相手に要求すると、どんどん苦しくなってしまう

私がしているんだからあなたも同じように

あなたは「サボってはいけない。怠けてはいけない」に囚われています。

まさにあなたがそうやって休憩しているとき、「ああ、サボっちゃいけないのに。怠けちゃいけないのにな」

などとつぶやくと、どうでしょうか。

ちょっと後ろめたい気持ちになるでしょう。

では、これはどうでしょうか。

「私は疲れたので、ゆっくりしよう」

心と行動が一致しているので、自分が休むことを心から心地よいと感じるはずです。

同じ「休憩する」だけでも、こんなに違うのです。

さらに、あなたが「しなければならない」に囚われていると、相手にもそれを要求していきます。

「僕は仕事疲れで寝ているんだから、子どもたちが騒がないようにさせるのが妻の役目じゃないのか」

「俺が話をしているんだから、お前は、真剣に聞くのが当たり前だろう」

「私のほうが年上なんだから、あなたから頭を下げて頼むのが筋でしょう」

「俺が金を稼いできてるんだから、お前が俺に従うのは当然だろう」

「私が呼んでいるんだから、あなたは自分のしていることを差し置いてでも、すぐに応じるべきでしょう」

その要求が通らないと、あなたは感情的になって、ネガティブな関係で心理的距離間隔を縮めていって、争いの種を撒き散らすことになるでしょう。

自分を縛ると相手も縛りたくなる

それでも心は決して満たされない

なかには、「こんなふうに威張って相手に要求できたら、さぞかし気分がいいだろうな」と、羨ましく思う人もいるかもしれません。

でも、ほんとうにそうでしょうか。

例えばこんな例はどうでしょうか。

あなたは会社の社長です。

あなたが訓示を垂れるとき、社員にこんな要求をしています。

「私が話しているときは、一瞬たりとも目をそらしてはならない。

真剣に聞かなければならない。

私の望むように反応しなければならない。

私がジョークを飛ばしたら笑い、悲しい話をしたら涙を流し、素晴らしい話をしたら感動しなければならない」

話の最中にあなたはいきなり、怒り出しました。

それは、一人の社員があなたに、無反応だったからでした。

大勢の社員の中の、たった一人が、自分を否定した(ように感じて)、それだけで、あなたは傷ついて腹が立つのです。

今度は会社の役員たちが、あなたに頼ってきました。

「社長、是非、これを社員たちのためにまとめてください」

あなたは、それを「しなければならない」と受け止めます。

しかもそれは「社長だから、お手本となるべく完璧に、正確無比にできなければならない」と要求されているように聞こえます。

なぜならあなたは、いつも、それを社員に要求しているからです。

ところが実際に社員に同様のことを要求されると、それに応える自信がなくて怖じ気づきます。

あなたは返答に窮して、「どうして、僕がしなければならないんだ。それをするのが君たちの役割だろう」と怒鳴るかもしれません。

まさに「しなければならない。でも、できない」状態になって、責任回避したり、責任転嫁したくなるのです。

こんなふうに、相手に要求することは、結局、自分に戻ってきます。

自分の要求は、相手だけでなく、自分も縛っていくのです。

だから「しなければならない」ということから解放されたほうがいいのです。

相手との適切な心理的距離間隔を保つには、これが必須です。

これが、ネガティブな関わり方で傷つけ合わない”最良の方法”であると同時に、また、私を認めることにもなっていくのです。

より自分が心地よいことを優先する

相手とポジティブに関わる為には

友人は、あなたが遅れたことで、不機嫌になっていました。

あなたは、不機嫌そうな顔をしている友人に腹を立てました。

あなたの心の思いは、「私はいつも、友人が遅れても許しているのに、どうして私が遅れると、友人は不機嫌になるのよ。不公平じゃないの」

この”不公平感”が、次には友人との心理戦を勃発させ、互いに感情的になって「離れたくても、離れられない」相手となっていくかもしれません。

外見は親しそうにしていても、表面下では、見栄っ張り合戦や、仕返し合戦を展開させていくかもしれません。

これがネガティブな関わり方です。

「私の気持ち」「私の都合」を後回しにしてはならない

遅刻するもっと前の時間にさかのぼってみましょう。

まず、あなたは、このとき、どうして遅れてしまったのでしょうか。

あなたがこの約束に遅れたとき、もしかしたらあなたは友人と、会いたくなかったのかもしれません。

けれども、あなたは、友人だからという理由で「会わなければならない」と考えました。

あるいは、あなたは仕事が忙しくても、友人と会いたかったので無理をしていたのかもしれません。

それが、遅刻という結果になった、ということです。

もしあなたが、心から友人に「会いたい」と望んでいたら、あなたは、遅刻しないよう他のスケジュールを調整したでしょう。

相手が友人ではなく、「心から会いたい」と思う恋人だったら、早めに待っていたりもするのですから。

あるいは、あなた自身は、「相手が遅くなっても許していた」つもりでいても、無意識のところでは、「相手はしょっちゅう遅刻してくるんだから、私だって少しぐらい遅れたっていいじゃないの」という”仕返しの気持ち”があったのかもしれません。

