回避性愛着障害の人にカウンセリングは向かないのか?

回避型の愛着スタイルの人は、カウンセリングに乗りにくいとされる。

実際、カウンセリングにやってくるのは、圧倒的に不安型の愛着スタイルの人が多い。

しかし、最近は、回避性愛着障害の人も大勢訪れる。

たしかに、カウンセリングの進行は、不安型愛着スタイルの人に比べるとゆっくりである。

対人緊張も強い傾向があるし、自己開示が苦手で、警戒心も強いので、話が深まっていくのに時間がかかる。

ぽつりぽつりとしか話さない人も多い。

しかし、だからといって、回避性愛着障害の人の改善にカウンセリングが役立たないということはまったくない。

大きく変わっていくケースも多数ある。

根気よく取り組み、小さな変化を積み重ねていくうちに、いつの間にか大きな変化になっていく。

回避性愛着障害の人は、あまりブレないところがあるので、いったん変わり始めると、変化が安定して持続することが多い。

つまり、変化を起こすのには少し時間がかかるが、いったん変化がおきると逆戻りしにくいのである。

「回避性愛着障害」と「恐れ・回避性愛着障害」

親密なかかわりを避けようとする回避性愛着障害だが、その中に、似て非なる別のサブタイプがある。

それが「恐れ・回避性愛着障害」である。

通常の回避性愛着障害が、ネグレクトされた環境に適応した結果、情緒的なつながりを必要としなくなり、求めるどころか鬱陶しがるようになっているのに対して、「恐れ・回避性愛着障害」は、情緒的なつながりを本当はもとめているのだが、拒否されたり傷つけられたりすることを恐れるため、親しくなりたくても接近できないというジレンマを抱えている。

近づきたいが近づけないのである。

本来の回避性愛着障害の場合には、仮に親しくなっても、うわべの関係でしかなく、本当の親密さや信頼というものは生まれにくい。

安定型や不安型の人は、相手が回避性愛着障害であると、長く付き合えば付き合うほど、心の距離が縮まらず気持ちが共有できないことに苛立ちを感じるようになる。

表面的には親密にふるまっているときでさえも、心からの結びつきが感じられず、相手は利用されているような感覚や、虚しさを覚えてしまう。

逆に、回避性愛着障害の人にとっては、情緒的なつながりを求めようとする安定型や不安型の要求がよくわからず、煩わしく思える。

利害や力で結びつく関係こそが、信用できる唯一のものなのである。

一方、「恐れ・回避性愛着障害」の場合には、親しくなるまでには高いハードルがあり、なかなか距離が縮まらないが、相手が懐に飛び込んで来たり、相手の疑いのない誠意を前にすると、次第に心を開き、親密な関係を築くこともできる。

ただ、その場合も、不安型愛着スタイルと回避性愛着障害が混じった特性を示すので、その関係はあまり安定したものとはいえない。

どちらの場合にも、安全基地を提供することはそう容易なことではない。

回避性愛着障害は、安全基地など必要としないかのようにふるまい、「恐れ・回避性愛着障害」は、安全基地が本当に安全であるかなかなか信用できず、心を開くまでに時間がかかる。

