安全基地となることは、何も人間だけの特権ではない。

犬でも馬でも、母犬や母馬は、子犬や仔馬に対して、安全基地として振る舞っている。

つまり、難しい理屈や高い知能が、必ずしも必要なわけではない。

母犬が仔犬に対してどう振る舞っているか、それと同じことが、人間の母と子にも当てはまるのである。

言い換えれば、「非言語的な反応」が重要なのである。

もちろん、人間は高い知能と豊かな情緒や表現にとんだコミュニケーションの能力をもつがゆえに、非言語的な応答だけでなく、言語的なやり取りも重要になるのだが、愛着を深めていく上では、やはり非言語的な応答が大切なのである。

その基本は、相手の声の調子、表情、仕草に、こちらの声の調子、表情、仕草を同期させるという事だ。

相手が低い声でゆっくり話しているのなら、その声の調子に合わせる。

表情やうなずきといった体の動きも同期させる。

相手にわかりやすいくらい、やや大きめの動作で、相手の動きを鏡に映すかのように反応する。

これを怠ると、いくら熱心に話を聞いていても、相手は聞いてもらったという手ごたえを感じない。

反応が乏しいと感じてしまい、聞いているのかどうかわからないという不安を与えてしまう。

声の調子が高すぎたり早口すぎたりしても、耳障りに感じて、違和感を覚えてしまう。

それでは、安全基地になりにくいのだ。

視線の使い方も、相手に合わせる。

相手がまっすぐにこちらを見て話す場合には、こちらもまっすぐ相手を見て話す。

相手が視線をそらしがちにする場合には、あまり相手を凝視し続けないで、ほどよく視線をそらしながら、話を聞く。

しかし、相手の反応から目を離さないようにしておく必要はある。

このように、言葉だけでなく、本人の非言語的な反応にも応答し、寄り添う必要があるのだ。

非言語的な反応がうまく応答し合うと、親しみが湧き、居心地よく感じる。

いくら言葉で相手に的確に応えていても、非言語的な反応の面で相手に応答できていないと、相手ははぐらかされているように感じ、安心感や信頼感をもつことができない。

非言語的な応答が苦手な人は、幼い子どもや動物と遊んだり、世話をすることで、そのスキルを高めることができる。