感情に影響する5つの要素

さて、感情と上手に付き合うためには、感情の仕組みについて理解しておくのが有利だ。

感情に影響を与えている「5つの要素」について解説しよう。

  1. 感情の3段階
  2. 忘れる対処
  3. 防衛(恨み)記憶
  4. 疲労・体調不良の3段階
  5. 自信

この5つの要素それぞれが相互に作用して、その感情の強さ、性質、プロセスが変わってくるのだ。

Fさんの事例で説明しよう。

1の「感情の3段階」とは、危機対応段階(3倍反応モード)、警戒段階(2倍反応モード)、予防段階(通常反応モード)のこと。

先に紹介したFさんの例は、Fさんの力だけでうまくいったように思えるかもしれない。

ところが実際は、かなりの幸運に助けられている。

一番の幸運は、Fさんがむっとした時に、お母さんがしばらくスマホを見てくれていたことだ。

電車の中という状況も良かった。

これがもし家の中なら、お母さんは、Fさんのむっとした顔を見て、さらに「だって大切な手続きでしょう」と強い調子で追い打ちをかけたかもしれない。

すると、どうなっただろう。

Fさんは、楽しい気分を台無しにされたと感じた段階で、3倍反応モードに達している。

お母さんの追加の一言に3倍大きく反応するので、あっという間に口喧嘩が始まり、いつものように、自分だけ家に帰る、という事態になったかもしれない。

このように、感情の発動は、それ以前の刺激をどれぐらい引きずっているかに大きく影響を受ける。

例えば、朝からトラブル続きで振り回され、帰り際にクレームの電話を受け、電車が事故で遅延して、ようやく帰り着いて聞いた妻の第一声が、「今朝、ゴミ出しを忘れたでしょ」だったら、多くの人が怒るだろう。

ところが、もしそんなトラブルがない穏やかな日なら、同じ妻の一言に「そうか、ごめんね」と素直に謝れるかもしれない。

つまりある刺激に対する反応は、刺激の大きさだけでなく、受け手がどの感情段階にあるかでかなり違ってくるのだ。

さて、Fさんは、お母さんの刺激を受け、一瞬3倍反応モードになったが、幸いそれ以上の刺激がなかったため、2倍反応モードに落ち着くことができた。

そんな時、これまでのFさんなら、「今日は楽しまなければならない日、小さいこと小さいこと。私は怒っていない」などと考えて、2の「忘れる対処」をしてしまう。

多くの現代人が多用する手段だ。

しかし、これまでも話した通り、「忘れる対処」では、感情はいつまでも警戒段階(2倍反応モード)にとどまることが多い。

すると、どうしても次の刺激で爆発しやすくなる。

また、このように忘れてしまう対処を繰り返すうちに、お母さんに対するネガティブなイメージが反復されて、感情は3「防衛(恨み)記憶」を育ててしまう。

Fさんの事例を見た時に、「それぐらいのことでムカッとすることはないのではないか」と感じた人もいるだろう。

ただ、Fさん的には、お母さんのそのような言動は、過去の嫌な体験の積み重ねとして「防衛(恨み)記憶」化しているのだ。

だからすぐに2倍以上の反応をしてしまった。

今回Fさんは、一瞬の我慢で乗り越え、忘れる対処ではなく、自分のイライラを「認め」、呼吸をすることで体を緩めた。

するとイライラした気分が収まり、思考もぐっと広がったのだ。

これにはFさん自身も驚いた。

これまでは、力ずくで忘れようとして忘れられず爆発するという、自分でも歯がゆく、情けないパターンに陥ることが多かった。

それが今回は、自分で自分をコントロールできた感じがある。

そのことでさらに、感情が収まり思考が防衛的でなくなった、

これが5「自信」の影響だ。

自分が「うまくやれる」という認識をもっている時は、感情もピンチを感じないので、敏感に発動しなくて済む。

逆に、自分をコントロールできない、うまくやれていないとなると、原始人として危ういと感じた感情は、さらに強力に発動しようとする。

このように、感情は刺激の影響だけでなく、自分がたまたまどの感情レベルにあるか、そのテーマに関してどれぐらいの防衛(恨み)記憶があるか、そのテーマについてどれぐらい我慢し、忘れる対処をしてきたか、そして、その感情に対し、どれぐらい自分でコントロールできる感覚を持っているかなどによって、大きく変わってくる。

「問題解決」より、「感情のケア」に力を注ぐほうが良いのは、これらの要素に対し、さまざまな方法でアプローチする手段があるからだ。

これからいくつかの方法を紹介していくが、実は感情に影響を与えているもう一つの大きな要素がある。

それは4「疲労・体調不良」という要素だ。

蓄積疲労・体調の悪さには、別の対応が必要

Fさんのケースでは出て来なかったが、もし、前もっての刺激も少なく、防衛(恨み)記憶もなく、忘れる対処や我慢も少なく、自信もある程度は持っている人がいるとしよう。

つまり、普段は感情的ではない人だ。

その人でも、ある小さな刺激に対して、大きく感情が働く状態がある。

それが、疲労しているか、体調が悪い時だ。

疲労や体調の悪さにも、深さがあり、「疲労・体調不良の3段階」で理解するとわかりやすい。

感情の3段階は、感情が大きくなる理由もわかりやすいので、「表の3段階」と呼ぶのに対し、疲労・体調不良の三段階は、本人にも周囲にもその進行が見えない(わからない)ことが多いので、「裏の3段階」と呼んでいる。

