愛着が極めて深刻なダメージを受けると、愛着をまったく求めようとしなくなったり、見境なく誰にでも愛着したりするようになる。

愛着とは、先に述べたように特定の人に対する特別な結びつきである。

だれにも愛着を求めようとしない場合も、誰にでも愛着を求めようとする場合も、愛着の形成に躓いているのである。

虐待やネグレクト、養育者の頻繁な交替により、特定の人への愛着が損なわれた状態を反応性愛着障害と呼び、不安定愛着を示す状態のなかでも、もっとも重篤なものと考えられる。

反応性愛着障害は大きく二つに分かれ、誰にも愛着しない警戒心の強いタイプを抑制性愛着障害と呼び、誰に対しても見境なく愛着行動がみられるタイプを脱抑制性愛着障害と呼ぶ。

抑制性愛着障害は、ごく幼いころに養育放棄や虐待を受けたケースに認められやすい。

愛着回避の重度なものでは、自閉症スペクトラムと見分けがつきにくい場合もある。

脱抑制性愛着障害は、不安定な養育者からの気まぐれな虐待や、養育者の交替により、愛着不安が強まったケースにみられやすい。

多動や衝動性が目立ち、注意欠陥/多動性障害(ADHD)としんだんされることもしばしばである。

最初に愛着障害が見出されたのは、第二次世界大戦後のヨーロッパで行われた戦災孤児の調査からであった。

戦争で親を喪い、施設に入れられた子どもたちが、成長不良や発達の問題を引き起こしたのである。

それを報告したボウルビィは、当初「母性剥奪」と呼んだが、その後、愛着という観点で現象を捉え直し、愛着の崩壊や不安定な愛着の問題として理解した。

ただ、「愛着障害」という用語が用いられるようになったのは、虐待やネグレクトの急増により、愛着の問題が再度クローズアップされるようになって以降のことである。

ところが、一般の児童にも対象を広げて研究が進むにつれて、意外な事実が明らかとなった。

実の親のもとで育てられている子どもでも、当初考えられていたよりも高い比率で、愛着の問題が認められることがわかったのだ。

安定型の愛着を示すのは、およそ三分の二で、残りの三分の一もの子どもが不安定型の愛着を示すのである。

愛着障害と呼ぶほど重度ではないが、愛着に問題を抱えた子どもが、かなりの割合存在することになる。

さらに成人でも三分の一くらいの人が不安定型の愛着スタイルをもち、対人関係において困難を感じやすかったり、不安やうつなどの精神的な問題を抱えやすくなる。

こうしたケースは、狭い意味での愛着障害に該当するわけではないが、愛着の問題であることにまちがいはなく、それがさまざまな困難を引き起こしているのである。

こうした不安定型愛着に伴って支障を来している状態を、狭い意味での愛着障害、つまり虐待や親の養育放棄による「反応性愛着障害」と区別して、本サイトでは単に「愛着障害」と記すことにしたい。

このような広い意味での「愛着障害」は、「愛着スペクトラム障害」と同義である。

それにしても、三分の一もの人が不安定型愛着を示すということは、どういう意味をもつのだろうか。

虐待やネグレクトが三分の一もの家庭で起きていると解されるべきなのだろうか?

ここでは、愛着の問題が非常に多くの人に関係する問題だということを理解していただければと思う。

ご自分が、不安定型愛着を抱えているかもしれないし、恋人や配偶者や子どもや同僚がそうであるかもしれない。

カップルのどちらかが不安定型愛着を抱える確率は、何と50%を超えるのだ!

さらに、三人の人がいて、そのうち一人でも不安定型愛着を抱えている可能性は、七割にも達する!

不安定型愛着がどういうものかを知らずに世渡りすることは、片目を眼帯で覆って車を運転するようなものだと言えるだろう。

その後、積み重ねられてきた愛着の研究は、今では特別な子どもの問題を超えて、一般の子ども、さらには大人にもひろく当てはまる問題であることを明らかにしてきている。

愛着障害は、現代人が抱えているさまざまな問題に関わっているばかりか、一見問題なく暮らしている人においても、その対人関係や生き方の特性を、もっとも根底の部分で支配しているのである。