ただ、「恐れ・回避性愛着障害」の方が、心の底では安全基地を求めているということもあり、回避性愛着障害よりは関係を築きやすい。

回避性愛着障害は、安全基地として安定した愛着を育むことが、最も難しい愛着スタイルのタイプだといえる。

ただ、児童や青年のケースでは、それほど難しくない。

彼らはまだ、親に依存して生きている面があり、心の可塑性もある程度保たれているからである。

しかし成人の回避性愛着障害でも、長い時間をかけて安全基地となる人との関係が築かれると、愛着が育まれ、対人関係や行動の仕方に変化が生まれる。

現代人の思春期はどんどん長くなり、五十歳くらいまではまだ若者の心性をもつ人も多く、十分チャンスがあるように思える。

向き合わないことで自分を守っている

回避性愛着障害の人の認知の特徴は、問題に向き合わないことで、自分を守っているということである。

結果的には、守ることにはならないのだが、現実の課題を視界から外すことで、とりあえずの間、心が乱れて不安になることを回避しようとする。

したがって、周囲の人から見ると、回避性愛着障害の人の行動は不可解である。

大きな問題にぶつかっているはずなのに、それには何の対処もせずに、まるで何も問題がないかのように、平然と他のどうでもいいことをしていたりする。

たとえば、体調が悪くて、食欲もない。

安定型のひとなら、医者にみてもらって、悪い病気なら早めに発見して治そうとする。

ところが、回避性愛着障害の人は、そのことを思考から締め出してしまう。

結局、どうしようもないくらいに悪化して、病院に連れていかれるまで、自分からは動こうとしない。

もし悪い病気だったら、という現実と向き合いたくないのだ。

問題が、子どものことであれ、夫婦間のことであれ、仕事上のことであれ、基本的に同じスタンスである。

できるだけ面倒なことには向き合わず、切羽詰まるまで、問題を解決しようとしない。

その結果、傷口がどんどん広がってしまう。

わずかな手間を惜しまずに、早めに対処していれば、ことなきを得たことを、漫然と放置した結果、一大事にしてしまう。

回避性愛着障害の人は本当に感じないのか、感じることを避けているのか

回避性愛着障害の人は、感情的なことに煩わされるのをことに嫌がる。

求めてもかまってもらえず放っておかれたり、泣いていても誰も助けてくれなかったりすることを繰り返す中で、欲求や感情は表に出すだけ無駄であるし、余計に傷ついてしまうということを学んでいる。

愛着し、その人に思い焦がれても、傷つき、ダメージを受けるだけである。

それならば、最初から何も求めず、何も感じず、誰も愛さないのがいちばん傷つかないですむ。

回避性愛着障害の人は、本心や気持ちといったものが自分でもわからなくなっているのだ。

そんな回避性愛着障害の人に「どんな気持ち?」「どう思うの?」「どうしたいの?」などと、いきなり根掘り葉掘り聞いたところで、「わからない」という答えが返ってくるのが関の山だ。

別にそれは、ごまかしているというよりも、自分でも本当にわからないのである。

だからそうした反応を、「防衛的である」などという言い方で分析してみても、当人からしてみたら、何も隠していないのに、身体検査をされているような気分なのである。

回避性愛着障害の人は見下すこと、距離をとることで心に鎧をつけている

回避性愛着障害の人は、親密な関係になって相手に心から愛着してしまうことを恐れている。

なぜなら、そうなってしまうと、自分は相手の支配下におかれてしまうからだ。

相手を失うことを恐れ、また、本当に失うと傷つくことになる。

それは、絶対に避けなければならない最悪の事態だ。

そうならないためには、本気で相手のことを信頼したり、大切に思ったりしないことである。

回避性愛着障害の人は、相手のアラを見つけて、冷ややかな目を向けたり、見下すような態度をとる。

自信たっぷりで、誰の助けも必要としないというようにふるまうこともある。

回避性愛着障害の人は、あなたなんかいなくても痛くも痒くもないと、相手にも自分にも見せつけるように、傲慢な態度や無関心な態度、寄せ付けない態度をとるのである。

安全基地となろうとする者にとっては、そんな態度をとられると、そもそも自分など必要とされていないということを見せつけられるようで、いったいどうやって心の距離を縮めていいのか、途方に暮れそうになる。

しかし、相手に心理的に支配されること、依存することをおそれているということは、逆にいえば心のどこかに、そうされたい、そうしたいという願望がひそんでいるということでもある。

