7~3バランスで、苦しみを緩める

どんな問題に対応する時も、「本当はこうなりたくなかったのだが、追い込まれて、現状に甘んじている」という”追い詰められ感”を持つと、苦しみが大きくなる。

自分で切り開いているという自信が低下するだけでなく、同じ我慢でも不当な我慢を強いられているようで、エネルギー苦が大きくなるからだ。

逆に言えば、結果的にあまり良くない状況になっても、「自分が、選んだのだ」という感覚があれば苦しみはグッと減ってくる。

そのためにも、自分自身の「行動」を、7~3のバランスに収める、という選択のための手順を持つのが良い。

例えば、A案「会社に残る」、B案「会社を辞める」を考えているが、いずれも極端な案だ。

7~3バランスというのは、どちらかの案を0、もう一つの案を10とした時に、7から3の間の行動を考えてみるという思考法だ。

なぜ、7から3の間がいいのだろうか。

それは、その間なら苦しさが比較的少ないからだ。

0や10の極端な姿なら、確かにメリットは明確だ。

ただ、その分苦しみが大きい。

子どもの心は、苦しみは「我慢するべき」として無視する傾向がある。

しかし、苦しみには、あなたを守ろうとする重要な役割があるので、それを無視し続ける生き方は、必ずと言っていいほど破綻する。

そこで、「7~3バランス」に入る選択肢を、無理やりにでも考えてみる。

このテーマならば、「退社ではなく、あの部長から離れるために、異動願いを提出する」「部長が出張中の今は保留にする。そのうちに転職活動の情報収集をする」などいろんな案を出してみよう。

いずれも、今の職場の人間関係の苦しみを、すぐに完全にゼロにするものではないが、少なくとも苦しみの程度は下がる。

そしてもう一つの、将来やキャリアの不安にも配慮できる。

このような思考ができると、極端でない分、選びやすく行動にも移しやすい。

現状に対する我慢のエネルギーの消耗も防げる。

具体的な案は、7から3バランスなら、どこでもいい。

どこを取るかは、その人の個性。

慎重派なら、図の5レベル「様子を見る」だろうし、行動派なら7レベルの「転職の面接を受ける」かもしれない。

中間の4レベル「人間関係トラブルを人事に相談する」でもいい。

ただ、急に「パワハラで労基署に訴える」などの、9レベルや、我慢力を鍛えるために坐禅に通う、の1レベルでは、苦しみが大きくなり、結果的に後を引きやすい。

本質は、苦しみの担ぎ方を変える

7~3バランスの本質を理解するために、「苦しみの担ぎ方を変える」と、イメージしてみてほしい。

重たい荷物を持って疲れてきたら、その荷物を放り出すか、担ぎ続けるか、だけでなく、担ぎ方を変えてみるのだ。

右の肩が疲れたら、左に替える。

それも疲れたら、背負ってみる、抱きかかえてみるなど、持ち方を変える。

そうすると、荷物の重さは同じでも、ちょっと軽く感じたり、歩きやすかったりするものだ。

それと同じように、人間関係のつらさも、担ぎ方を変えてみると案外気持ちをラクにすることができる。

万全な答えではないが、しぶとく生きなければならない大人が身につけるべき思考法だと思う。

どんな状況でも、「この苦しみは、自分で選択したもの」と認識できていれば、被害者意識が少なくなる。

苦しいけれど、自主的に生きていることにOKを出せる回数が増えてくると、あなたの自信も育ってくる。

この7~3バランスの思考法は、聞いただけでは、簡単なことのように思える。

ところが、バランスを取りながら悩み続けることは、エネルギーを使う。

というのも、いちいちいろんな情報を収集し、しっかりシミュレーションし、比較しなければならないからだ。

二者択一なら、まさに言葉通り、二つについて考えればいい。

ところが7~3バランスの中には、さまざまな選択肢が考えられる。

それを一つ一つ検討するのは、実は大変なことなのだ。

だから、エネルギーが低下しているうつ状態の人ほど、白黒をはっきりさせて苦しみをゼロにしたがる。

だが、二者択一は結果的には苦しみが大きくなるし、自信も失うことが多い。

白黒思考に慣れている人は、はじめのうちは逆に大変面倒くさいと感じるかもしれないが、「7~3バランス」を取り続けるつらさに慣れるほうが、長い目でみたら”省エネ”なのだ。

