「子育てに困難を抱えやすい」

愛着障害の人にとって、子育ては大きな課題となりやすい。

その場合、大きく二つのパターンがあるようだ。

根っから子どもが嫌いだったり関心がないというケースと、子どもは好きだが上手に愛せない、どう接したらいいかわからないというケースである。

スティーブ・ジョブズは、アップル創業期のころ、組み立ての仕事をしていたクリス・アンという女性と親密な関係になった。

しかし、アンが妊娠したとわかると、激しい勢いで中絶を迫り、彼女がそれを拒むと、関わりを一切断ってしまった。

彼女の生んだ娘が親子鑑定の結果、自分の子だとわかっても、それを受け入れようとせず、自分の娘に会うことも、父親らしいことをすることも頑なに拒み続け、受け入れるまでに、長い時間を要したのである。

夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治といった日本文学を代表する人々は、みな子どもに対して関心が乏しいか、上手に愛せない人達であった。

愛着障害だった漱石は、子どもが泣くとイライラして、怒鳴りつけたり手を上げることもあった。

そんな父親に子どもは懐かなかった。

娘が赤痢で入院したとき、愛着障害だった漱石が病室を訪れても、娘は何一つしゃべろうとしなかった。

谷崎は、子どもが嫌いだった。

愛する女性にとって、子どもは自分一人でたくさんだったのだ。

子どもを育てることに対する関心は、本来の子育てからは逸脱して、血のつながらない娘を自分の理想の女性に教育するという願望に変質し、『痴人の愛』という作品を生み出した。

愛着障害だった川端は、子どもをもつことにためらいと憶する気持ちを抱いていた。

決して子どもが嫌いではないし、子ども心というものに憧れさえ感じるが、自分はそれを味わったことがなく、それゆえ子どもをもつことが恐ろしいと言う。

子どもから無心の愛を寄せられると、どう応えていいのか狼狽し、子どもを幸せにすることなどできないと思ってしまうと言うのだ。

肉親の情やつながりというものがわからず、そうした存在がいると思うだけで耐えられないとまで言う。

それが家庭というものを信じられない気持ちにもつながっていると、小説の形を借りて告白している。

どう子どもに接したらいいのかがわからないのは無論のこと、自分と血のつながった存在が、この世に存在することに嫌悪感のようなものさえ感じていた。

実際、愛着障害だった川端は実子をまたず、四十代半ばのときに、従兄の娘を養女にもらっている。

川端のように、自分の子どもをもつのが恐いと感じることは、愛着障害の人に、しばしばみられる。「血の分身」をもつことに強い抵抗を感じるという人もいる。

愛着障害だった太宰は一時期、家庭的な暮らしをしたことがあった。

それは、戦争中の疎開先でのことで、薬物からも離れて、妻子と落ち着いた生活を営んだのである。

だが、戦争が終わり、東京で作家としての活動を再開すると、彼らとの絆も忘れ去られていくのである。

愛着障害の人は、子どもとの関係が安定した絆として維持されにくく、わが子でありながら疎遠になってしまったり、憎しみ合う関係になることもある。

逆に、自分の世話係や相談相手にすることで子どもに依存し、孤独や満たされない思いを紛らわそうとするケースもある。

そうした場合、子どもは親に縛られ、自立が妨げられてしまう。