もし、まったく他人を求める気持ちがないのであれば、距離をとったり見下したりすることで、相手の気を許した接近を避けるひつようもないはずだからだ。

わざわざそうした鎧で身を固めるということは、相手が懐に入ることを恐れているということであり、求めているということの裏返しなのである。

ことにそれは「恐れ・回避性愛着障害」のケースに言えることである。

接近すると窮屈さを感じさせる

回避性愛着障害の人の甘え方は、物のように相手を使い、所有し、支配するという仕方が特徴である。

命令して思い通りに従わせることや、自分の好みの通りに相手を作り上げたりすることが、このタイプの人の甘え方なのである。

回避性愛着障害の人と親密になればなるほど、ある種の窮屈さを感じるようになるのは、そのためである。

彼らは自分の流儀や関心でしか物事を楽しめない。

一緒に楽しもうとすると、相手をそこに押し込めることになる。

本人を支えようとして接近を図る場合にも、同じような窮屈さを覚えることになる。

しかし、彼らの流儀や関心を共有できない限り、彼らに近づくことはできない。

この点は覚悟して、彼らの流儀に従い、関心を共有することである。

それは彼らのゲームに参加するということであり、そうすることで、話し相手として受け入れてもらえる。

優れたカウンセラーは、喜々としてその役割を果たし、進んで彼らの世界を共有しようとする。

回避性愛着障害の人は、とても狭い世界で生きていることが多い。

関心も狭い。

お金儲けや仕事だけが関心事という人もいれば、趣味の世界やファンタジーの世界にしか関心がないという人もいる。

しかしそこを理解できなければ、共通言語をもつことができない。

彼らに入門するつもりで、教えを乞うことも一つの方法である。

回避性愛着障害の人の対人関係の特徴の一つは、相手を「利用可能性」で見るということだ。

自分にとって利用が可能なときには、相手に関心をもつが、利用することが何もないときには関心を失ってしまう。

恋人やパートナーとの関係もそうしたものになりがちだ。

セックスをしたくなったときや食欲を満たしたくなったとき、用事をしてもらう必要が出てきたときには、その存在のことを思い出し、求めようとするが、用事がなくなると忘れてしまう。

こうしたかかわり方は、自分を支え、助けようとしている人に対しても見られる。

自分にどんな有益なことをしてくれるのか、という視点で相手を品定めする。

必要性が切迫しているときには、相手に取りすがり、相手を目的のために使おうとするが、利益がなさそうな場合には、苛立ちや怒りを示したり、あっさり切り捨てる。

これが相手を物のように利用しようとするということだ。

思い通りに使えると満足するが、それが許されないと、怒りを感じ、相手を「役立たずだ」と感じてしまう。

相手がどういう都合や気持ちで、自分の要求に応じることができないかは、ほとんど考慮されない。

しかし、このタイプの人にとっての安全基地であろうとする場合、このルールを尊重するしかない。

ルールの部分でぶつかると、妥協は難しく、どちらかが退場するしかなくなってしまう。

彼らの”面接”に合格する

回避性愛着障害の人は、情緒的な表現や、細やかな心遣いといったことが苦手である。

自分もしないし、相手からされるのもあまり好まない。

社交辞令を長々と並べたりするのも、何の意味があるのかと、むしろ疑問に思ってしまう。

その分、直接的な表現で、伝えたいことを明確に伝えた方が、心に響く。

情緒的な、あいまいな表現より、単純明快なわかりやすさが大事なのである。

その最たるものが、挨拶や礼儀だ。

彼らにとっては、形式的に思えるような挨拶や礼儀が、かなり重要なのである。

そこを曖昧にしたリ、怠ったりすると、関係が上手く行かなくなる原因になる。

はっきりした声と言葉で、相手への好意をわかりやすく示す。

態度や物腰にも、相手への敬意と誠実さを示し、威厳をもちながら、相手のことを重要視する姿勢を見せる。

あまりへりくだりすぎた態度や、卑屈な態度はダメである。

回避性愛着障害の人は、こちらを値踏みしている。

何か役に立ちそうかどうか、自分より能力がありそうかどうか、見定めようとしている。

自分を卑下した態度をとってしまうと、無能の烙印を押されて「面接」を落とされてしまうのだ。

その人の問題を改善しようとしてやってきている場合には、なおさらである。

遠慮せずに、その人の課題を指摘することも大事だろう。

後の項目で述べるが、回避性愛着障害の人の場合は、優しい共感にはあまり関心がなく、問題点を解決することの方に関心を向ける。

「ありのままでいい」というような答えでは、とうてい納得しないのである。

回避性愛着障害の人は共感だけでは物足りない

回避性愛着障害の人にとっては、自分の気持ちの表現が苦手なだけでなく、相手から気持ちを表現されることも煩わしく感じられる。

たとえそれが、自分に対する共感や同情だったとしても、そんなものを見せられたところで、何の役にも立たないという思考が、どこかで働いてしまうのだ。

もちろん、このタイプの人でも、親身になって話を聞いてもらい、共感されることを、心地よく感じる場合もある。

しかし同時に、「相手がそんなふうに話を聞いてくれるのは仕事だからだ」とか「うわべだけの同情に過ぎない」とか、「家に帰るころには自分のことなど忘れているに違いない」などと考えてしまい、心を開こうとは思わない。

