嫌われてもいいと思えるということは、「相手目線」ではなく「自分目線」で行動するということです。

そうできることによって、さまざまなことに惑わされなくなります。

また、思い通りの人生を自由に作り出すことができます。

ただ一生懸命になっているだけでは、うまくはいきません。

「心に余裕」が出てくることで新たな道も切り開けていきます。

どうしても人に嫌われたくない

その感情が相手に伝わってしまう

どうしたら毎日楽に軽やかにいきられるようになるのか―それには、いまよりももう少しだけ余裕をもっていくことです。

そうはいっても、それはすぐには難しいかもしれません。

というのも、よいことにつけ悪いことにつけ、いったんことが起こると、「どうしよう、どうしよう」とつい慌てふためいてしまうことはないでしょうか。

すると、本来うまくいくはずのことがうまくいかなくなってしまいますよね。

人間関係だってそう。

一生懸命相手に好かれようとしているのに、変に誤解されて避けられたり、ひどい場合は憎まれたり。

でもそういった強すぎる緊張が相手に伝わってしまっている可能性はありませんでしたか?

「絶対に失礼にならないように」とか「絶対に好かれたい」という強い気持ちは、ときとして強すぎる緊張として相手に伝わってしまいます。

「マーフィーの法則」をご存知でしょうか?

1949年、エドワード・マーフィーというアメリカの技術者がいい出した話に、尾ひれがついて法則までいってしまったのですが、これが、もしかしたらあなたが抱いている緊張と関係があるかもしれないので少し説明します。

たとえば、「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」。

カーペットの値段が高ければ高いほど、バターを塗った面を下にして落ちるのです。

確率的におかしいですって?

いえ、マーフィーの法則のいいたいことは一張羅のカーペットにバターがくっついて「あちゃー」となる確率は、カーペットの値段が高ければ高いほど大きいということ。

ようするに起こってほしくないと思っていればいるほど、悪いことは起こってしまうという法則なんです。

これは皮肉でもなんでもなくて、そうなってほしくないと思うこだわりが強いほど、そうなってしまうときの失望感も強いのです。

カーペットが安物なら「あちゃー」とはなりません。

「あ~あ」くらいですみそうです。

絶対嫌われたくないというこだわりが、逆に相手の重しになってしまう可能性があります。

でも、本来そんなに緊張しなくていいものなんです。

物事というのは数学的な確率でしか起こりません。

人間関係だってなるようにしかなりません。

もう少し気を抜いてもいいんです。

バターを塗ったからって、確率的に表を向いて落ちるか裏向いて落ちるかに、それほど差があるはずはないのです。

すべてはこだわりのなせる技なんです。

不運も幸運も同じ確率

ある日診療所に、不幸つづきでこの先、生きていくのも嫌になったという中年の女性が相談に来られました。

診断的にはうつ病一歩手前というところ。

よく話を聞いてみると、2年前に母が癌で、続いて父が脳梗塞で亡くなったのだそうです。

その後も不幸が続いて娘が流産、今年に入って夫まで癌で亡くされて・・・。

次々と襲い掛かる不幸に、すっかりめげてしまったとのこと。

そこで次のような考え方をします。

「コインを20回投げて裏が連続して4回出る確率はどれくらいだと思いますか?連続してればいいわけで1回目から4回目までが裏でもいいし、20回のうち途中のいつでも4回裏が出れば、それも全部入れてなんですけど、どれくらいだとおもいますか?」

これを聞いた彼女は、「私は不運続きでまいってますのよ。そんな算数なんてやる気ないですよ。」と若干怒りモードに。

「コインの裏が不運、表が幸運としてみて、不運がつづく確率ってどれくらいあるか考えてみたいんですけど」

彼女は「そうねえ、20回中で裏が四回かあ。自分のこと考えてみて、これほど葺こうなことがある人なんてそうないですね。1%くらいでしょうか。」

「実は50%なんです」

彼女はあっけにとられたようになっていましたが、しばらくしてニッコリして、「じゃ、表つまり幸運が続くのも50%ってこと?」

と聞いてきました。

そのとおり、不運も幸運も同じ確率で起こります。

さらに人生のさまざまなイベントって20回どころじゃありません。

自分は不幸を背負って生まれてきたとか、不運つづきでもう駄目と思っている人にこの処方はよく効きます。

「マーフィーの法則」は心理学の法則にすぎません。

誰がなんといったって確率は数学的真理です。

人間関係においては、うまくいかなかったらどうしようと、思うあまり結果、失敗してしまうのならば、駄目なものは駄目、うまくいくものはうまくいくと腹をくくってしまいましょう。

ビートルズの「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」という曲でも、「無理なものは無理」といっています。

