母親が死ぬ数ヵ月前、愛着障害だったヘミングウェイはある雑誌の記者に、母親のことを「老いぼれの雌犬」と罵って憚らなかった。

しかし母親が亡くなってしまうと、自分の伝記作者に対して、「私たちの一家のなにもかもが上手く行かなくなる前の母が若かったころ、母はどんなに美しかったか、すべてがだめになってしまう前、私達こどもはみんなどんなに幸せだったかをずっと考えている」(デービット・サンディソン『並外れた生涯―アーネスト・ヘミングウェイ)と語った。

そこには、母親に対して否定的な言葉を浴びせかけ、関わりを絶ってきた自分への悔恨と罪悪感も混じっていたに違いない。

それは、後に愛着障害のヘミングウェイを苦しめることになるうつ病の一因ともなっただろう。

拒絶、攻撃、憎悪とともに理想化、罪悪感といったものが混じったアンビバレントな思いは、母親と不安定な愛着しかもつことができなかった子どもたちが、母親を失ったとき、共通して抱くものでもある。

「何度も結婚に失敗したのは」

愛着障害だったヘミングウェイが抱えていた不安定型愛着は、彼の人生を波乱万丈のものにし、悲劇的な終末を迎えることに、見えない力を働かせたと言えるだろう。

その影響の一つは、愛情関係が長続きせず結婚と離婚を繰り返したことである。

最初に妻となった女性は、ハドリー・リチャードソンといい、愛着障害だったヘミングウェイよりも八歳年上であった。

彼にとっては、妻であると同時に、母親的存在であったと考えられる。

ハドリーは父親を自殺で喪い、母親も偏執的な人物で、ハドリー自身、心に傷を抱えた情緒不安定な女性であった。

愛着障害のヘミングウェイにとっては、そのことが、彼女の魅力を増すことになったようだ。

同じような心の傷を抱える者どうしで共鳴し合うところがあったのかもしれない。

無名な修業時代を、ハドリーの支えと、彼女がもっていた信託財産からの収入にも助けられて、どうにか暮らしを立てることができた。

息子も一人もうけたのだが、愛着障害だったヘミングウェイの遊びぐせのため二人の間は次第にしっくりいかなくなり、出世作の「日はまた昇る」の成功の直後に別れてしまうのである。

その直接のきっかけは、ポーリン・ファイファーという、ファッション雑誌「ボーグ」の編集をしていた女性との浮気である。

ポーリンは、愛着障害だったヘミングウェイの二人目の妻となる。

彼女との間にも次々子どもが生まれたが、愛着障害だったヘミングウェイの浮気ぐせは止まらず、しかも、浮気相手にも浮気をされるという泥仕合のなかで、結局、三人目の妻となる駆け出しの作家、マーサ・ゲルホーンに出会う。

マーサと、スペインの内乱の取材をともにしたことで、二人は急速に接近した。

しかし、マーサは、ある意味、愛着障害のヘミングウェイがもっとも嫌っていた自分の母親のように、上昇志向の強い野心的な女性だった。

彼に接近したのも、成功の踏台にしようとする意図がありありと見受けられた。

実際マーサは、ジャーナリストとして愛着障害だったヘミングウェイの名声を凌ぐほどの活躍をみせ、家庭などそっちのけで海外を飛び回るという生活になる。

不覚にも、母親そっくりの女と結婚してしまったことに、彼は気付くのである。

マーサとの結婚は、四回の結婚のうち、もっとも短命に終わった。

愛着障害だったヘミングウェイの最後の妻となったのは、メアリー・ウェルシュという母性的な女性であった。

ヘミングウェイのどんな横暴な命令にも忠実に従ってくれる、忍耐強い女性を最後の妻に選んだのである。

メアリーは、夫が十八歳の娘の尻を追い回したときにも動じることなく、夫からワイングラスを投げつけられても「どんなことがあっても、私はここを出て行かない」と宣言した。

夫のあらゆる欠点を受け入れ、添い遂げたのである。

メアリーとの生活は、四度の結婚のなかでは、もっとも安定したものだった。

しかし、その後出版された回想記『移動祝祭日』では、最初の妻ハドリーとの無名時代の日々が、ノスタルジックな情感をこめて描かれ、ヘミングウェイの心のなかにハドリーがすみ続けていることを示した。

実際彼は、ハドリーに対してだけは、別れた後も特別な思いを持ち続けていた。

別れてしまったことを後悔することもあった。

もし別れていなければ、自分のもとにあったであろう別の人生について、思わずにはいられなかったのである。

「ヘミングウェイと闘牛」

愛着障害だったヘミングウェイは、闘牛に非常に惹きつけられ、毎年のようにスペインを訪れていたことが知られている。

こうした闘牛への熱狂は、友人たちにはまったく理解されず、動物の虐待をどうしてそんなふうに楽しめるのかと、眉をひそめる人もいた。

愛着障害だったヘミングウェイはアフリカに猛獣狩りにも出かけ、仕留めたライオンの傍らで、得意そうに写っている写真も残されている。

ヘミングウェイ自身、友人の非難に対して、こう答えている。「私は牛を牛以外のものと思ったことはありませんよ。

私は動物に愛着をもったことなどありません」(並外れた生涯―アーネスト・ヘミングウェイ)