自分に向けられた共感は見せかけの同情に過ぎず、そんなものをもらっても仕方がないと考える。

そんなものより、もっと実際に役に立つものをくれよ、と思ってしまうのだ。

共感をベースにしたカウンセリングが、回避性愛着障害の人の心に届きにくいのは、共感に価値を認めない回避性愛着障害の人の認知の特性によるところが大きい。

彼らは共感されることで心地よさを味わうという経験をあまりしておらず、むしろそうした回路を切り捨てることでわが身を守ってきたので、突然共感されても、かえって居心地が悪いのである。

ただ、話を聞いてもらい、「大変でしたね」と言われても、回避性愛着障害の人には、「それだけ?」となってしまう。

回避性愛着障害の人は、共感よりも、もっと具体的な問題解決を求めようとする。

それがないのなら、話しても仕方がないので、余計なお世話ということになる。

回避性愛着障害の人には関心を共有し、同好の士となる

では、回避性愛着障害の人の心に通じるアプローチとなるためには、どうすればよいのか。

じつは回避性愛着障害の人は、共感されてもあまり響かないが、自分の関心があることについて語ることは好きである。

つまり、共感されることは煩わしいが、話題や関心を共有することなら、抵抗なく受け入れられやすいので、しばしば有効なアプローチとなる。

回避性愛着障害の人の心を開こうとするならば、相手が関心をもっていることについて、こちらも関心をもち、それについて「同好の士」として語り合う関係になることがお勧めである。

相手の方が、そのことについては先達なのであるから、教えを乞い、いろいろ教えてもらうというコミュニケーションの取り方も良い。

同好の士として気楽に語り合えるようになるのが、当面の目標である。

現実的な課題を持ち出したりするような無粋なことは控え、同好の士に徹した方が良い。

自分が話したくないことは持ち出してこず、自分の関心事についてだけ語り合える存在に対して、その人は安心感を抱くようになる。

そうすると、会って話をすることが心地よく思え、話をすることで元気さえ出るようになる。

自分の興味あることを語ることは、その人を生き生きとさせるものだ。

こうして、次第に安全基地として働くようになる。

そうなると次の段階に移る準備が整う。

次の段階は、指南役や助言者、インストラクターとなる段階だ。

ただし、何でもかんでも指南するのではない。

相手が求めてきたことについてだけ、控えめに、「それは、こうじゃないかな」「こうした方がいいかもしれない」と教えるのだ。

回避性愛着障害の人は、共感によって気持ちがどれだけ救われるかよりも、現実的な利益で、物事の価値を判断する。

つまり、「役に立つ」「有用である」ということに重きを置く。

「たしかにこの人の言うことは役に立つ、この人の言う通りだ」と実感すると、ぐっと信頼を増す。

心を慰められたリ励まされたりすることよりも、実際に有用な知識や情報、方法やスキル、経験を伝授してもらった方が、自分のためになったと感じるのだ。

共感的なカウンセリングよりも、認知行動療法や実践的なトレーニングの方が、何かしてもらったという手ごたえを感じやすい。

対話より、作業的なことに注力するのもよいだろう。

何かに取り組むことの方が、話を聞いてもらうことよりも、このタイプの人にはしっくりくるのである。

対話を作業に置き換えることによって、回避性愛着障害の人が慣れていない「感情や気持ちを言葉にして表現する」という苦手なことを、やりやすくしたり、省略したりしてくれる。

