「川端康成の初恋」

愛着障害だった川端康成の初恋としては、『伊豆の踊子』の原体験となった、湯ヶ島での旅芸人の踊り子に抱いた淡い恋心ではなく、その前にもっと情熱的な関係があったことが知られている。

それは同性愛の関係であり、相手は同じ寄宿舎の下級生であった。

『少年』という作品には、青年らしい一途な交情の様子が、生々しく、しかし穢れのない筆致で描かれている。

「私の頬が彼の頬に重みをかけたり、私の渇いた唇が彼の額やまぶたに落ちている。

私の体が大変冷たいのが気の毒なようである。

清野は時々無心に目を開いては私の頭を抱きしめる。」(『少年』)

その情熱は、肉親への愛着というものを忘れかけていた愛着障害の川端が、初めて体験した「愛着」だと言えるかもしれない。

五十歳の愛着障害だった川端は、この作品のもととなった体験を回顧して、「私はこの愛に温かめられ、清女られ、救われた」(『独影自命』)と述べている。

愛着障害だった川端は状況して一高に入学した後も、この少年に対して、特別な思いを抱き続けていたようだ。

ラブレターとも言える手紙の一節が『少年』には引用されている。

「お前の指を、手を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した。

僕はお前を恋していた」(『少年』)

しかし、この情熱的な一文には、先に述べたような愛着障害に特有の徴候がみられると言えるかもしれない。

部分対象関係の愛は、しばしばフェティシズム的な様相を帯びる。

愛着障害だった川端の作品に認められる特有の美意識には、通常の情愛を捨象したような透明感や無機質さがあるが、そこには、愛着不全を補償しようとして過剰に発達した、部分への執着が感じられるのである。

それを極限まで追求すると、『眠れる美女』のような、人形化された肉体という幻想という幻想に行きつくことになる。

それも、通常の愛着が困難なゆえに、育まれた幻想に思える。