青年期までに発達する自己価値感
青年期までに発達する自己価値感

達成の喜びを体験する

自己価値感の形成の出発点は、受容されることでしたが、ある年齢以上になると、自分が何事かを達成することが、自己価値感を高める作用を果たすようになります。

達成感の起源は、自分がイメージした結果を引き起こすことができた、という喜びの体験です。

この体験がはじまる年齢は意外に早いのです。

赤ん坊は、天井に吊り下げられたメリーゴーラウンドがメロディを奏でながら回るのを見て喜びます。

これは、動いているものを見る喜びとともに、自分がなんらかの働きかけをすることで動かせる(あるいは、動かしてもらえる)ということを喜んでいるのです。

このことは、ベッドのなかで赤ん坊が身体を揺するとメリーゴーランドが動くと喜びの声を上げ、何度も繰り返します。

さらに、一歳半頃になれば、自分がやろうとしたことがうまくできると、それを嬉しがる「熟達微笑(mastery smile)」と呼ばれる反応が見られることが報告されています。

二歳になれば、独力で達成したいという欲求が明確に見られるようになります。

たとえば、子どもが何度も積み木を積もうとして失敗しているので、大人が代わりにやってやると怒るなどという行動が生じるようになります。

あるいは、服のボタンをはめられるようになった子どもが、手間取っているので親がとめてやろうとすると、拒絶するといったことが生じます。

子どもは自分でできる喜びを体験したいのです。

幼い子どもにとって、達成の水準そのものは評価基準にはなりません。

ただ、自分ができたこと、あるいは、ただ、独力でやることが達成の喜びをもたらすのです。

ですから、ヘタな絵でも、子どもは誇らしげに親に見せるのです。

幼いうちは、他の子どもとの比較も達成感の基準とはなりません。

だから、運動会で転んだ相手が立ち上がるまで走るのを待っている子どもも珍しくありません。

競争意識が最初に表われるのは、達成に関してではなく、親の愛情や関心の獲得を巡って生じます。

たとえば、親が一人の子を抱くと、他の子も抱いてとせがみます。

愛情と関心を自分にも向けてほしいという訴えです。

このために、競争心には嫉妬が含まれます。

自己意識の発達にともない、しだいに自分と他者の達成度や能力などを比較するようになります。

そして、優劣により自己価値感を高めたり、低めたりするようになるのです。

学校生活は、とりわけ、この点で大きな影響を与えます。

なぜなら、学校では、同じ時間に同じ課題をおこなうことが求められ、達成の水準が評価されるからです。

このために、地道に取り組めば達成できるという自己有能さの感覚を獲得できるか、あるいは自分はだめだという劣等感を強めてしまうかの発達的危機の段階といわれるのです。

さらに中学生や高校生ともなれば、こうした有能感や劣等感を含んだアイデンティティを形成していきます。

しかし、この場合でも、達成の客観的水準が自己価値感にそのまま影響するわけではありません。

基底的自己価値感が確固とした子どもは、自分の達成や能力が客観的に劣っていても、それにより自己価値感が大きく揺るがされることはなく、劣っているという事実を受け入れ、その影響は自我の限定的な領域にとどまることになるのです。

人のために役立つこと

達成による自己価値感の高揚をもたらし、達成を促進させる機能を果たすのは、達成に対する周囲の反応です。

達成を賞賛し、わがことのように嬉しく感じてくれる人が、達成の喜びを増幅してくれるのです。

父の日に保育園で描いた父親の絵を、家に持ち帰って父親にプレゼントする。

目や鼻の位置がおかしくても、喜んで部屋に飾ってくれる父親。

そうした父親の姿を見て、子どもも嬉しく、自分を誇りに感じるのです。

子どもが作った段ボールのイスを、つぶさないようにそっと座って「快適、快適」と喜んでくれる父親。

そうした嬉しく照れくさいような子どもの頃の記憶。

こうした体験が、子どもに自己価値感をもたらすのです。

このような体験を通して、達成は人の役に立つ喜びと結びついていきます。

家の手伝いをしたり、弟や妹の面倒をみたり、中高校生ともなると、クラス活動、部活、学校行事などでいろいろな役割を担うようになります。

こうしたことが他の人の役に立つ自分という自己価値の感覚をもたらしてくれるのです。

とりわけボランティア活動は、人の役に立っている自分が実感でき、ストレートに自己価値感を高めてくれるものです。

仕事を持つ

仕事は、青年期以降、自己価値感のもっとも大きな源泉といえます。

アルバイトの体験は、自分でお金が稼げるというちょっとした自信と、いまの自分にお金が支払われる価値がある、という仕事への準備的な自己価値の感覚を与えてくれます。

自分の適性や興味・関心、これまでに得た自信、自分なりの将来設計、これらの重なり合う延長線上に青年は仕事をイメージし、職業を選択することになります。

就職した職場で一定期間継続できれば、この仕事でやっていける、という自信を与えてくれ、仕事で得られた自信は、自分がこの世界を自分の力で生き抜いていけるという広汎な自信へと広がっていきます。