できないことは誰がどうやったってできないんです。

そんなことに努力を重ねるのは無駄骨というもの。

それより、ジョン・レノンもいっているように、「物事ってどう動いていくのか」を学んでしまえばいいのです。

学ぶというのは、少し距離をもって客観的に徹底的に物事をみること、そして観察すること。

どうすれば客観的になれるのか―それには日記が役に立ちます。

日記なんてと思ったあなた。

実は日記は自分を客観的にみつめる癖をつけるのに効果的なんですよ。

つづけていると、そのうち余裕が出てきます。

ここまでくればしめたもの。

こころに余裕が出てくるのも時間の問題です。

逃げ場の見つけ方

楽しいことならなんでもいい

おすすめなのは自分だけの逃げ場所をもつという方法です。

場所といっても、特定の場所だけに限りません。

趣味や稽古事など、自分が楽しいと思える事柄すべてを含みます。

逃げ場所は一カ所だけではなくて多いほどいいです。

なぜなら基本的に人間って飽き性ですから。

元気になったら帰ってくること

ある人は年齢80歳にして、昔やっていたマラソンを始めることで楽になりました。

ある人は絵を描くことが逃げ場となっています。

書いている間は一人だし、楽しい気分でいられるのがいいんです。

このように、人それぞれの逃げ場がありますが、なにか参考になることがあれば幸いです。

そのうえで、結局は自分の逃げ場所は自分で探すしかないことを覚えておいてください。

逃げ場なんていうと現実逃避という否定的なニュアンスが強くて、悪いことみたいに思っている人も多いようです。

逃げないでちゃんと向き合うとか、逃げないで踏ん張ることが大事と書いてある本も多いのですが、あえて「逃げてもいい」といいたいのです。

なぜなら踏ん張ったり、向き合う力があったら頑張ればいいけど、できないときに頑張るのは自滅行為です。

カッコいいかもしれないけど反対です。

力が出るまで一時的に雲隠れもアリだと思います。

その代わり、元気になったら帰ってくることです。

いつまでも逃げ場に安住していては、いけません。

というか、きっと退屈になります。

逃げ場をあまり住み心地よくしてしまうことは、帰りにくくなるので止めておいたほうがいいです。

最近はゲームに逃げる人が多く、バーチャルのゲームの世界では生き生きしているけど、現実に戻ってくると死んだようになってる人をよくみかけます。

本人がそれでいいといっているのだから、ハタから口出しすることじゃないかもしれないのですが、現実とバーチャルの世界のバランスが崩れると、現実世界での適応が難しくなります。

問題は人間が生身だということ、つまり食べないと生きていけないし、生きていけないとそもそもバーチャル世界だって存続しません。

「守」「破」「離」で人から嫌われるのも怖くない

人によってやり方が違う

さまざまな極意も人によって重要度も使い方も違います。

ですから、たいした効果なかったり逆に副作用のほうが強くて、「一人ぼっちになっちゃったじゃない!どうしてくれんのよ!」なんていわれてしまうかもしれません。

でも、たとえば人付き合い一つとっても、理論どおりにいかないのがとおり相場なんです。

だからこそあなた流の人付き合いの術を極めていくことが大切です。

芸事と同じで人付き合いも「守」「破」「離」の順。

つまり、最初の一歩は習うこと。

この段階では師匠のいうとおりを「守る」。

ピアノにしてもバレエにしても、まずは先生のマネをしてやり方をまねるのです。

基本は教科書通りで、人付き合いにしてもそうです。

書籍を通してや講演を聴いたり、自分の理想とする人付き合いの術をもってる人のやり方をまねればいいんです。

でも、ずっとこれだと進歩がありません。

たしかに自己流でやるよりはマシかもしれないけど、ある程度すると進歩が止まってしまいます。

なかには習うことそのものが好きな人もいますが、できれば次の段階に進んでほしいものです。

次は「破」の段階。

たとえば絵を習うことを考えてみるとわかりやすいです。

最初は先生にみてもらって、筆の運び方や絵の具の選び方、画用紙の真ん中に元気よく大きく描くことなどを教えてもらいます。

でも、いつまでも先生の教えに従っていたら自分らしい絵は描けません。

いつか先生の教えを破るときがきます。

なんでもかんでも破るのではなくて、必然性があって破ります。

フランスの19世紀の画家でモローという人がいますが、晩年は美術学校の教授になってルオーをはじめ多くの有名な画家を育てました。

おもしろいのはマティスとの絡みです。

マティスもこの美術学校の学生だったのですが、まったく自分と違う作風の絵ばかり描くマティスのことを最初は苦々しく思っていました。

しかし、ついに「ぼくには理解できない新しい絵なんだろうね。がんばりなさい」と励ますあたりはさすがです。

マティスはモローの殻を破ったばかりか、最後の段階に挑みます。

つまり「離」。

先生の影響から解き放たれて自分流を確立する段階です。

いまのは極端な例ですが、どんな分野でもあり得ることなんです。

いつまでも教えを守ってちゃ駄目ですよ。

まずはやり方をまねて、あなただったらどうするか考えてみて下さい。

「嫌われる」という言葉さえ忘れてしまう!

