自分の感情をケアしてあげると、人間関係は楽になる

一般的に、人間関係のトラブルは、誰かに相談しても、現実的なアドバイスに終始することが多い。

例えば「上司との折り合いが悪い」という悩みがある場合、多くは、仕事の進め方や上司の言い方の問題などに焦点を当てて、「こう言ってみればいい」「こんな風に仕事を進めるようにしたらいい」「その上司の発言はパワハラだから労基署に訴えたほうがいい」などと、具体的な問題解決の方法が提示されるだろう。

しかし、「人間関係で悩む人には、現実問題への対処よりも、感情への対処が重要。

その人の中で感情をケアできれば、苦しさはグッと減らせる」。

もちろん、現実問題への対処が必要なケースもある。

またクライアント自身は、現実問題を解決しなければ苦しみはなくならないと信じ切っている。

しかし、カウンセリングでその人の感情に手当てをすれば、かなりのケースで、現実問題はそのままでも、苦しみが低下する、つまり「問題ではなくなる」のだ。

戦略的に考えても、現実問題対処より、感情への対処のほうが圧倒的に有利である。

というのも、現実的な解決を図る場合、予測できない要素がかなり多く発生するからだ。

例えば、先の上司との折り合いが悪い件。

対策として、自分の部署異動を考えたとしよう。

希望先部署の都合もあるだろうし、もしかしたら、あなたのキャリアにマイナスになることもあるかもしれない。

異動先が遠方になったら、家族の問題も出てくるだろう。

思わぬ波紋が広がっていく。

対策として、言い方を変えたり、仕事の要領を変えることを考えたとしよう。

しかし、相手がそれをどう受け取るか、どう反応するかも不確定要素。

さらに現実には、予測が難しいため、情報収集しながら、慎重に進めなければならない。

かなりのエネルギーを使うことにもなる。

このように、現実的に、相手や会社や自分の行動を変えていくのは、かなり難しく、先が読めず、疲労する作業なのだ。

けれども、悩んでいる本人が、上司への感情を自分の中で上手にケアすることで、折り合いがついたらどうだろう。

現実は何も変わらないが、ちゃんと苦しみは減っている。

周囲にとっても、本人にとっても、省エネで疲れない解決である。

イライラの感情に、うまく対処した具体的ケース

感情の対処イメージについて実際の体験を紹介します。

Fさんは40歳の女性、お母さんと2人暮らし。

お母さんとは、よく連れ立って外出するなど仲がいいが、逆にその分いろんなことで腹が立つことも多い。

特に嫌なのは、Fさんの気持ちをあまり考えずに自分の都合を押し付けること。

その日、Fさんは、久しぶりに親子で観劇するために、電車に乗っていた。

お目当ての俳優のことや昼食のことなど、今日一日についてワクワクしながら会話していたのに、突然お母さんが、「ところであの申請は、出したの?」と聞いてきたのだ。

やらなければならないと気にかかっていた作業のことを指摘されて、Fさんはイラっとした(いつもそう。なんでこんな時に、そんなことを言うの。これからの一日が台無しじゃない!)。

いつもなら、口喧嘩になりそうなところ、感情のケアの方法を思い出した。

怒りは6秒から10秒、まずは我慢!

Fさんのイラッとした感じを察したのか、幸いお母さんもスマホをのぞき始めた。

Fさんはそのすきに手順を試してみる。

まずは、自分の感情を認める(私はムカついている。だってお母さん、何も私の気持ちなんて考えてないんだもん)。

小さくうなずきながら、怒りの感情を認めた。

次は、深呼吸を5回ほどしたら、何となく落ち着いてきた。(まあ、よくあることだ、それで一日を台無しにしてはもったいない)と感じることができた。

そこで、少し自信がわく(すごいじゃん、私。いつもならあそこで言い返して、そのまま口喧嘩になって、1人で帰ったこともあったのに。今、気持ちを自分で落ち着けられている)。