たとえば、学校に行けなくなっている子どもがこのタイプの場合、「どうして学校に行けないのか」という事についていくら話をしても、あまり助けにはならない。

むしろ、家の用事や仕事、得意分野での学習や技芸に取り組んで、有用感を味わった方が、その子を元気にする。

回避性愛着障害の人は時期が来ると背中を押してくれる人を求めるようになる

回避性愛着障害の人は、問題に向き合うのが苦手だ。

めんどうなことはなるべく避けようとする。

では、向き合う気がまったくないのかというと、違っている。

ある時期が来ると、目を背けていても駄目だと自分でも思い始める。

現実の課題に向き合わねばならないと、本人も心の中で感じているのだ。

しかし、自分の意志では、それがやりきれない。不安や怖さに負けて、課題に向き合うことを避け続けてしまう。

課題に向き合うことを「直面化」という。

カウンセリングなど、人を動かしていくことにおいて、重要なモーメントは、「共感」と「直面化」だといわれる。

「共感」によって、躓いている相手の苦しさを受け止める。

立ち上がる力がある人では、共感して受け止めるだけで、元気を取り戻して立ち上がるということも少なくない。

しかし、回避性愛着障害のように問題に向き合うことを避けてしまう人の場合は、共感するだけでは、現状に甘んじるだけで、変化が起きにくい場合もある。

その場合は、「直面化」が必要だ。

課題を指摘し、それに向き合わせる。

じつは回避性愛着障害の人も、回復を望んでいる人の場合には、直面化させてくれる人を求めている。

自分一人の力では、問題に向き合い、乗り越えていく勇気がないので、それを一緒にやり遂げてくれる人を欲しているのだ。

少し唐突だが、ジョンレノンを例にとって考えてみよう。

彼は結婚して子どももいて、一見幸福そうに暮らしていた。

だが心の中では、結婚生活に倦み、まったく刺激をなくしていた。

彼はもっと違う人生を求めていたのだが、心優しいジョンには、妻子を捨てることなど考えられないことだった。

そこへ、オノ・ヨーコという解放者が現れた。

彼女は、平穏な一家に割り込むように入り込んでくると、ジョンの中に潜在していた「解放への欲求」を実行に移す力を授けたのだ。

ジョンがヨーコを特別に崇拝したのは、ジョンには到底できなかった自分自身の解放を、ヨーコはやってのけたからだ。

ジョンはそれまで、問題に向き合うのを避ける回避的なところを抱えていたが、ヨーコは強力な力でジョンを動かし、彼がとらえられていた「結婚」という因習的な呪縛から解放しただけでなく、もっと高邁な理想へと、ジョンをはばたかせたのである。

このように、最初は興味のある話題にのみ終始しているような回避性愛着障害の人も、次第にそれだけでは物足りなさを覚えるようになる。

自分が課題に直面化できるように励ましてくれることを心のどこかで期待しているのだ。

それは、本人にとってはとても嫌なことではあるが、その不快さに負けずに向かっていけるように、自分を駆り立ててほしいと思うようになるのだ。

助けを求めてきた時点で、課題に一緒に向き合ってくれる存在を求める段階にきている場合もある。

本人自らが相談に来た場合には、すでにその段階に達しているので、雑談や趣味の話に時間を使う必要はない。

彼が求めている直面化という作業に取り組めば良い。

その場合、むしろ雑談に時間を浪費したりすれば、失望を招くだろう。

自らの体験を語り始める

回避性愛着障害の人は、自分の気持ちや本音をなかなか言わない。

自分の過去の体験や思い出についても語りたがらないことが多い。

自己開示することを避けようとする。

ずっと自分の感情や気持ちを抑えてきたため、過去に体験したことも、感情という色彩に彩られておらず、思い出を語ろうにも、淡い記憶しか残っていないという場合もある。

覚えているのは嫌なことばかりで、思い出すだけつらくなるので、記憶を封印してしまっているような場合もある。

本人の自覚としては「あまり覚えていない」というだけで、嫌な目にあったなどという認識はない。

思い出そうとしても、断片的な記憶をぽつりぽつりとしか語れないことも多い。

しかし、語る作業をしているうちに、次第に記憶がよみがえってきて、自分がこれまで封印してきたものに向かい合い始める。

そうなると、これまで忘れていた、その時々の感情や気持ちもよみがえり始める。

ずっと抑えてきた悲しみや寂しさや傷ついた思いがありありとよみがえってきて、思いがけず涙がこぼれてしまうこともある。

回避性愛着障害の人にとって、体験を語ることは、自分の体験を、初めて感情とともに取り戻すことであったりする。

自分という人間が、どういう人間で、どのようにして生きてきたのかを、初めて知ることでもある。

自分という人間が、どういう人間で、どのようにして生きてきたのかを、初めて知ることでもある。

自分に出会い、自分という人間に向き合うためには、自分の体験したことを語るという営みがとても大切なのである。

共感を示されても、心を動かされなかった回避性愛着障害の人も、幼いころからの体験や思い出を語り、それを受け止められ、共有されるにつれて、相手に親しみを覚えるようになる。

