愛着障害がある人の人生を困難なものにする重要な要因の一つに、否定的認知にとらわれやすいことが挙げられる。

愛着障害の人は、親から肯定的な評価を受けられなかったことが多く、それが他の人との関係にも尾を引き、自分に対して、あるいは周囲の人に対して、否定的な評価を抱きがちである。

そしてそのことが、対人関係がうまくいかないことや、自分を活かせないことにつながる。

その意味で、愛着障害を克服する場合、否定的な認知を脱するということが、非常に重要になる。

自分を支えてくれる人との関係も良くなり、改善のチャンスがどんどん膨らんでいくのである。

逆に否定的な認知が強いと、せっかく自分を支えてくれようとしている人に対して、否定的な反応をして傷つけてしまい、改善のチャンスの芽を摘むことになりかねない。

では、否定的な認知を脱するには、どうすればよいのだろうか。

大事なのは、どんな小さなことでもいいから、自分なりの役割をもち、それを果していくということである。

自分にできること、自分の得意なこと、人が嫌がってやりたがらないことなど、何でもいいから思い切ってやってみることである。

ただ、自分のためにやるというよりも、家族や周囲の人のためにもなれば、いっそう良い。

それを続けていくことが、自己有用感を回復するきっかけになる。

その場合に大切なのは、すべきこととか義務といった、それまでその人を縛っていたものとは、いったん切り離して考えることである。

学校や仕事のことで頑張れなくても、その人にできることは、ほかにもたくさんあるのだ。

もっと視野を広げて、まず気楽に取り組めることから始める。

その過程で、自己否定感を払拭し、「自分にもできることがある」という肯定的な気持ちを回復することが先決なのである。

また、否定的認知を脱するには「全か無か」といった二分法的な認知ではなく、清濁併せ呑んだ、統合的な認知がもてるようになることである。

すなわち、何か嫌なこと、思い通りにならないことがあった場合、それを徹底的に否定し、ネガティブな感情に過剰にとらわれてしまうのではなく、事態を冷静に受け止め、「そうなって良かったこともある」という、試練や苦痛からも前向きな意味を見出そうとする姿勢が必要なのである。

これは、ヴァリテーション(認証、承認)と呼ばれるもので、愛着障害をもつ本人も周囲も、絶えずそれをこころがけ、実践することで、次第に二分法的かつ否定的な認知を脱し、視点を切り替えることができるようになる。

ユーモアや頓智といったものは、こうした発想の転換の産物である。

高度なユーモアを操るのは難しいが、誰でもすぐにできるのは、「良いところ探し」をすることである。

どんなにひどいことがあっても、それをすぐに否定するのではなく、「何か良いこともあるはずだ」という視点で考え、受け止めるのだ。

その効果は、驚くほどだ。

どんな人に対しても、否定し続けていれば、ダメな方向に向かっていくし、良い所を見つけて肯定していれば、どんどん良い方向に成長していく。

愛着障害を抱えた人に対しては、このことが特に重要になるのである。