すると、冷静な頭が回り始める。

確かに例の申請書は、大切なもの。

それを思い出させてくれたんだ。

ありがたいことじゃない、と感じることができた。

そこで、彼女は、お母さんに普通に話しかけることができた。

しかも、そのおかげでその日はとても楽しい一日になった。

それだけではない。うちに帰って、例の申請書を取り出してみると、本当にぎりぎりのタイミングだった。

心の中で、お母さんに再びありがとうという感謝の念がわく。

お母さんにも直接伝えたかったが、それで調子に乗られても嫌だったので、そこは保留した。

申請書を無事書き終えてから、寝る前に今日のことを振り返ってみた。

なぜ、今日はうまくいったのだろう。

これまでは、ただ我慢するだけだったけど、今日は、自分の気持ちを認めてみたからかな・・・。

でも一方で、やはりあのタイミングで言葉をはさんでくるお母さんについて、何となく引っかかる気持ちがあることにも気が付いた。

Fさんは、その気持ちも認めて感謝(そうだよね。やっぱりあの流れで急に言われると、腹が立つよね。振り回される感じだし、私は大切にされていないと感じたし)。

そこで、Fさんは、「七つの視点」というスキルを使ってみることにした。

自分目線での考察、相手目線での考察・・・と進んでいるうちに、ふと、ある時のお母さんの言葉が思い出された。

「私は最近物忘れが激しいから、大切と思ったことは忘れないうちに言うようにしているの」

そうか、そうだったのか。

お母さんは、たまたま思い出したから、それを忘れないうちに言っただけか。

私の気分を台無しにしようとしたわけではないのか・・・。

翌日、「おはよう、昨日は楽しかったね。申請の件、ありがとうね。間に合ったよ。お母さんのおかげだよ」と自然に言葉が出てきた。

お母さんのうれしそうな顔を見て、Fさんは自分もうれしくなった―。

Fさんは「我慢」でも「忘れる対処」でもなく、感情を意識的にケアした。

お母さん自身は、変わっていない。

きっとまた「空気を読まない」で発言するだろう。

でも今回は、Fさんはお母さんに、やさしく対応できた。

すると、そんな自分に大きな自信を感じることができた。

Fさんは、これからのお母さんとの付き合いにも変化が出てくるという予感を持っている。

感情ケアとは何か

これまで述べてきた通り、感情とは、怒りや不安なども含めて、すべて私たちを守ってくれているものだ。

そこで、どんな感情でも、ずっと抑え込むのではなく、まずは認めて、適切にケアをしていけば、人間関係の苦しみは減らせる。

これからその技術として「感情ケア」を紹介していこう。

ただ、そのまえにまずこのケアの効果について「適正な」イメージを持っておいてほしい。

解消するのではなくプロセスを進める

感情のケアを始めたころ、「思ったほどの効果がない」「他の人はうまくできているのに、自分はできない」など、大なり小なり、自分へのダメだしの言葉がよく聞かれた。

みなさんに「期待と比較」があるからだ。

苦しいので、このケアでスカッとしたい、そういう期待があり、たとえ少しは変化があっても、他の人の喜びと比較すると、自分のやり方が間違えているのかも、と思ってしまう。

