新しい自信のある自分に出会う

すでに何かで突き抜けた経験がある人もいるでしょう。

しかし、好きなことをして経済的な自由が得られるとはかぎりません。

好きなことでお金を稼げる人はごく一握りです。

人生で何をめざすのか、一人ひとり異なります。

それぞれ違う才能を活かしきることが尊い生き方ではないでしょうか。

好きなことができていれば、それだけでもすばらしいことです。

でも、もし収入を上げたいと思っているのなら、稼げることを優先したほうがいいでしょう。

役割を果たす生き方を好きになることもあります。

役割をまっとうすることが自分にとって納得感のある生き方になるのです。

また、よい仲間と働くことは大切です。

認め合える、いい意味で負けたくないと思える刺激のある職場は貴重な財産です。

ある人を見て「こういう先輩にはなりたくない」「上司はこのレベルなのか」と、やる気を失ってしまう人もいます。

その人は、そういう人たちと同類なのです。

ほんとうに志が高ければ、人の振りを見てわが振りを直します。

もっと高いモデルをイメージして、そこに近づいていけばいいだけです。

周りの影響で見通しを失うのは賢明ではありません。

人はできている人からよりもできていない人から影響を受けることが多い。

不平不満の多い人と付き合うと自分もそうなってしまう可能性は往々にしてあります。

それはじつは自己正当化、言い訳です。

言い訳と自信は同居できません。

自信とは主体性をもって結果責任をとれる人が確立していくもの。

言い訳の世界にいるあいだは自信が育たないのです。

「自信がありますか?」と聞かれて「自信があります!」と答えられる人がいます。

なぜ言いきれるのかというと、自分にはやればできるという暗示がかかっているからです。

そういう人は、今を最善で生きています。

ただ完璧主義には陥らないでください。

いま自信があると言えない人は、もしかしたら、高すぎる知覚で物事を見ているのかもしれません。

たとえば自分よりもうまくできている人の前だと緊張してしまう。

不安になる。

これは自意識からくる恐れが原因です。

行動を抑止します。

人間はどうしても理想と現実のギャップで苦しむ生き物です。

理想になれない自分はダメなんだと思い込んでしまいます。

それはまだ山の中腹、努力の過程です。

比較をしなくなったら、自信をもっている人に話を聞きましょう。

なぜこの会社に自信があるのか、この仕事に自信があるのか、この商品に自信があるのか、自分に自信があるのか。

その仲間が身近にいなければwebや書物でもいいでしょう。

研修でもいいでしょう。

あなたの選ぶ情報があなたの考え方になり、あなた自身になります。

「うちの会社はダメだ」「私たちは育ちがよくないから」。

自信のない人ばかりの環境でも、あなたまでそう考えていて幸せになれるでしょうか?

この世の中に正解などどこにもありません。

そう言った他人の言葉を受け止めた解釈は、じつはあなた自身のなかにある言葉なのです。

どんな言葉であっても、どう解釈するか、どんな受け止め方を選ぶのかはあなたの責任です。

自信をつけたければ自信がある人の考え方、言葉の使い方、時間の使い方を取り入れましょう。

ここまで述べてきてわかったと思います。

人は皆、自分の解釈、イメージの世界に生きています。

そして、多くの人は過去に囚われたままなのです。

「人間は確かに過去の産物ではあるが、自らが選択しないかぎり決して過去の犠牲者にはなることはない」

グラッサー博士の言葉にあるとおり、過去はすべて過ぎ去った事実です。

自分を苦しめるのが過去の記憶であるということほど無益なものはありません。

そうかといって無謀な挑戦も、反対にまだ見ぬ将来に不安をもつことも同様です。

万人にできる賢明な生き方が今日を生きることです。

今日だけの目標達成に生きる。

それを積み上げれば大きな自信が育ちます。

もし今、何もしたくなかったら、何もしなくていいのです。

また明日がやってきます。

明日になったら「今日こそは全力で生きてみよう」と動いてみましょう。

無理とは理が無いと書きます。

必死とは必ず死ぬと書きます。

無理や必死にならず、自分に正直に自然体で生きることが不動の自信をつくる秘訣なのです。