子どもは、親からの確認を必要としています。

泣いている時に「悲しいんだね」と言ってもらうことは、自分の感情の確認となり、悲しんでいる自分を認めてもらえたという安心感となり、感情を出していいのだという確認になります。

何かに失敗したとき「もっとがんばらなければダメ」と叱られるのではなく「がっかりしているんだね」「悔しいんだね」とまず認めてもらえることは、行動の結果にかかわらず、自分には関心を持ってもらえるだけの価値があるという確認になります。

また自分の感じていることには意味があるという確認となるのです。

そして何より「私はここにいていい」という確認となるのです。

だから子どもたちは、「お母さん、見て!」「お父さん、ほら、こんなにできたよ」と、絶えず確認を求めるし、自分の気持ちが混乱してつらいときにも、すり寄ってきたり、一見意味の通らないさまざまな言葉を並べて、必死に確認を求めます。

こうやってたくさんの確認を得られた子どもは、自分のことを自分で認められるようになります。

つまりおとなになって、他人からの承認に頼らずに自分の価値を確認でき、自分の感情を認めることができ、自分のニーズや欲求を認められるようになるのです。

けれども、ある子どもは、今日一日のことを話すのを楽しみに学校から帰ってきたのに、お母さんはソファで酔いつぶれていました。

別の子どもは、うれしいことがあったのを早く報告したかったのに、お母さんは寝室に鍵をかけて泣いています。

どちらの場合でも、子どもは気付いてもらえず、支えてもらえなかったり、確認がもらえなかったりします。

子どものニーズは無視され、彼らが存在を認めてもらえるのは母親を気遣ってあげたときだけなのです。

また別の子どもは、とてもいい成績の通知表を家に持って帰ります。

早くお父さんに見せたくてたまらず、お父さんからほめてもらいたいのですが、その夜お父さんは家に帰ってきません。

やっと帰ってきたのは三日もたってからなのです。

家族の誰か一人でも、その日に十三歳の男の子が通知表を持って帰るのだということを覚えていたでしょうか?

誰か一人でも気にかけていたでしょうか?

いいえ、みんなが気にかけているのはお父さんのこと―一体どこへ行ってしまったのか、何をしているのか、今度はどんな面倒を起こすのか、なのです。

子どもが自分の価値や自分の存在意義に気付いていくとき、その感覚を育てる材料となるのは他の人が自分に対してどんなふうに接するかということです。

自分がかけがえのない存在であり、価値があり、大切なのだと保証してくれる言葉を、子どもは絶えず必要としているのです。

その確認を得られずに育った人は、他人から認めてもらえるかどうか、他人が自分をどう思っているかどうかということを、非常に気にかけるようになります。

子ども時代に「何をやってもまだたりないのだ」と思い知らされてきた人にとって、自分で自分を認めるのはかんたんなことではありません。

今ではこの間違った思い込みを誰かから叩き込まれるまでもなく、私たちは心の中にそれを取り込んでしまっているのですから。

そして自分に向かって同じメッセージを繰り返してきたのです。

私達のほとんどは自分を厳しく批判する傾向があります。

山を動かすぐらい画期的なことができない限り、決してこれでいいとは思えません。

たとえ山を動かしたとしても、それを皆が見ていて拍手喝采してくれないかぎり、やはりこれでいいとは思えないのです。

人は回復において急ぎ足になるものです。

何しろ私達の人生は今まで極端さと非現実的な期待ばかりだったのですから、それも無理はありません。

私達はつい、「一か十か」の視点で(その間にニから九までの段階があることを忘れて)人生を過ごしてしまいます。-自分の在り方も、感じることも、生き方も、オール・オア・ナッシングで判断してしまうのです。