「友人が遅れても、私は許すのだから、友人も私を許すべきだ」

というのは、決して心から友人を許しているわけでない言葉です。

心から許していないと、どこかで仕返しをしたくなるのが、我々の感情なのです。

これもネガティブな関わり方と言えるでしょう。

「自分中心」の発想でよりリラックス

心地よい心理的距離感覚を知っている人は、こんなとき、「いま、友人と会いたいかどうか」、自分の気持ちを確かめるところから始めるでしょう。

心地よい心理的距離感覚を知っているために、会いたくなかったら断ることができるでしょう。

これがポジティブな関わり方です。

時間的な問題の場合は無理をしないために、「2時間ほどだったらいいよ」などと、具体的に「会える時間」を自分のほうから提案できるでしょう。

たびたび遅刻する友人だったら、約束を決める前に、「いつも待たされるとつらいんだ。あなたと親しくしていたいから、時間を守ってほしい」

と率直に自分の気持ちを伝えたり、

「遅れたら20分だけ待つね」

などと、自分が苦痛に感じない範囲の時間を告げることができるでしょう。

こんなふうに、「遅刻する」ということ一つにしても、心地よい心理的距離感覚を知っている人は、自分中心の発想ができるのです。

そのために、ポジティブな関わり方や具体的な問題解決方法が、自然と思い浮かぶ回路が育っていくのです。

心地よい心理的距離感覚が身についていると、心と体がリラックスするために、脳も、右脳左脳、大脳辺縁系、脳幹といったすべての機能が、トータルにバランスよく働くようになるからです。

心理的距離感覚を磨く

「私がしたいかどうか」を全ての基準にする

人によって「私がそれをしたいかどうか」がわからない人がいます。

その場合はまず「私がそれをしたくない」なら”しない”から始めましょう。

こういうアドバイスを行うと、毎度のことですが、人によっては、「誰もが自分の感情を基準にして、自分の感じるままにしていたら、とんでもないことになる」と反論したくなるでしょう。

それこそ、とんでもないことです。

これまで述べてきたように「しなければならない」で行動している人たちが、いかに自分の感情を抑え、しかしそれ故に、どれほど”相手にこだわって、無用に近づいていくか”は、火を見るよりも明らかです。

「しなければならない」に囚われている人ほど、相手との心理的距離を縮めては、「離れたい人」と争い、「離れたくない人」とも争っているのです。

ただし、「やりたい放題」ということとは違う

ごく日常の光景です。

家庭、職場、デートといった場面で、相手があなたに、不平不満を漏らしたり、愚痴をこぼしたりします。

あなたは、相手の不平不満や愚痴を、心の中で不快に感じながら、我慢して聞いています。

ときには「うるさい!」と怒鳴りたくなります。

それでも、相手と傷つけ合うことを恐れて我慢していれば、あなたも相手に不平不満を抱き、次第にそれがあなたの悩みの種となっていくでしょう。

そして「我慢しているのはつらい、言うのも怖い」という堂々巡りの思考で、どんどん相手と心理的距離間隔を縮めていくことになるのです。

このときあなたは、自分の感情を基準にして、心地よい心理的距離感覚を信じて行動しようと決めました。

実はあなたも、人の噂話や悪口は嫌いでもありません。

それがストレス発散の手助けにもなっています。

このとき、「私も聞いてもらうのだから、相手の話も聞かなければならない」と発想する必要はありません。

「私は話したいけれども、人の話は聞きたくない」

ひたすら自分本位でも、わがままであっても、ときには不適切であってもいいのです。

ただし、「相手の話を聞かない」は、まったく拒否しろというわけではありません。

相手の話を”聞く”と”聞かない”の境界を、あなたの「心地よさ」で決めてほしいのです。

「そろそろ潮時かな」で切り上げよう

最初は、人の噂話が楽しいとあなたは感じました。

けれども途中から、ちょっとネガティブな気分になってきました。

この「ちょっとネガティブな気分になってきた」が、無意識からのあなたへのメッセージです。

それは「もう、これ以上聞いていると、つらくなるぞ」という合図です。

そろそろ、この噂話も潮時です。

あなたは自分をネガティブな感情に晒さないために、自分を守る必要があります。

早ければ早いほど、トラブルにはなりません。

理想は、それを「気持ちよくきっぱりと断る」でしょう。

でも、それは「未来にできたらいいな」ぐらいにとっておいて、あなたが関心が薄れたら、「へえ、ああ、そうなんだ」「ふーん」などと、薄れたままに返せばいいだけです。

相手が、「ねえ、聞いてるの」と尋ねてきたら、「ごめん、聞いてなかった。他のことを考えてた。ぼんやりしてた。疲れた。眠くなった」などと、自分の気持ちのままに答えてみましょう。