愛着という現象は不思議なものである。

親しみを感じるから、自分のことを打ち明けるという面もあるが、自分のことを打ち明けることによって、いっそう親しみが増すという面もある。

そして、もっと語りたくなる。

なぜなら、語ることが自己発見になり、発見した自分を今一度受け止めてもらうことが、今まで味わったことのないような心地よさを生み始めるからだ。

回避性愛着障害のような、親しみを覚えにくいタイプの人であっても、このプロセスを丁寧におこなっていくと、絶対開かないと思えたような固い殻も、少しずつ開いていく。

非行少年には、回避性愛着障害や、未解決/無秩序型愛着スタイルがおおいのだが、彼らでさえも、自分の話をきちんと聞いて、受け止めてくれた人には、次第に心を開いていく。

ただ、それなりに長い時間と紆余曲折は覚悟しなければならない。

回避性愛着障害の人が心の壁を破るきっかけ

回避性愛着障害の人の安全基地になるためには、なかなか心を開いてくれない場合でも、先を急がせずに待つということが基本スタンスではあるが「心の壁が破れる」きっかけとなることが、ちょうどいいタイミングで起これば、突破口になることもある。

その一つは、支え手自身が自己開示をし、自分をさらけ出すということである。

「心の内側を見せたくても、あなたは何も自分のことは言わないではないか。こちらにだけしゃべらせるのは、不公平ではないか」。

回避性愛着障害の人の中には、自分の内面的な秘密を話すことを、弱みを握られることのように感じて、自己開示することをためらう人がいる。

そんな時、支え手の方がまず自己開示することは、先に裸になってみせるようなもので、心の内を見せることへの警戒心や抵抗が薄らぐのだ。

強い感情を見せることも、ときには距離を縮めるのに役立つ。

こっちは必死に向き合っているのに、どうして応えないのだと、真剣に訴えると、自分が逃げようとしていることを突き付けられると同時に、相手が自分のためにこれだけの強い思いをもち、必死になっているということに、心を打たれるのだ。

回避型の愛着スタイルは「どうせ相手は自分に応えてくれない」「期待するだけ無駄」という境遇に適応するために身にまとった、心の様式である。

しかし、相手が必死になって自分を待ってくれていることを知ったとき、かつての適応戦略を変更しようという勇気が生まれるのだ。

もう一つは、本人がもっとピンチに陥るような事態が起きることだ。

そのとき、支え手が、敢然と本人の味方になり、身を挺して本人を守る態度を示すと、本人の心に風穴を開けることにつながる。

たとえば、病気になる、怪我をする、大切な人を失う、孤立する、チャレンジに失敗するなど、本人を弱らせ、追い詰める事態は、新たな関係や新たな適応戦略を生み出すチャンスでもある。

とにかく、本人が弱っているということは、助けを必要としていると心得て、ここが勝負と、必死にかかわることだ。

回避性愛着障害の人の幼児的願望に付き合う―甘えられなかった人達

回避性愛着障害の人は、甘えてこなかった人である。

甘えられる境遇になかったため、「甘える」という回路が未発達なのである。

甘えるためには、相手に気を許し、打ち解けないといけないが、まずそれができない。

弱みを見せたり、自分をさらけだしたりすることができないのだ。

それは幼い頃から甘える経験が不足しているためである。

それゆえ、回避性愛着障害を改善していく上では、甘える体験を取り戻していく必要がある。

そのために大切なのは、もし親の協力が得られる場合には、親が本人に対して、優しく受容的にかかわることであり、支援者は「愛着修復的アプローチ」で、親にそうしたかかわりを増やすようにサポートをおこなう。

