自分が主役になってしまう人

安全基地になりにくい典型的なタイプの一つは、本人を押しのけて、自分が主役になってしまうタイプだ。

このタイプの人は、とても自己愛が強く、自分が中心にいないと気が済まない。

もともとサポート役には向かないのである。

自分の思い通りになれば「良い子」、思いに反する存在は、「悪い子」と、自分の胸先三寸で決めつけてしまう。

本人を本人のペースや特性に合わせてみるということができない。

ありのままの本人を肯定するということもできない。

自分の思いに叶うか叶わないかが、すべての基準になってしまう。

こうした人が親であったり、パートナーであったり、支援者であったりした場合、それに付き合わされる子どもや配偶者や相談者は、支えられるどころか、気まぐれな暴君に仕える召使いになったようなもので、表面上はうまくいっている場合でさえも、自分の人生を生きていない。

自分の人生を生きようとするならば、我慢するのではなく、ぶつかってあきらめてもらうか、縁を切るしかない。

そうならないためには、支え手となる人が、自分が抱えている未熟な自己愛性を自覚し、それを乗り越えていく努力をする必要がある。

まさに自分自身の人生の課題に向き合う作業が必要なのである。

実際、そうした課題に取り組み、それをある程度克服することで、子どもやパートナーとの関係がとても良くなり、そのことによって、子どもやパートナーに現れていた問題が改善するというケースも多い。

初めは子どもの問題で相談に来ていたのが、やがて自分自身の問題に目を向けるようになり、自分と配偶者、自分と親との関係に、焦点が移っていくということも珍しくない。

そうした取り組みを通して、家族全体が変わっていく。

自己愛性のようなパーソナリティの問題がかかわる場合、それをその人だけの問題として扱ったところで、底の浅い変化しか期待できない。

しかし、その背景まで掘り下げていくと、自己愛性が、個人の問題ではなく、関係性の中で生まれてきた問題だということが見えてきたりする。

家族との愛着関係にまで遡って働きかけることによって、微動だにしないように見えた自己愛性が、害のないレベルにまで緩んでいき、人間関係や社会適応が大幅に改善するという事も起きる。