愛着障害を克服する過程として、「過去との和解」という段階が認められる。

愛着対象へのネガティブなとらわれを脱し、自己肯定感を取り戻すためにも、この段階は非常に重要な意味を持つように思える。

自分を否定し、虐げていた親や自分に低い評価しか与えなかった親と、立場が逆転するという場合もある。

心理学者のエリクソンは、母親の再婚によって、医者である義父のもとで育てられた。

成績がパッとせず、大学に進学せず芸術系に進んだエリクソンは、義父から見ると不肖の息子であった。

義父からも母親からもいささか困り者扱いされていたのである。

そうした両親との関係が改善し始めるのは、非ユダヤ教徒である妻との結婚を、両親が快く認めてくれてからだった。

それには、妻が容姿だけでなく、性格的にも魅力的な女性であったことも助けとなった。

エリクソンは、すばらしい伴侶を得たことで、初めて両親から見直されたのである。

その後、義父との立場は次第に逆転していく。

ドイツで開業医として成功していた義父は、ユダヤ人だったために、ナチスの台頭とともに仕事を制限され、ついには財産も捨てて、国外に退去を余儀なくされる。

無一文同然となってパレスチナに移住した両親に、精神分析家として成功していたエリクソンは、仕送りをするようになったのである。

経済的に負担ではあったが、彼にとってこのことは、否定されてきた過去を逆転するという心理的な意味を持っていたと言えよう。

過去の否定的な体験を、恨みや仕返しという形で引きずるのではなく、前向きに乗り越えるということが、その人の人生に肯定的な意味を与え、真に幸福なものにするのに役立つように思える。

そうしたエリクソンの対応は、哲学者ショーペンハウアーが母親にとった態度と、正反対であった。

ショーペンハウアーには、母親との確執があった。

顔を合わせるたびに激しいケンカになるということを繰り返したあげく、彼は二十代半ばから、母親とはほとんど絶縁状態になった。

ところが、母親は女流作家として類まれな成功を収め、ショーペンハウアーの苛立ちは募る一方だったが、その母親が次第に落ち目になって経済的苦境に陥ったとき、彼は復讐の機会を逃さなかった。

助けを求めてきた母親の懇願を拒否したのである。

ショーペンハウアーは生涯独身で、孤独な人生を全うしたが、最後まで母親に対する恨みを忘れなかった。

彼の後半生は、一切創造的なものを生み出すこともなかった。