もう一つは、支援者が親代わりになって本人の安全基地となり、本人の中で満たされてこなかった部分を受け止めることである。

ただ、回避性愛着障害の場合には、寂しさなどの自分の気持ちを語ることは不得意で、また、あまり子ども時代の記憶がないという場合もある。

さらに、「甘えられなかった」ということを語ったからといって、甘えられるようになるわけでもない。

そちらに話を誘導しても、あまり益はない。

むしろ、前にも述べたように、その人の関心の赴くままに語ってもらい、それに寄り添うことが大事である。

自分の関心事について語ることを通して、次第に表現されるようになるのは、その人の満たされなかった幼児的願望である。

たとえば、自分に注目し、ほめてもらいたいという自己顕示的願望であったり、すごいことを成し遂げたいという万能感的願望であったりする。

本人の関心の世界を共有し、そこに注目や称賛を向けることは、その部分を満たしていくことにもなる。

そのプロセスを通して初めて、甘えることが少しずつできるようになる。

甘えられるようになると、関心事以外のことも自分から話してくるようになる。

それまでこちらは、本人の関心事やファンタジーや夢物語に、とことん付き合えばいいのである。

いびつな自己愛を抱えたひきこもりの青年のケース

九歳の男性が、行き詰まっていると相談にやってきた。

この愛着障害の青年は、中学の途中から始まったひきこもりが、今も続いている。

人ごみに出ることが苦しく、疲れやすく無気力だという。

愛着障害の青年は今も昼まで寝ている生活で、通信制の高校に在籍しているが、卒業の見込みも立っていない。

父親は建築家として成功し、一家は豪壮な自宅で、優雅に暮らしている。

愛着障害の青年は中学までは勉強もよくできたので、かなり期待されて育った。

しかし、小さい頃からマイペースなところがあり、人と同じことを強要されることに内心反発を感じていたという。

愛着障害の青年は中学受験をして、中高一貫の進学校に入ったものの、学力中心の指導方針に反発するようになり、教師に叱責されたのがきっかけで休みがちになった。

中学は何とか卒業したが、高校からは通信制に変わった。

愛着障害の青年のその後は、緊張の糸が切れてしまったかのように、ぶらぶらしながら暮らしている。

愛着障害の青年は、さまざまな相談機関にかかってきたが、はかばかしい改善も見られない。

念のため発達検査をしてみると、能力的には平均レベルだが、処理速度や作動記憶が低く、発達の偏りがあることがわかった。

適正としては、学業よりも、技芸的なものに向いているようだった。

親の期待に応えようと名門の進学校に入ったことは、かなり無理を強いたに違いない。

そうした結果を家族に説明したことで、家族も無理な期待を本人にかけすぎていたことを悟るようになった。

その後、親と子がそれぞれにカウンセリングを受け、親は安全基地となるために必要な対応を学ぶとともに、自らの課題も振り返っていった。

母親自身も、父親の職業を継げなかったことにコンプレックスがあり、それを代償したのが、夫との結婚であった。

それだけに、息子には、同じ轍を踏ませまいとして、過度なプレッシャーをかけてしまっていた。

親がそのとらわれから自由になると同時に、愛着障害の息子はのびのびとしてきた。

愛着障害の本人のカウンセリングの中で当初出てきたのは、幼い誇大自己的な願望だった。

愛着障害の彼は、自分の夢物語を滔々と語り続け、それが何カ月も続いたのである。

しかし、それを受け止め続けるうちに、非現実的な夢物語だったものが、次第に現実的なものに変化し始め、具体的な行動も見られるようになった。

だが、愛着障害の彼の中には、既成の権威に対する反発があり、とくに大学にいくことに、強い拒否感があった。

それは幼い頃から、一流の大学に行くことを最大の使命のように言われ続けてきたことに対する、本人なりのレジスタンスだったのだろう。

けれども最終的に彼は、自分の学力で進める大学を受験してみるという選択をした。

大学に行くことをかたくなに拒んでいたのだが、理想にとらわれるよりも、妥協して現実の中で生きて行くことができるまでに成長したのである。

その後、愛着障害だった青年は別人のように学生生活を楽しみ、自分の目的に向かって進んでいる。

回避性愛着障害のケースでは、しばしば、自己愛の問題を伴っている場合がある。

このケースの場合は、幼い頃から過大な期待を背負わされたことと、現実のギャップのはざまで、自分のプライドを傷つけられたことが、バランスの悪い自己愛の問題を生じさせたのだろう。

代償的に誇大な願望を抱き、しかし現実からは目を背け、ひきこもるという状況を変えたのは、まず家族の期待を切り下げ、本人をそこから解放することによってであった。

それによって愛着障害の本人と家族の緊迫感をもった不幸な関係が、もっと気楽なものに変化し始め、家族が安全基地として機能し始めたのである。

それとともに、愛着障害の青年は回復を始めた。

幼い自己愛を批判することなく、そのまま受け止め、彼の自己顕示的な願望を満たし続けるとともに、それを積極的に共有した。

来るたびに愛着障害だった彼は成長を遂げ、ついには現実との妥協を図れるまでに、バランスを回復したのである。

この部分では、担当医とカウンセラーが安全基地を提供し続けた。

そこで彼は思う存分、自分の想念と遊び、満たし損なってきた幼児的願望を満たすとともに、新たな生き方やアイデンティティを模索することができたのである。