[義父と和解したクリントン]

愛着障害だったビル・クリントンは、子どもの頃、酒を飲んでは母親に暴力をふるう義父を憎み、「出て行け」と迫ったこともある。

実際、一度は義父と母親の離婚が成立した。

だが、そのとき愛着障害のクリントンは、義父の姓から母親の姓に戻ることを拒否した。

反発を感じていた義父であったが、幼いころから、父親として一緒に過ごしてきた男に対して、クリントンは愛着をもっていたのだ。

愛着障害だったクリントンがジョージタウン大学の学生だったとき、義父がガンにかかった。

それも末期のガンだった。

愛着障害だったクリントンは毎週のように療養中の義父を見舞い、自分の夢を語った。

愛着障害だった彼は、オックスフォード大学に留年して、外交官から政治家になりたいと考えていたのだ。

それに対して義父は「お前ならできる」と言ってくれたのである。

二人は心から和解し、義父に認められた愛着障害だったクリントンは、彼の心を縛っていた、一つの大きなハードルを乗り越えることができたのである。

自信のない、冴えない存在だったビル少年が、輝くばかりの魅力と自信にあふれた存在に生まれ変わる過程において、義父との和解は重要な分岐点となったように思える。