興味が薄れた時点で「じゃあ、ね」と、その場を離れるのもいいでしょう。

こんなふうに、自分の「心地よい心理的距離感覚」を基準にしたほうが、あなた自身がラクでいられます。

相手も、このほうが、あなたの反応を敏感にキャッチして、噂話や愚痴の「あなたに聞いてもらえる」分量のさじ加減が、無意識にわかってくるのです。

「したい」「したくない」は自由に選ぶ

友人を避けたかったわけじゃない

あなたは友人と旅行に行く計画を立てていました。

しかし旅行前夜になって体調が悪くなりました。

そして中止が決定すると、体調が良くなりました。

あなたは友人と旅行に行きたくなかったわけではありません。

楽しみにしていて、心が弾む気持ちもありました。

けれども、それ以上に、無意識のところで「友人と、丸一日、一緒に過ごす」のをあなたは苦痛だと感じていたのです。

一日中、ベッタリがイヤだっただけ

当初は、自覚がありませんでした。

でも確かに、思い当たる節があります。

あなたは、旅行の往路での、一つ一つのシーンを拾い上げてみました。

電車の中で、長時間、友人と肩を並べて座っていなければなりません。

遊園地では、あなたは怖いアトラクションに乗りたくなくても、誘われると断ることができません。

ゆっくりとゲームをしていたいのですが、急かされると、きっとやめてしまうでしょう。

食事の時も、ついつられて友人と同じものを注文してしまいます。

自由に回りたい美術展も、友人が気になって、途中で切り上げるに違いありません。

疲れてきて話したくなくなっても、多分、調子を合わせようとするのでしょう。

帰宅したら、きっと、クタクタに疲れ果てているに違いありません。

しかも、翌日は会社です。

顕在意識のあなたはそれに気づかないとしても、あなたの無意識は、どんな状況になるか、とっくに予測しています。

居心地が良いか悪いの境界に気づく

そこであなたは「体調を崩す」ことにしました。

病気になれば、友人に言い訳ができます。

同情して許してくれるでしょう。

自分にも「病気だから、しかたがない」と言い訳ができます。

「行かない」と言葉で伝えるよりも、病気を理由にしたほうが角が立ちません。

こんな諸々の理由から、「病気を使う」というのはよくあることです。

子どもが月曜日の朝になると、お腹を下す。

夫の実家に行く前日に、妻が熱を出して寝込む。

母親が旅行に出かける直前になると、家族の誰かが具合が悪くなって、延期せざるを得なくなる。

就職活動で面接日になると、風邪を引いて行けなくなる等々。

こんなふうに、あなたの無意識は、自分を守るために「病気になる」ことさえもしてくれるのです。

けれどもこんな形で「目標達成する」のは、あまり賢いやり方とは言えません。

そもそもあなたが、そうやって体調を崩してまで行きたくなかったのは、友人が嫌いだったわけではなくて、友人と一体化するかのように心理的距離間隔が近すぎるからでした。

あなた一つ一つの場面での行動が、それを如実に物語っています。

それをクリアするには、「私には、私が”したい、したくない”を基準にして選ぶ自由があるんだ」

こんな自分を育てていくことです。

ずっと一緒はちょっぴりキツイ

つかず離れずの関係が心地よい

すべて、自分の「心地よい心理的距離感」を基準にして、電車の中では「話したかったら、話す。話したくなかったら、話さない」でいいのです。

遊園地で、あなたが「アトラクションに乗りたくなかったら、乗らない」でいいのです。

ゆっくりと「ゲームをしていたかったら、する」と決めてもいいのです。

食事のときは、相手に合わせるよりも、自分の好みで選んでみることです。

美術展を自由に回りたければ、別行動をとってもいいのです。

もちろん、あなたが自分の「心地よい心理的距離感覚」や、だんだんと苦痛へと変化していく「居心地の悪い心理的距離感覚」のその境に気づけたとしても、すぐにそれらを実行することは難しいかもしれません。

一人で別行動したいと思っても、友人に、どうやってそれを切り出せばいいかわからないでしょう。

でも、そんな方法は少しずつレッスンしていけばいいことです。

まずは、あなたが自分の「心地よい心理的距離感覚」と「居心地の悪い心理的距離感覚」の境に気づくだけでもいいのです。