ただ本当に苦しい時には、この思考は難しい。

カウンセラーなどの他者の頭脳を借りて、7~3バランスの発想や行動を選択するといい。

7~3バランスの思考法は、価値観の検討とともに、元気な時にこそ、練習しておきたい。

自分で選択することは、被害者意識を減らす

次のように悩んでいる人がいる。

母親を介護施設に預けて育児をし、仕事上のピークも重なっている。

一番の気がかりは、母の介護がおざなりになってしまっていること。

罪悪感が大きい。

仕事を辞めるしかないのかと悩んでいる-。

話を一通り聞いたカウンセラーは、「十分よくやっているじゃないですか。とてもいいバランスですよ」とお話をした。

彼女は、いろいろな工夫をして、優先順位をつけながらやっている。

ただ、自分の疲労も限界にきているので、介護施設に行く回数が減っているのだ。

母の寂しそうな顔が苦しい。

カウンセラーは、苦しみはなくならないことを簡単に説明し、そしてさまざまな苦しみの中で、今の自分にとってどの苦しみを選択していくかが人生だ、というお話をした。

「あなたは、しっかり人生を選択していますよ」と伝えると、彼女はうん、うん、とうなずきながら目頭を押さえた。

「そうですか。よかったです。私はどんどん追い詰められて、こんなに不幸だ。

自分は全然だめだ、と思っていましたが、これでいいんですね。

ちゃんとやれているんですね。

よかった。

ありがとうございました」と最後は笑顔で帰っていった。

人生には、自分では選べない問題や出来事も発生する。

深刻な病気になった、配偶者が亡くなった、親が介護状態になった、子どもが授からないなど。

カウンセラーとして話を聞くと、どんな問題に対しても、その人なりに必死に対処している。

今のバランスは、本当は自分なりの「選択」であることが多いのだが、それを「選択」と思わず、苦しみがゼロになればいいのに、それができていない自分、不幸に追いやられて仕方なく今に至っている自分、という認識をしてしまう。

それでは、「被害者意識」が大きくなり苦しさが募るばかりだ。

これも「価値観」によって苦しみが大きくなってしまう一つの典型例だ。

こうしたままならない出来事に対して、理想どおりに行動できなかったり、怒りや悲しみに翻弄されるのは、ごく一般的なことだ。

また、それに対して、「他の人には起きないのに、どうして私だけがこんな目に」と現実を恨めしく思うことも、「期待と比較」のメカニズムから自然なことである。

苦しみはゼロにはできない以上、受け入れていくしかない。

感情にフタをせず、どんな出来事にあっても、7~3バランスの中で、行動を意識的に選んでいく。

現実は変わらなくても、「自分で選んだ」という感覚は、被害者意識の拡大を防いでくれる。

被害者意識に陥らないことは、感情の過剰発動を防ぎ、そのあとの苦しみを減らしていくことになる。

価値観の「程度」が厳し過ぎると、自分や他人に対する不快感が大きくなりがちだ。

だから、人生のいろんな出来事を通じて、価値観を現実的なものにしていこう。

相反する価値観で葛藤した時に、ある価値観だけを重視する極端な案を取ってしまうと、結局、苦しみが大きくなってしまう。

バランスをとるのは大変ではあるが、日頃から7~3バランスの天秤をイメージし、自分らしい、当面のバランスを探っていってほしい。

それが、大人になる修業。

つまり価値観の「方向」だけでなく、「程度」の現場感覚を磨くということなのだ。