他に闘牛に魅せられた人として、すぐに思い浮かぶのは、フランスの作家で思想家であるジョルジュ・バタイユである。

彼も極めて深刻な愛着障害を抱えていた。

ヘミングウェイと同じように、憎んでいた父親の死について、深い罪悪感を抱いていた。

愛着障害の人には、ときとして、残酷趣味や動物虐待の傾向がみられることがある。

その根底には、歪められた攻撃性の問題と、共感性の欠陥が関わっている。

「動物に愛着をもったことはない」という愛着障害のヘミングウェイの言葉は、動物をモノとしてみなす感受性の問題を示しており、それは、愛着障害に由来しているように思える。

感受性の極度の低下は、危険に対する無頓着という形でもみられる。

ヘミングウェイは取材で、また義勇軍として戦地に乗り込み、極めて無謀なことを行った。

砲弾が雨のように降って来る中で、平然と食事をしたこともある。

一緒にいた兵士たちは、地下壕などに逃げ込んだというのにである。

彼等の目に愛着障害だったヘミングウェイの行為は、勇敢というよりも「異常」に映った。

こうした危険に対する極度の鈍感さは、重度の回避性愛着の人にみられやすいものである。

「ヘミングウェイと依存症、うつ」

愛着障害だったヘミングウェイの人生に付きまとい続けたのは、アルコールや恋愛への依存症であり、また、うつや猜疑心であった。

後者は最終的にヘミングウェイを自殺にまで追い詰めることになる。

飲酒癖は、すでに若い頃から始まっていた。

『武器よさらば』にも、毎晩のように飲んで過ごす主人公の生活が描かれているが、愛着障害だったヘミングウェイ自身、負傷して入院した病院で、いつもブランデーを飲んでいたことを、彼の世話をし、結婚の約束までした看護師が回想している。

最初の妻ハドリーとパリに渡り、特派員の仕事をして、修業時代を送っていた間も、酒浸りの生活だった。

フィッツジェラルドやエズラ・パウンドとの交際にも、酒は欠かせなかった。

それでも、三十代までは頑健な体と健康に恵まれ、前夜にどれほど痛飲しようと、翌日には精力的に動き回り、仕事に励むことができた。

しかし、愛着障害だったヘミングウェイが四十歳のとき、三人目の妻マーサと再婚し、キューバの別荘にこもるようになってからは、次第に酒浸りの度がひどくなっていった。

しかも、妻のマーサがジャーナリストとして活躍する一方で、『誰がために鐘は鳴る』以降ヒット作にも恵まれない愛着障害のヘミングウェイは、次第に鬱々とした日々を過ごすようになった。

交通事故に遭って重傷を負ったときも、ベッドでウィスキーをがぶがぶやっているというありさまに、駆け付けたマーサからついに愛想を尽かされてしまった。

このころの愛着障害のヘミングウェイは、忍び寄るうつをアルコールや危険な冒険で紛らわしていたのだろう。

愛着障害のヘミングウェイは『老人と海』の成功とノーベル文学賞の受賞というお祭り騒ぎが終わった後、再び酒量が増えるとともに、次第にうつにとらわれるようになる。

愛着障害のヘミングウェイは被害妄想を伴う重度のうつ病のため、ひそかに精神病院に入院して治療を受けた。

しかし、二度目の退院の二日後の早朝、ヘミングウェイは、最後の妻メアリーの目を盗むと、散弾銃で顎を吹き飛ばし、自殺を遂げたのである。

「良い父親ではなかったヘミングウェイ」

愛着障害だったヘミングウェイは24歳のときに、最初の妻ハドリーとの間に息子ジョンをもうけた。

しかし愛着障害だったヘミングウェイは、子どもをもつことに強い戸惑いや不安、気おくれを感じ、時には苦々しい思いを、周囲に漏らしていたことが知られている。

子どもを可愛がったり、釣りに連れて行ったりすることはあったが、いつも一緒に過ごして世話をするという考えは、彼には毛頭なかった。

せいぜい休暇を一緒に楽しく過ごすくらいだったのである。

絶えず旅行や遊びのために家を空けていた愛着障害のヘミングウェイが、自由な暮らしを維持しようとするのに、もっとも両立しないのは子育てであった。

ハドリーと離婚後、ジョンはハドリーの手に委ねられ、一年に一、二度、休暇をともにするだけだったが、ハドリーが再婚したため、愛着障害のヘミングウェイのもとに戻されるという最悪の養育環境におかれた。

二人目の妻ポーリンとの間にできた二男のパトリック、三男のグレゴリーの世話は、乳母や妹に任せっぱなしで、夫妻は二人だけで方々を旅した。

ポーリンも、あまり子どもには関心がなかったのである。

その結婚生活も愛着障害だったヘミングウェイの浮気で破綻してしまうと、父母の間でひどい諍いが繰り返されるのを、息子たちは目撃させられることになる。

結局、息子たちの養育権は母親が得て、愛着障害だったヘミングウェイは、休暇だけ一緒に過ごす関係に落ち着いた。

間もなく若い三人目の妻マーサと再婚する愛着障害のヘミングウェイにとっても、それが無難な選択であった。

表向きは、包容力のある良いパパを演出しようとした愛着障害だったヘミングウェイだが、その実態は、ひどくお粗末で、最悪の父親ぶりだった。