「高橋是清の強運」

総理や蔵相を歴任し、ニ・ニ六事件のとき凶弾に倒れた高橋是清は、まさに波乱万丈を絵に描いたような人生を送った。

彼もまた愛着障害を抱えた人物だった。

生まれてまもなく里子に出され、養家で育った是清は、幼い頃から何度も死にそうな目に遭っている。

あるときは、馬に踏まれて危うく死ぬところを奇跡的に助かった。

「この子は運のいい子だ」と誰かが言うのを聞いて、是清は、「自分は運が強い」という信念をもつようになったという。

是清はいたずらも半端でなかった。

横浜の外国人の商館で下働きをしていたとき、主人が食べる牛鍋に、こっそり小便をしたのがバレて、海外に連れて行ってもらうという話がおじゃんになったこともある。

このエピソードは、愛着障害だったルソーと通じるものがある。

外国に行けないとなると、余計に行きたくなった愛着障害だった彼は、あの手この手を使って、ついに商船に乗せてもらうことになった。

しかし、行った先のサンフランシスコで、奴隷に売り飛ばされるという憂き目にも遭っている。

そんな艱難辛苦を不思議と乗り越えられたのも、彼の中にある楽天的な万能感が与っていたのだろう。

しかし、愛着障害だった彼の無鉄砲で騙されやすい性格は容易には治らず、とんでもない山師に引っかかって大借金を抱えるなど、浮き沈みの激しい人生を送ることになった。

愛着障害だった彼の「強運」は、裏を返せば、危険な目にそれだけ遭遇したということであり、愛着障害だった彼が無防備な人生を歩んだということにほかならない。