「発達の問題を生じやすい」

子どもは愛着という安全基地があることで、安心して探索活動を行い、認知的、行動的、社会的発達を遂げていく。

つまり、愛着は、あらゆる発達の土台でもあるのだ。

そのため、愛着障害があると、発達の問題を生じやすい。

発達の問題は、基本的な行動のコントロールから自律神経の制御、さまざまな学習、関心を共有したり、協調したり、トラブルに対処したりといった社会的コンピテンスの獲得まで多岐にわたる。

その一例は、困難やストレスにぶつかったときの対処能力である。

安定した愛着の子どもは、自分一人では手に負えない問題に対して、助けを求めたり、相談したりすることがスムーズにできる。

しかし、愛着障害があると、それがうまくできない。

自力で対処しようと極限まで我慢し、結果的に潰れてしまうということが起きやすい。

また愛着障害を抱えた人では、向上心や自己肯定感が乏しい傾向がみられる。

そのため、勉強であれ仕事であれ、目標に向かって努力しようという意欲が湧きにくい。

親から肯定してもらえ、勇気や支援を与えられている子どもは、自分のためにも、また、親を喜ばすためにも頑張ろうと思うが、親から拒否されたり、親からの関心が乏しい子どもは、そういう気持ちをもちにくいのである。

実際、愛着障害を抱えていた偉人のなかには、子どもの頃問題児で、いまなら「発達障害」という診断を下されたと思われるような人が少なくない。

夏目漱石も、ミヒャエル・エンデも、ヘルマン・ヘッセも、幼い頃は行動上の問題がひどかった。

アップルの前CEOで、今ではビジネスマンのヒーロー的な存在となったスティーブ・ジョブズも、そうした一人だろう。

ジョブズは、生後数週間で、生みの親から離され養子となった。

彼は幼い頃から多動で衝動的な傾向を示し、殺虫剤の「味見」をしたり、コンセントにヘアピンを差し込んだりして、何度も病院に担ぎ込まれている。

今ならADHDの診断を受けただろう。

その背景には、明らかに愛着障害があった。

彼が示した多動や衝動性は、本来の発達障害によるものというよりも、愛着障害によるものと考えられる。

愛着障害だったミヒャエル・エンデは、学校嫌い、勉強嫌いだったことがよく知られている。

そこには、不安定な家庭環境も影を落としていたと言えるだろう。

親との愛着が不安定な子どもは、愛着できる相手には過度に依存する一方で、愛着できない相手には過度に攻撃的になりやすい。

学校や教師は、エンデにとっては自分を否定する、愛着できない空いてであり、反抗的になることで自分を守るしかなかった。

彼が救いを見出したのは、悪友とのいたずらであり、世の中からはみ出した奇怪な老人であり、女友達との早熟な関係であった。

悪友と火遊びをしているうちに火が燃え広がり、森を一つ燃やしてしまうという事件を起こしたこともある。

警察の取り調べを受け、処罰も覚悟したが、森の所有者が寛大な処分を望んだので、施設に送られることもなく済んだ。

しかし、それまで親切にしてくれていた人たちが、彼を見る目を一変させたので、町にいづらくなり、引っ越しを余儀なくされている。

火遊びや放火といった行為も、愛着に問題を抱えた子どもに、しばしばみられるものであるが、一つ間違えていれば、エンデの人生は、もっと困難なものになっていたかもしれない。

ドイツ出身の作家ヘルマン・ヘッセも物を壊したり火をつけたりといういたずらがひどかった。

ギムナジウム(大学に進学するための九年生の学校)から逃走し、自殺未遂までしたため、施設に入れられたこともあった。

両親とも宣教師で、ヘッセに良い子であることを強迫的に求めようとしたが、彼は施設に入れられたことで、ますますひねくれてしまい、親との関係は、悪化の一途をたどるばかりだった。