あるがままの自分を受け入れるためには、まず第一に自分を責めないようにすることです。

人と接することが辛い自分を責める人は、一般に生真面目で努力家です。

そのために、自分がこんな性格なのは自分が悪いからだとか、じぶんが変わらないのは努力が足りないからだなどと、自分を追い詰め、自分のふがいなさを責めがちです。

その自分を責める傾向がいっそう自分につらさを課すのです。

こうした自分を責める人には、アダルトチルドレンという概念が救いになるでしょう。

この言葉は、もともとアルコール依存症の親のもとで育った子どもが、子どもらしい子ども時代を過ごせなかったために、大人の心になりきれない現象を述べたものです。

その後、アルコール依存症の親にかぎらず、一般に過度の「良い子」を強いられて育てられた為に大人になっても残っている、心理的負担をさしていうようになりました。

クリントン大統領が、「自分もアダルトチルドレンであった」と述べたことで有名になりました。

自分を責める現在の心のありようは、あなたの責任ではないのです。

自分を責める人は成長する過程でそうならざるをえなかったのです。

この概念はそう教え、これにより多くの人が自分の苦しみの源泉を知り、心の荷を降ろすことができたのです。

それが、この概念が世界各国で広く受け入れられた理由なのです。

人の中にいるのがつらい性格、そんななさけない性格を変えられない自分、そうしたことで自分を責める必要はないのです。

自分を責めるあなたがそうした性格にならざるをえなかった客観的事情があるのです。

自分を責めるのはあなたの責任ではないのです。

自分を責める人はそうならざるをえなかった自分を、そのままいとおしく愛することです。

自分を責める人があるがままの自分を受け入れるためには、第二に、いまの程度のつらい状態がいつまでも続くものではないことを知っておくことも有効です。

次のような事情で、時が救いを与えてくれます。

・自我の対処能力と、要求される対処能力とのあいだのギャップがしだいに小さくなってくれば、人へのおそれは小さくなります。

新しい環境におかれると、多かれ少なかれ、いままでの自我の対処様式ではやっていけない部分が生じます。

この部分が大きい場合に、自分を責めることや不安やおそれになるのです。

環境と自分の心とのあいだに適合性ができてくると、やがてこうした自分を責めることや不安やおそれは自然になくなっていきます。

・人の心には波があり、青年時代が自分を責める一番辛い時期です。

老人期までの発達心理が研究されるにつれて、意識が主に内面に向かう時期と外面に向かう時期とがあることが明らかになりました。

そして、意識が主に内面に向かう時期が精神的に苦しいときであり、やがて自我の成熟によってそれが乗り越えられ、意識が外界に向かうにつれ、自分を責めなくなるなど「自分について」苦しむことが少なくなっていきます。

人生の中で何回か、この繰り返しがあります。

たとえば、小学校中学年ぐらいまでは、意識が主に外界に向いています。

この時期、テレビや友達との遊びなどに夢中で、自分のついて意識することはあまりありません。

ところが、小学校の終わりごろから中学になると、意識は内面に向いてきます。

自分について考え、自分を強く意識します。

自分を責めるようになったりします。

自分の心を日記に何ページも綴ったりします。

いうまでもなく、思春期から青年期が、意識がもっとも強烈に内面に向かう時期であり、それゆえにこの時期に心理的なつらさが最大になり、自分を責めるようになったり、それゆえに精神的疾患が生じやすくなるのです。

しかし、青年期の終わりごろになると、意識は仕事や趣味など、外面的なものへと移っていきます。

仕事での充実や、趣味を深めることなどに喜びを見出していきます。

そして、また時が過ぎると、「果たして自分の人生をこのまま送っていっていいものだろうか。

別な人生の可能性はないのだろうか」などと、再び意識が内面に向いていきます。

いわゆる三十代の危機です。

このような繰り返しで、人は人生を送っていくのです。

この大きな波の中で、意識が内面に向かい、悩み、落ち込んでいるときには、自分を責めたり、他のときには気にならない人間関係の小さな出来事が、ひどく苦痛に感じられるのです。

やがて、意識が外へ向かい始めれば、自分を責めなくなり、こうした人間関係の悩みは自然に脱却できるようになるものなのです。

・年齢を重ねること自体が、自分を責めるつらさの程度を軽減します。

自分を責める対人恐怖症は三十歳を過ぎると急速に少なくなります。

じっさい「三十代、四十代になって若いころよりも人付き合いが苦にならなくなった、自分を責めなくなった」と多くの人が言います。

青年期の鋭すぎる感受性が和らぐからでしょうか。

あるいは単に場数を踏むことによる慣れでしょうか。

いずれにせよ、このように時間が過ぎ去ることが、ある程度の救いになるのです。

人によって多少の違いがありますが、十代後半から二十代が、人の中にいるのが一番辛い自分を責める時期なのです。