アダルトチルドレンからの回復とは、一か十かではなく、その間にたくさんの段階があると学ぶことです。

あなたが完璧とはほど遠いからといって、失敗作だというわけではないのです。

自分の力も、無力さも、ともに受け入れて生きればいいのです。

私たちには人として成長していく価値があるし、自分の成長を喜び自分のことを好きになるだけの価値があります。

おとなになった今、あなたは自分を育て直すプロセスのひとつとして、自分自身を確認する一歩を踏み出すことが必要です。

人がありのままの自分を本当に認め始めたとき、外からの確認を求め続けなくてもよくなるのです。

自分で自分を認められるようになるのは、他人に依存しないですむためだけでなく、自分がアダルトチルドレンからの回復のプロセスを進んでいることがわかるようになるためでもあります。

自己確認ができるようになると、かつてとは違うやり方で行動している自分に気づけるようになるのです。

自分が進歩していることがわかるし、よくやったと自分に声をかける気持ちになれます。

希望が持てるようになり、進むべき方向がわかり、それが回復を続ける助けとなるのです。

子ども時代に親からの確認が得られなかったという喪失の状況を振り返り始めると、痛みに圧倒されそうになるでしょう。

暗いトンネルに入り込んで、出口からさす光を探そうとする気持ちがくじけて、自分ひとりを残してトンネルが閉じてしまうかのように感じて不安になるのです。

もしあなたがそんなふうに感じたときは、次のことを思い出してください。

自分がアダルトチルドレンの回復のプロセスにいることを確認するとき、あなたは自らの光で輝き始めています。

あなたが自分を確認できるようになり、こんなふうに言えることを私は願っています。

「今日、人が私の意見を聞いて、私は意見を言った。

この私が!

今までは自分の意見を持っていいなんて思えなかったのに。

今の私には自分の意見がある」

「今日私は腹が立って、そのことにちゃんと気付いた。

昔だったら、何か感じているとわかるまでに6年かかって、それが怒りだとわかるにはまた2年かかったのに」

「私は昼休みを全部仕事で潰したりしなかった。

仕事をしたのは昼休みの半分だけ」

「今日、人にほめられた。私はありがとうと言って、『そうですか、でも…』とは言わなかった」

完璧かどうか、正しいかどうかを判断するのではなく、ありのままの自分を確認し、自分の進歩を確認することが大切です。

小さな一歩を進めるたび、自分に拍手してください。

毎日必ず立ち止まって、ちょっとした成功に気づく時間をとってください。

まだ変えられずにいる部分にとらわれないように。

今起こっている変化に焦点を当てるのです。

さあ、今から始めます―立ち上がって、自分に拍手しましょう!

これから毎日時間をとって、自分を確認できることを少なくとも三つ探してください。

何か新しい行動ができたこと、自分に対して肯定的な態度がとれたこと、自分の力を発見できたこと、価値を感じられたこと、ここにいていいと思えたこと・・・。

こうして自分を認めることを習慣にするのです。

自分を確認するという課題に、アダルトチルドレンの回復の4ステップを応用した例をあげておきます。

●ステップ1.子ども時代にあなたが親からどんな確認を得たか、あるいは得られなかったかを思い起こしてください。

そのとき、どのような気持ちになりましたか?

こうした体験にともなう痛みを感じて下さい。

●ステップ2.子ども時代の確認にまつわる体験が、今あなたが自分を確認しようと思う意欲や能力にどのように影響しているか、はっきりさせましょう。

●ステップ3.自己確認ということについて、あなたが心の中に取り込んでいる信念を見つけてください。

こうした信念は今のあなたに害を与えていますか、それとも助けになっていますか?

手放したい信念と、持ち続けたい信念とを区別しましょう。

●ステップ4.自分を確認する練習を始めます。

たとえば次のように繰り返してください。

「私はたくさんの考えや感情を持った一人の人間だ。

私は自分を受け入れ、愛する―私の身体も、考えも、感情も。

自分に価値があることを私は知っている」

あなたに合った、自分を肯定する言葉(アファーメーション)のリストを作りましょう。

それをいつも持ち歩いて、一日に何度か取り出して読んでください。

もはやそのリストが必要でなくなって、自己確認の力を自然に使えるようになったとき、あなたは自分が好きになっていることに気がつくことでしょう。