特別に選ばれた存在との絆

スキンシップは生命に関わるほど重要なのだが、愛着という現象は、単に抱っこやスキンシップの問題にとどまらない。

愛着が成立するうえで、極めて重要なもう一つの要素がある。

かつて、進歩的で合理的な考えの人達が、子育てをもっと効率よく行う方法はないかと考えた。

その結果、一人の母親が一人の子どもの面倒をみるのは無駄が多い、という結論に達した。

それよりも、複数の親が時間を分担して、それぞれの子どもに公平に関われば、もっと効率が良いうえに、親に依存しない、自立した、もっと素晴らしい子どもが育つに違いないということになったのである。

その「画期的な」方法は、さっそく実行に移された。

ところが、何十年も経ってから、そうやって育った子どもたちには重大な欠陥が生じやすいことがわかった。

彼らは親密な関係をもつことに消極的になったり、対人関係が不安定になりやすかったのである。

さらにその子どもの世代になると、周囲に無関心で、何事にも無気力な傾向が目立つことに、多くの人が気付いた。

これは、イスラエルの集団農場キブツで行われた、実験的とも言える試みの教訓である。

効率本位の子育ては、愛着という重要な課題を、すっかり見落としてしまっていたのである。

こうした弊害は、幼い子どもだけでなく、大人になってからも愛着障害として認められた。

ただし、同じようなキブツで育っても、夜は両親と水入らずで過ごしていた場合には、その悪影響はかなり小さくなることも明らかになった。

この「実験」の結果は、愛着における不可欠な特性の一つを示している。

それは、愛着の対象が、選ばれた特別の存在だということである。

これを「愛着の選択性」という。

愛着とは、ある特定の存在(愛着対象)に対する、特別な結びつきなのである。

愛着対象は、その子にとって特別な存在であり、余人には代えがたいという性質をもっている。

特別な存在との間には、見えない絆が形成されているのである。

それを「愛着の絆」と呼ぶ。

いくら多くの人が、その子を可愛がり、十分なスキンシップを与えても、安定した愛着が育っていくことにはならない。

特定の人との安定した関係が重要なのであり、多くの人が関わりすぎることは、逆に愛着の問題を助長してしまう。

児童養護施設などで育った子どもが、愛着障害を抱えやすい理由は、絶対的な愛情量の不足ということ以外に、複数の養育者が交替で関わるという事情にもよる。

また、実の親に育てられた子どもでも、同居する祖父母や親戚が可愛がってくれるからというので、母親があまり可愛がらなかった場合、後年、精神的に不安定になるということは、しばしば経験するものである。