さらに、やがて新しい家族を作り、新しい生命を育てる、という次世代へとつながる自信へと発展していきます。

仕事とは、その人の全人格をかけた活動です。

仕事とは、人が最大の知性と最大の能力と最大のエネルギーを持ってぶつかる対象です。

また、仕事は、自分の達成感や満足感ばかりでなく、収入や名誉、賞賛、感謝など、自己価値感を支えるいろいろな要素と結びついています。

このために、多くの人にとって仕事は生き甲斐となり、自分の人生に意義を与え、自己価値感の拡大をもたらすものとなるのです。

女性においては、子どもを産み、育て、家庭生活を切り盛りすることで、相応の自己価値感を獲得できます。

それでも、職業生活の体験は、いっそう自信と人生への意義を感じさせることでしょう。

友情関係

友情とは、お互いをあるがままに受け入れ合う関係であり、友人とは支え合い、励まし合い、刺激し合って人生を一緒に広げていく存在です。

それゆえに、それぞれの発達段階で相応の自己価値感をもたらす作用があります。

幼なじみは、空間と時間を共有したことで多くの共通体験をするために、お互いのなかに、お互いの人生がしっかりと位置づけられていることが感じられます。

いくつになっても無条件に相手を受け入れ、相手に受け入れられる対等の関係で、ほのぼのとした自己価値の感覚を与えてくれます。

小学校の高学年から中学にかけて、男子は数人程度、女子は三名程度の結束のかたい友達関係を結びます。

この仲間で価値観や秘密を共有し、ときに歓楽街に入り込んだり、アダルトサイトを覗き見たり、社会規範から逸脱する行為をします。

また、喫煙や万引きなど非行行為をする場合もあります。

このために、発達心理学ではこうした年齢の子どもを「ギャング・エイジ」と呼んできました。

このギャング・グループに依存することで子どもたちは公然と、あるいは密かに親や学校に反抗しますが、これにより、子供たちは、ちょっぴり大人になった自信を実感するのです。

そして、この自信が、これまでの圧倒的な力を持つ親に対抗する自信を与えてくれ、反抗期が出現します。

親への反抗は、親の「くびき」を離れる自信へと発展します。

青年期の友情は、単に行動を共有するだけでなく、価値観を共有したい欲求に裏付けられています。

このために、青年の友情は、語り合う関係が優勢になります。

心の思いを何時間も語り合い、親にも兄弟にも明かせないことを話します。

友はわがことのように受け止めてくれ、相手の思いを、自分のこととして受け止めます。

こうした心のうちのやりとりが、高揚した自己価値感をもたらしてくれる体験となります。

恋愛体験

多くの人にとって、恋愛ほど自己価値感覚と自己価値の感情への陶酔をもたらしてくれるものはないでしょう。

この世でたった一人、かけがえのない人として選ばれた喜び。

相手の心に自分が満ちている喜び。

賛美し、理解してくれる存在がいることの喜び。

相手をこれほどまでに大事に思える自分。

相手のために献身してあげたいと思っている自分。

相手を何から何まで理解してあげたいと思える自分。

世界は二人だけのものになり、結び合う二人の世界がどこまでも広がるかのような自己価値感の高揚と陶酔がうまれます。

恋愛は、友情によってある程度の練習がなされます。

友を思いやること。

友を理解すること。

友を守ること。

友に上手に甘え、甘えさせること。

こうした友情体験が、恋愛をより満足のいくものにするのです。

しっかりした友情を結びあえる人が、恋愛においても豊かな結びつきを得られるものといえます。

恋愛は、自己価値感が希薄だと歪んだものになりがちです。

自己無価値感を補うために、相手を利用してしまうからです。

たとえば、満たされなかった甘えの感情から、一方的に甘えさせてくれる対象として恋人を求めたり、自分の優位性を感じたいために恋人に服従を求めたりしてしまいます。

しかし、同時に、恋愛には、無価値感を修復する機能もあります。

恋愛によって癒され、建設的な人生への意欲を取り戻し、幸福な自己価値感人間へと変わる例も少なくありません。

結婚生活と子育て

結婚し、健全な家庭生活を営んでいくこと自体、自己価値感の大きな源泉となります。

さらに、子どもの誕生は、自己価値感の高揚を明確に自覚させる出来事であります。

母親となる喜び。

父親となる喜び。

そして、この子をしっかりと育てる責任を引き受けようという決意。

こうした実感とともに、自分が過去、現在、未来をつなぐ存在となったという自分への尊厳、自己価値感の抑えきれない喜びが湧き上がるものです。

とりわけ、女性にとって子どもを産むという体験は、大きな自己価値感を与えてくれます。

生命の連鎖のなかに、しっかりと自分が位置しているという、誇らしげな感覚を体験します。

赤ん坊の誕生とともに、自分が一人の成熟した人間として生まれ変わったような感じがするのです。

子どもは無条件に親を信頼します。

自分が全面的に必要とされているという子育ての感覚は、ストレートに自己価値を実感させるものです。

さらに親は孫の誕生を喜んでくれますから、自分が親に喜びを与えることができたという意味で自己価値感を体験する女性もいます。

これまで、親に対して自己否定していた人も、子育てから得られる喜びに重ね合わせ、親に対する自分の存在を肯定的に受け止め直すことができることにもなります。