自分流の人付き合い術を確立するにはノートづくりがおすすめです。

自分の人付き合いを振り返り、ノートをつくる方法です。

自分が人付き合いで困った場面を思い出して、まず「そのとき自分はどのように対応したか」を書きます。

次に「どこがまずかったか」を考えます。

そして改善案として「どのように対応したらよかったか」を書きます。

たとえば、

(状況)
「昨日、押しの強い友人から食事会の誘いを受けた。

でも最近太り気味だし食事会のメンバーもあまり好きでない。

そのうえ、その日はフィットネスクラブで運動する日と決めていて断りたかったのだが、うまい言い訳ができず結局『行く』といってしまった」

(問題点)
1.とっさにうまい言い訳が思いつかなかった。

2.強引な人に抵抗できない弱い自分。

さて、次に対策です。

(対策1)今度同じ状況になったらこういおう
「食事会?困ったわね。その日先約があってね、断食会なんだけど、一日断食すると体調よくなるのよね。あなたもこっちの断食会に来ない?」

他には、

(対策2)
食事会の誘いとはまったく別の話をして、ノラリクラリとかわす

「で、食事会どうなのよ?」

「あのね、いい化粧品が出たの知ってる?」

「知ってる知ってる、この前テレビでやってたやつでしょ。あ、いや、だから食事会なんだけど」

「そうなのよね、知事があれでは消費者を馬鹿にしてると思わない?」

「思う思う、いえ、あの食事会・・・」

えんえんと違う話にもっていって、最後に「で、なんだっけ?」とやる。

相手は、

「いえ、なんでもない。帰るわ」

でもこれは、かなり弁の立つ人でないと難しいと思いますがぜひお試しください。

(対策3)
ケチをつける

「食事会?どんな内容なの?」
「盛りだくさんのシーフードよ」

「ひょっとして海老とかカニが入ってるの?」

「そうね、シーフードだもん」

「だったら駄目だわ。

私は甲殻類の強烈なアレルギーで、この前もレストランでスープを飲んだら海老が入ってて、アレルギーで喉が腫れ上がって救急車を呼んでね、あやうく死ぬとこだったわ」

「じゃあ、あなただけ別メニューにしてもいいし」

「そんなことできるの。嬉しい。でも、別メニューってどんな?」

「ステーキとかパスタとか」

「ステーキか、おいしそう。でも一人だけステーキなんて恥ずかしいなあ。

私だけガッついてる感じが嫌。

それにパスタだけって貧乏くさいじゃない。」

このように、えんえんケチをつけまくる。

コツは相手の提案をまずは「嬉しい」と答えておいて、次に「でもねえ」に移ること。

これを「はい、でも」技法といいます。

そのうち相手は怒り出して、「もう、いい、帰る」
というに決まってます。

少し筆が滑りすぎましたが、ようするにノートは人付き合いにおいて、自分の苦手な状況を発見し、その場でも慌てて対処できなかったところを後で、ゆっくり反芻してみるという方法なのです。

とっさに頭が回らなくて悔しい思いをした人にはちょうどいいやり方です。

なぜなら、とっさでなければ、いろんなアイデアが出てくるものだし、それより憂さ晴らしにもなるし、同じようなシチュエーションにあったときに、役に立ちます。

大切なのは自分に合った対策集をつくること。

最初はうまくいかなくても、やっているうちにだんだんうまくなります。

そしてどきどき読み返すようにすること。

さまざまな対策が集まると、それこそあなたの人付き合い極意ノートが完成します。

たとえうまくいかなかったとしてもトレーニングと考えて失敗の理由や復習することで次に同じ場に出くわした時は、余裕で乗り越えられますよ。

そして気付いたときには、「嫌われる」という言葉自体もあなたのなかから消えていることでしょう。

あなたはもっと自由に生きていい

「人に嫌われるのが怖い」という気持ちをもつことなく、無理せず楽に生きるということは、実際にはなかなか難しいことかもしれません。

しかし、人間のこころのしくみや人間関係の機微も、心理学、精神医学、文化人類学などさまざまな分野の先賢のおかげで以前より解きやすくなってきました。

でももしうまくいかなかったときは、ぜひ他の人のやり方をとりいれてみてください。

彼らは必ずしもあなたの周りにいる人とは限りません。

小説や映画等に出てくる登場人物たちは、さまざまなことにとらわれず自分らしい生き方をしている魅力的な人たちがたくさんいます。

そしてそのなかにたくさんのヒントが詰まっています。

その場所にとどまるのではなく、自分自身のオリジナルの方法を編み出していくのです。

それができたとき、そこにはさらに自由で豊かな未来が待っています。