愛着障害のなかでも、脱抑制性愛着障害や、程度は軽いが、不安型愛着スタイルの人は、一人で自分を支えることができず、これはと思う人には誰かれなく接近し、甘えようとする。

若き日のルソーには、明らかにそうした傾向があった。

自分を愛してくれそうだ、助けてくれそうだという人のにおいをかぎ取る特別な才能があって、それを感じ取ると、自分の寂しい身の上を打ち明け、相手の気持ちをすっかり引寄せてしまうのだ。

放浪の旅に出たルソーが落ち着いた先は、ヴァラン夫人という貴婦人のもとであった。

ルソーよりも一回りも年上のこの貴族の夫人は、不幸な結婚生活から逃れて一人で暮らしていた。

ヴァラン夫人は、ルソーの身の上話を聞くと、この若者にすっかり同情する。

というのも、彼女も、幼いころに母親を喪うという体験をしていたのだ。

紆余曲折はあったものの、ルソーは彼女の愛人に収まる。

ルソーにとってヴァラン夫人は、母親代わりでもあり、実際、夫人のことを「ママン(お母さん)」と呼んだ。

ヴァラン夫人が、ルソーにとっての安全基地となり、彼が抱えていた愛着の傷を癒やすとともに、ルソーはそこで教養を身に付け、社会的な体験を積んで、一人前の男に育っていくのである。

だが、七年後、二人の関係は終わりを迎える。

ルソーが療養に出かけている間に、ヴァラン夫人に新しい愛人ができていたのである。

母なきルソーは、母同然に思っていた女性を、もう一度うしなうのである。

しかし、それでも、その七年間は、ルソーにとってかけがえのない時間となった。

幸運にも、安定した愛情の持ち主に出会い、その人から、変わらぬ関心と支えを受け続けることができた人では、次第に愛着の傷が修復される。

愛着障害を癒やすうえでの最大のポイントは、安定した愛着により、変わらない愛情を注ぎ続けられるということなのである。

ただしルソーの場合は、幸運な要素と不幸な要素が入り混じっていた。

彼は庇護者となってくれる存在に巡り合い、彼らの助力を得ることができるのだが、不幸なことにそうした関係は、ことごとく破れていった。

その原因は、愛情に対するルソーの期待値が高すぎたためである。

ヴァラン夫人のような愛人だけでなく、親友たちからも次第にうっとうしがられ、そのことで、ルソーは傷つき、次第に猜疑心と対人不信にとらわれるようになったのだ。

強すぎる愛着不安が、人を信じることを邪魔してしまったのである。

晩年に近づくほど、ルソーは親友からも孤立した。

彼を支持していた人々とも、次第にぎくしゃくし始め、政治的な迫害とも相まって、すっかり孤独に陥っていくのである。

しかし、たった一人例外があった。

それは、妻のテレーズである。

テレーズはルソーの下宿で給仕をしていた女性で、字を読むことができず無学であったが、ルソーに対して常に忠実であった。

テレーズがいつもそばにいてくれたことによって、ルソーはどんな逆境のときも絶望せず、最後まで創造的な人生を全うできたと言えるだろう。

テレーズはルソーにとって、最後の安全基地だったのである。

愛着不安が強すぎるゆえに、親しい人が自分のもとを離れていくというのは、愛着障害の人がたどりやすい悪いパターンでもある。

そうならないためにも、強すぎる愛着不安をコントロールする術を学んでいかねばならない。

逆に、支える側の人も、そのことを理解して、愛着不安を和らげるような接し方を心がける必要がある。