そこで、感情をケアするとどうなるのか、という正しいイメージを持ってもらう説明を加えるようにした。

普通の人は、「問題→苦しい感情」という図式をイメージしており、問題を解決すれば、たちどころに嫌な感情からも解放される、ということを期待している。

確かに、怖いという感情の場合、ある情報が入ったり、解決方法のヒントが見えると、不安が急に小さくなることを実感できることもある。

ところがそもそも感情は、そんなにデジタルに変化する仕組みになっていない。

再び原始人を思い出してほしい。

あなたは部族の長、あなたの地位を狙うナンバー2がいる。

ある時、命がけの戦いをして、あなたが勝利し、相手は「これからはあなたに従います」と恭順の意を表した。

さて、問題は解決した。

相手も、もう攻撃しないと、約束した。

それであなたの、警戒心は急に低下するだろうか。

低下していいのか。

そうではないだろう。

あなたは、戦う前よりは警戒レベルを下げることはできても、中ぐらいの警戒レベルをかなりの期間維持して、ナンバー2を観察するだろう。

そして、ある程度の「時間」と、彼が歯向かわなかった経験(回数)を積み上げて、ようやく彼に対する警戒心がなくなっていく。

感情には「3段階」のレベルがある。

「危機対処段階→警戒段階→予防段階」のプロセスを経て徐々に落ちていくものだ。

感情には必要な「強度」と、必要な「継続期間」があるのだ。

ネガティブな感情がたちどころに解決されるものではないということを肝に銘じておいてほしい。

これが、感情の自然な収まり方だ。

ところが、これまでに説明したように、現代人の場合、「我慢」と「忘れてしまう」対処のために、この自然なプロセスが阻害され、警戒段階でとどまってしまっている感情が多い。

感情のケアが基本的に狙うのは、この停滞を打破することだ。

基本的には「問題解決→不快感の急激な低下」という構造を目指すのではなく、「プロセスが進む」ことを目標にしている。

プロセスが進むと、どんな感じになるのだろう。

「そのことがあまり気にならなくなってきた」「どうでもよくなってきた」と表現されることが多い。

Fさんの例で言えば、外出途中のお母さんの一言に対し適切に対処したために「(小言は)小さなこと」と思えるようになった効果だ。

もちろんプロセスの進展に伴い、「そうか、こういう風に考えればいいんだ」「こんな視点もある」と、腑に落ちる場合もある。

Fさんが、お母さんの物忘れ発言を思い出し、発言についての朝の解釈をかえられたことだ。

ただ、これはいつも起こるものではない。

それを期待しすぎると、自分へのダメだしが多くなる。

自然な流れは、「プロセスが進む」ほうだ。

感情ケアとは劇薬ではなく、さりげなく効いてくるサプリメントのようなものだ。

ネガティブ感情を解消するのではなく、感情の「プロセスを進めること」、それが、この感情ケアの適正なゴールのイメージだ。

そして、必ずしも、現実問題の解決にはつながらないことも覚えておいてほしい。

50回、500回の法則

過剰な期待と比較で苦しまないように、お願いしていることがある。

それは、これからお伝えするのは、「魔法」ではなく、「生き方の技法」だということ。

技法なので、ある程度の練習がどうしても必要だし、どの技法が使いやすいかは個人ごとに違い、自分に合うものを探し、自分に合うように工夫していく必要があるということ。

そのためには、ある程度の練習を覚悟してもらう。

それも、1回や2回ではない。

少なくとも50回は練習してほしい。

「問題解決→不快の解消」というのは、これまでの仕事や勉強の経験の中で体験したこと。

これをどうしても感情のトラブルへも適用してしまう。

すると、何かを試し、大きな効果を感じられなかったら、すぐに止めて、他を探してみるというサイクルに陥りやすい。

感情を収めるスキルを身につけるのは、スポーツを習得するのと似ている。

まったくの素人がある本を読んだからといって、プロのスポーツ選手になれるわけではない。

体力をつけ、いろんな基礎スキルを何度も練習し、そのうえで自分の得意技を磨いていく。これが「習得」の過程だ。

一気にプロになれる魔法はない。

「人は何かを学ぼうとする時、真剣に意識して行えば50回で、ただ行動を繰り返す体験でも500回もすれば、体が覚えてくれます」

1回で変われなければ、残り49回をやろう。

10回で効果がなければあと40回試す。

実際には、それ以前に効果を実感できる人が多いが、始める前の目標としてイメージしておくと、自己嫌悪を避けることができる。

また、生き方ツールの効果には個人差が大きい。

いくつかのツールを試してみて、今のあなたに合うものを探してほしい。

なぜならば、どのツールがあなたに合っているか、使いやすいかは、試してみなければわからないからだ。

新しい靴を試し履きするのと同じように、まずは履いてみて、歩いてみる。

履きやすい靴、履きにくい靴があって当然。

他人に合わせる必要はない。