コントロールを手放すことが怖い理由

コントロールを手放すには、私達がどんな信念にとらわれているのかを知り、その信念が正しいかどうか再検討する必要があります。

「子どもの頃に物事をコントロールせずにいたらどんなことになると怖れていましたか?」と聞いてみると、返ってくる答えは、痛みをともなうあらゆる記憶を含んでいます。

△混沌、混乱

△見捨てられてしまう

△ひとりぼっちになる

△気付いてもらえない

△ののしられる

△怒り・怖れ・悲しみがもっとひどくなる

△ぶたれる

△いらない存在だと思われる

△死にそうになる、死んでしまう。

そうやって信じ込んだことは、おとなになっても消えてなくなりません。

三十五歳になっていても、コントロールを失いそうになると、それは子ども時代を映し出す体験として感じられます。

誰かがぶたれるかもしれない、見捨てられるかもしれない、あるいは死んでしまうかもしれないと。

よく人は、そんな子ども時代の考え方など今となっては意味をなさないに決まっているんじゃないかと言います。

あなただって「おとなというものは、もっと理性的に考えるべきだし、そんなことを怖れるのは子どもっぽすぎる」と思っているかもしれません。

私たちは、こうした怖れを意識してはいません―感情の深い部分に刻まれ、手の届かないところにしまわれていたのです。

でも、そこに目を向けるときです。

かつて自分にとってコントロールが何を意味していたのかを探り、それを適切な視点で見直すのです。

●座り心地のよいイスに腰かけ、リラックスしましょう。

深くゆっくり呼吸してください。

脚や腕を組まずに、そっと目を閉じて、子ども時代を思い起こしてください。

あなたがどんなふうに外面や内面をコントロールしていたかに気付き、次のように言葉にしてみましょう。

いくつでも思いつく限りあげてください。

「あの頃の私にとってコントロールを手放すというのは、・・・になってしまうことを意味した」

もしこれが難しければ、具体的にあなたがとっていたコントロールの行動(こうした行動は自分を守るために身につけたものですから、自分が悪いのだと思わないでください)
を手掛かりにやってみるといいでしょう。

たとえば次のように。

「母親の面倒をみないというのは、・・・になってしまうことを意味した」

「買い物をしないでいるというのは、・・・になってしまうことを意味した」

「感情を抑えずにいるというのは、・・・になってしまうことを意味した」

こうした言葉を繰り返すことで、自分の深い部分に誠実に目を向けることができます。

では、今のあなたにとって本当にコントロールが当時と同じことを意味するのかどうか、自分に問いかけてください。