これほど医学が隆盛を極め、莫大な医療費がつぎこまれているにもかかわらず、人々の幸福度は下がりつづけ、心を病む人も増え続けている。

しかも、その人達を苦しめる問題の多くに、医学は有効な手立てを提供できなくなっている。

かつてはあまり悩まされることがなかったような問題で、多くの人が苦しみ、幸福に生きることなど、現実性を欠いた夢物語になりつつある。

いきること自体に喜びも価値も感じることができず、自分が存在することにさえ違和感を覚えたり、虚しさを感じたりする人も多い。

また、対人関係においても、他の人といることが煩わしく、喜びよりも苦痛ばかりを感じてしまうという人も増えている。

人を心から愛したり、受け入れたりすることが難しく、わが子や配偶者にさえ愛情や親しみを感じられないという人も珍しくない。

こうした問題の背景に、愛着障害という困難がひそんでいるということが、ようやく認識されるようになったが、今起きている事態の深刻さは、そうしたことが一部の人にだけ見られる特別な問題ではなく、程度の差はあれ、一般人口の何割もの人にそうした兆候が認められるようになっているということである。

それは何を意味するのか。

そのことを考える上で忘れてはならないのは、愛着システムは、対人関係だけでなく、人々の生存や心身の健康を支える根幹にかかわる仕組みだということである。

そこが不安定になり、うまく機能しなくなるということは、我々の心身の健康を守る仕組みが機能不全に陥りやすくなっているということである。

医学がいくら病気を診断し、治療を施そうとしても、生命の土台ともいえる愛着システムがうまく機能しなくなると、治療効果云々の前に、治療すること自体が無意味になっていく。

なぜなら、愛着こそが、生きることの原動力を与えてくれるものであり、それを失うことは、生きようとすることが、そもそも意味をもたなくなってしまうからだ。

多くの人が生きることに、その意味や喜びを失いかけていることは、生物としての人間が何十万年、何百万年にもわたって維持しつづけてきた愛着という仕組みが、崩壊の危機に直面しているという事態を映し出しているように思える。

医学には手に負えない問題が、愛着に働きかけ、愛着システムを強化するアプローチによって、しばしば改善するという事実は、まさに我々を苦しめているものの正体が、医学的な病である以上に、愛着という仕組みがダメージを受けることによって引き起こされた愛着システムの障害の産物であるということを裏付けているだろう。

そのことは同時に、我々が直面している問題に対してどう対処すればよいかを、明確に示しているように思える。