「どんな出来事に傷ついたのか?」
「必要だったのに手に入らなかったものは?」

アダルトチルドレンの回復を始めるにあたっては、過去について語ることが重要です。

多くの人は、話すことにわくわくすると同時に怖さも感じますが、中にはなぜ過去を語ることが必要なのだろうといぶかしむ人もいます。

過去を思い出すことが「いやな話を蒸し返す」ように感じられるとしたら、その体験にはまず間違いなく未解決の痛みがともなっていて、今もあなたに影響を及ぼしているのです。

はっきりさせておきますが、過去について語る目的は、それをきちんと過去のものにするためです。

それは親を責めるという意味ではありません。

実際、過去に立ち戻って調べてみてわかったことを親とは共有しないという選択もできるのです。

どちらにするかは、あなた自身や家族の状況にもよるでしょう。

人が過去を探るのは、それを誰かのせいにするためではなく、真実を発見し、認めるためです。

非常に多くの人が大人になってもまだ、子ども時代に形作られた信念によって動いています。

過去に起きた特定の出来事を振り返ることは、物事の見方を大きく転換させるきっかけになります。

たとえば、もし親が怒ってわたしたちを叩いたとしたら、子どもの見方からすれば自分が何か悪いことをやったか、あるいはどこか至らなかったために、親を怒らせたんだと思うでしょう。

おとなの目で見直してみれば、親は自分自身に腹を立てていたのかもしれないし、生活上の何か、たとえば失業したことで頭にきていたのかもしれないと考えることができます。

子どもはか弱くて矛先を向けやすいからぶたれてしまっただけで、ぶたれた理由は私たちが思い込んでいたものとはまったく違うかもしれないのです。

こうやって得ていく新しい気付きというのは、自分について前向きな考え方を育てていく決め手となります。

私たちはこれ以上、恥辱と自己否定感がともなう秘密におびやかされているわけにはいきません。

過去の真実を認める作業は、私たちが痛みを感じ、悲しみを表現することを可能にしてくれます。

拒絶されたり罰を受けたりする怖れなしに語ることによって、今まで内に秘めることで私たちを傷つけてきた深い感情を解き放つことができます。

他の人達と共にこのプロセスを通ることによって、子ども時代の自分への確認を得られます。「validate(確認する・正当だと証明する・価値あるものと認める)」という英語は、「強くする」という意味のラテン語valereからきているのです。

自分を確認してもらうことは、私たちを強くします。

過去に戻り過去を語ることの主な目的は、否認を破って真実を話せるようにすることです。

否認という手段を助けとして子ども時代を生き延びてきたなら、おとなになってからの体験にも同じ否認が立ちはだかっているでしょう。

語るというプロセスに取り組むことで、あなたは現在の出来事、まさに目の前で起こっていることに対しても、誠実になるすべを身につけることができます。

おとなになっても物事を過小評価したり、切り捨てたり、理屈をつけるやり方を続けるのは簡単ですが、それは感情を正直に受け止めて表現するのを妨げます。

そして自分にも他人にも誠実になるための力をそいでしまい、自己信頼や人との関係を育てるのに大きな障害となるのです。

子ども時代の体験を自分のものとして受け止めることは、自分を防衛しなくてはならないという重荷からおとなのあなたを解放してくれ、「自分で選ぶ」ことを可能にしてくれます。

過去を探るのは、力を得るための作業なのです。