つまり、母親がいようがいまいが関係なく、遊びに熱中する子どもが多く見られたのだ。

その子どもたちにとって、母親は安全基地として機能していなかったのである。

衝撃と共に強い興味を覚えたエインワースは、愛着の質を判定するための方法を考案する。

それは「ストレンジ・シチュエーション・テスト」と呼ばれる検査である。

実験用の見知らぬ部屋に、最初は一歳児の子どもと母親が招き入れられ、続いて、見知らぬ人が現われる。

子どもがおもちゃで遊んでいる間に、母親がこっそりいなくなり、しばらくして、また現われるという操作をおこない、子どもの反応を観察する。

初めての環境という不安の高い状況で、母子分離という試練に子どもがどう反応するのかを見るのだが、これが愛着の質の判定にとても有用なのである。

一群の子どもは、母親がいなくなると、不安そうにして玩具で遊ぶのをやめるが、母親が戻ってくると、安心して遊びを再開する。

このタイプの反応は、母親との愛着が最も安定しているタイプの子どもに見られ、「安定型愛着」と呼ばれる。

それに対して、母親がいなくなっても、無関心に遊びを続けている子どももいる。

戻ってきても、とくに再開を喜ぶわけでもなく、自分の遊びに熱中している。

このタイプの子どもは、普段の生活の観察でも、母親に甘えることが少なく、母親との結びつきが希薄で、「回避型愛着」と呼ばれる。

ただし、心拍数を測定すると、母親との分離に反応して上昇していることから、体の方は反応していることがわかる。

しかし、行動や態度には、そうしたことはおくびにも出さず、無関心な態度をとってしまうのである。

ボルチモアの子どもたちが、母親がいてもいなくても玩具で遊んでいることに、エインワースは驚いたのだが、ウガンダではごく少数しか見られなかったこの回避型が、ボルチモアではずっと高い割合を占めたのである。

さらにもう一つのタイプでは、母親がいなくなると過剰なまでに不安がり、母親が戻ってきてもなかなか自分の遊びには戻ろうとせず、母親がいなくなったことに腹を立て、せっかく戻って来た母親を拒否したり、叩いたりする。

あるいは、またいなくなるのではと、不安が続いてしまう。

このタイプは、過剰なまでに母親にしがみつこうとする一方で、母親が抱こうとすると抵抗したり、攻撃したりするというアンビバレントな反応をすることから、「抵抗/両価型愛着」と呼ばれる。

エインワースは、この三つのタイプに分類したのであるが、後に、彼女の弟子であったメアリー・メインが、もう一つのタイプがあることを発見する。

それは、ほかのどのタイプとも違い、母親と再会したとき、凍り付くように固まったり、強い当惑を見せたり、そっぽを向いたまま近づいたりという奇妙な反応を見せるタイプである。

こうした反応は一瞬しか現れないので、見落としてしまうこともある。

このタイプでは、一定した愛着パターンが確立されておらず、さまざまな反応が混在して見られることも特徴だった。

このタイプは「無秩序型(混乱型)愛着」と呼ばれる。

お察しかと思うが、虐待されている子どもに典型的に認められるタイプである。

子どもは親に頼り、すがるしかないので、親に対して愛着を覚えつつも、その愛着対象が、同時に恐怖の対象でもあるという過酷な状況に暮らしているのである。

このタイプには、身体的虐待が起きているケースが当てはまるだけでなく、親自身が自分はとてもいい親だと思っているようなケースでも、実は押し付けや支配による心理的虐待が起きていて、子どもがこのタイプの愛着を示すこともある。