人間が幸福に生きていく上で、もっとも大切なもの―それは安定した愛着である。

愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格のもっとも土台の部分を形造っている。

人はそれぞれ特有の愛着スタイルをもっていて、どういう愛着スタイルをもつかにより、対人関係や愛情生活だけでなく、仕事の仕方や人生に対する姿勢まで大きく左右されるのである。

安定した愛着スタイルをもつことができた人は、対人関係においても、仕事においても、高い適応力を示す。

人とうまくやっていくだけでなく、深い信頼関係を築き、それを長年にわたって維持していくことで、大きな人生の果実を手に入れやすい。

どんな相手に対してもきちんと自分を主張し、同時に不要な衝突や孤立を避けることができる。

困った時は助けを求め、自分の身を上手に守ることで、ストレスからうつになることも少ない。

人に受け入れられ、人を受け容れることで、成功のチャンスをつかみ、それを発展させていきやすい。

従来、愛着の問題は、子どもの問題、それも特殊で悲惨な家庭環境で育った子どもの問題として扱われることが多かった。

しかし、近年は、一般の子どもにも当てはまるだけでなく、大人にも広くみられる問題だと考えられるようになっている。

しかも今日、社会問題となっているさまざまな困難や障害にかかわっていることが明らかとなってきたのである。

たとえば、うつや不安障害、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症、境界性パーソナリティ障害や摂食障害といった現代社会を特徴づける精神的なトラブルの多くにおいて、その要因やリスク・ファクターになっているばかりか、離婚や家庭の崩壊、虐待やネグレクト、結婚や子どもをもつことの回避、社会に出ることへの拒否、非行や犯罪といったさまざまな問題の背景の重要なファクターとしても、クローズアップされているのである。

さらに、昨今、「発達障害」ということが盛んに言われ、それが子どもだけでなく、大人にも少なくないことが知られるようになっているが、この発達の問題の背景には、実は、かなりの割合で愛着の問題が関係しているのである。

実際、愛着障害が、発達障害として診断されているケースも多い。

医師は、パーソナリティ障害や発達障害を抱えた若者の治療に、長年にわたって関わってきた。

その根底にある問題として常々感じてきたことは、どういう愛情環境、養育環境で育ったのかということが、パーソナリティ障害は言うまでもなく、発達障害として扱われているケースの多くにも、少なからず影響しているということである。

困難なケースほど、愛着の問題が絡まっており、そのことで症状が複雑化し、対処しにくくなっている。

愛着が、その後の発達や、人格形成の土台となることを考えれば、至極当然のことだろう。

どういう愛着が育まれるかということは、先天的にもって生まれた遺伝的要因に勝るとも劣らないほどの影響を、その人の一生に及ぼすのである。

その意味で、愛着スタイルは、「第二の遺伝子」と言えるほどなのである。

パーソナリティ障害や発達障害について、ある程度の知識をおもちの方も、愛着という視点が加わることで、パーソナリティや発達の問題について、さらに理解が深まることと思う。

直面している困難の正体が、いっそうはっきりとみえてくるに違いない。

だが、愛着の問題は、一部の人の特別な問題ではない。

ほとんどの人に広く当てはまる問題でもある。

なぜ、人に気ばかりつかってしまうのか。

なぜ自分をさらけ出すことに臆病になってしまうのか。

なぜ、人と交わることを心から楽しめないのか。

なぜ、本心を抑えてでも相手に合わせてしまうのか。

なぜいつも醒めていて何事にも本気になれないのか。

なぜ拒否されたり傷つくことに敏感になってしまうのか。

なぜ、損だとわかっていて意地を張ってしまうのか。

愛着の安定性や様式は、対人関係のスタイルや親密さの求め方だけでなく、その人の生き方や関心、恋愛や子育ての仕方、ストレスに対する耐性や生涯の健康にまで関わっている。

意識しないところで、知らず知らずその人の心理と行動を支配しているのである。

他の生き方もできたはずなのに、なぜ、この生き方をしてきたのか。

その疑問は、その人の愛着の特性を理解したとき、氷解するだろう。

新たな認識と自覚を踏まえた上で、どうすれば人生がもっと生きやすく実り豊かなものになるのか、どうすれば今抱えているさまざまな問題を良い方向に解決していけるのか、どうすればもっと幸福な人生に近づいていくことができるのか。

その問題を、もっとも根本的なところで左右するのが、愛着障害をいかに克服し、安定した愛着スタイルをもつことができるか、不安定な部分をいかに補えるかなのである。

そのために必要なこと、できること、ヒントになることをお伝えしたい。

パーソナリティ障害や、複雑化した発達障害を改善し、うまく対処していくためには、愛着という視点が是非とも必要である。

うつや不安障害、依存症など、従来の疾患概念で捉えられている状態でも、通常の治療や対処では改善しにくいケースほど、愛着の問題が絡んでいることが多い。

ある意味、これまでの働きかけが上手く機能してこなかったとすれば、この視点が抜け落ちていたことによるのかもしれない。

実際、これまでの疾患概念で捉えきれなかった、不可解で対処が難しいとされる状態の多くが、愛着の障害に由来したものであることを理解されるだろう。

愛着という視点をもつことが、問題をより立体的な奥行きで把握し、本当の意味での回復をもたらすうえで大事なヒントを与えてくれるだろう。