「誇大自己と大きな願望」

偉大な人物には、愛着障害を抱えているケースが少なくない。

生まれてすぐに母親を失った釈迦、生まれる前に父を失い、幼くして母を失ったムハマンドといった宗教的カリスマをはじめ、政治家や文豪、芸術家や思想家、社会活動家や革命家など枚挙にいとまがない。

なぜ彼らは、多くの困難を抱えながら、常人にはなしえない偉大な功績を残すことができたのか。

なぜ高邁な理想を実現したり、誰にもまねのできない作品を生み出すことができたのか。

そのことと、深く関係していると思われるのが誇大自己である。

誇大自己は、幼い時期にみられる自己愛の一形態である。

自らを神のように偉大な存在と感じ、万能感や自己顕示性、また思い通りにならないときに表れる激しい怒り(自己愛的怒りと呼ばれる)を特徴とする。

自己愛の心理学を確立したコフートによると、誇大自己の願望がほどよく満たされ、またほどよく挫折を味わうことで、よりバランスのとれた段階へと成熟していく。

しかし、何かの理由で、急激に挫折を味わうと、誇大自己の段階にとどまり続けてしまうのである。

それは、まさに愛着障害で起きることに他ならない。

普通の人は、成長するとともに、自分の限界を知ることで、現実との間に妥協が成立し、身の丈サイズの自己愛へと収まっていく。

ところが、誇大自己が残ったままの愛着障害の人は、誇大自己の願望を、現実とは無関係に膨らまし続けることで、傷ついた自己愛を保とうとするのである。

ただ、それが大きな理想を実現し、逆境をはねのける原動力となっている側面もある。

しかし、それは両刃の剣でもある。

大きな願望を抱き、自分を特別な存在とみなすことは、何人もなしえない偉大な業績を成し遂げることにもつながるが、反面、厳しい現実を余計につらく感じ、社会への適応を困難にする場合もある。