疲労や体調不良の度合いが2倍反応モードにあれば、同じ刺激でも2倍、大きく感情が刺激され、また2倍疲れる。

もしこれが3倍反応モードになったら、同じ刺激に対し3倍傷つきやすく、3倍の疲労を感じてしまう。

すると、上司の日常の指導を、人格を否定されるほど激しい指導に感じ、8時間労働を24時間ぶっ続けで働くような疲労に感じてしまう。

例えば、出来事Aの時には、たまたま体調もよく、疲労もたまっていなかったとしよう。

感情は「表の2倍モード→通常モード」に低下していった。

ところが、たまたまその後、仕事や家庭のトラブルが続いてエネルギーを消耗し、裏(疲労)の2段階になった時にAと同じような出来事Bに遭遇した。

本来であれば大したことのない出来事なのに、前回より2倍強く反応してしまうのだ。

裏の3倍反応モードが恐ろしいのは、その「継続時間」だ。

表の3倍反応モードは、例えば怒りなら数秒しか続かない。

強い怒りを感じても、6~10秒もすれば少し落ち着くのだ。

不安の場合でもパニック的な反応(3倍モード)は数時間で収まってくる。

ところが、裏の3倍モードは、疲労がある程度回復するまで続いてしまう。

例えば数ヵ月はその状態にあることがめずらしくない。

裏の3倍反応モードも、表の3倍反応モードと同じように、2倍反応モードの状態の過ごし方が特に重要になる。

裏の2倍反応モードでは、頑張ることで何とかパフォーマンスを維持できてしまうからだ。

しかし、そうすると疲労や体調不良はどんどん進んでいってしまう。

蓄積疲労・体調不良についての基本的な対処方法は、感情のケアではない。

まずは休養が必要だし、それを効果的にするのが、医療の活用だ。

もしかして、単なる疲労の蓄積だけでなく、精神的・肉体的な病気のせいで、感情をコントロールできずに、人間関係の疲れが出ているのかもしれない。

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感情ケアのツール「下げる」「触れる」「考える」

感情のケアには、感情の3段階に応じて「下げる」「触れる」「考える」の三つのカテゴリーのツールがある。

再びFさんのケースを見てみよう。

Fさんは自分の怒りの感情を認め我慢することと呼吸法で体を落ち着かせた。

この二つで、まずは感情の危機対応段階(3倍反応モード)を逃れている。

これが感情を「下げる」という作業。

そのあと、そのことを力ずくで忘れずに改めて振り返った。

これが感情に「触れる」。

そして、夜にもう一度触れた後で、お母さんのことについて意識的に再考してみた。

これが「考える」である。

感情を「下げる」「触れる」「考える」については、それぞれ具体的な方法や、ポイントがあるので、紹介していこう。

感情を下げるツール

感情に翻弄されたら、まずは表の3段階の影響に対処したい。

それ以上の刺激を避ける、簡単に衝動的な行動をしないことが重要だ。

Fさんは怒りをとりあえず我慢した。

我慢自体は、衝動的な行動を避けることができるので、優秀な対処法である。

ただ、そればかりだと疲れるし、感情のプロセスを阻害する。

我慢は、それが有効な時に短時間に限って使いたい。

例えば、怒りの場合の初動は、我慢が有効だし、怒りの強力な衝動には、理屈よりも力業の我慢で乗り越えるしかない。

ただ、それも「怒りなら6秒から10秒で大きな波が収まる」という知恵があればこそ。

長い我慢ではなく、瞬発的な我慢なら、それほど我慢強くない人でも使える。

ピークを越えたら、感情の勢いがもう少し収まるまで、さまざまな工夫が必要だ。

ポイントが三つある。

一番大切なのは、引き続きしばらくの間は、追加の刺激を入れないこと。

できれば、1人になるか、気分を紛らわせるか。

物理的に対象から離れられない場合、精神的に距離を取ろう。

注意を他の物に向けるのだ。

あなたの注意や関心を引き付けてくれやすいものを探しておくといい。

二つ目は、体を緩めること。

感情は命がけの反応なので、体が緊張する。

この緊張を緩めると、自然に心も緩んでくる。

三つ目は、安心できること。

しかも、原始人的感覚で。

感情はイメージで増幅される。

雰囲気やイメージをうまく使って、少し安心できると、感情が収まる方向に動きやすい。

この「下げる」ツールは、案外みなさんそれなりに持っているはずだ。

セミナーで「感情が高ぶった時、我慢以外に、どういう行動(心理的対処)をしますか」と聞くと、いろんな答えが返ってくる。

本当に個人差が大きく、ある人にとって有効なものは、他の人にとっては、逆につらさを増大するものもある。

どれがいい、どれが悪いというものではない。

そのツールが自分にとって、先の三つのポイントのどれをどう刺激するかによって、効果が変わるだけだ。

みなさんがよく使っている対処法の効果を三つのポイントで解説すると、やけ食いする、は原始人的にエネルギーを補給し安心できる効果がある。

音楽は、感情や刺激から心理的な距離を取れるし、安心の雰囲気をもたらしてくれる。

映画はストーリーがあるので注意を引き付けてくれ、これも心理的な距離を取ってくれる。

運動もそのことに集中するので、心理的な距離を取ってくれるし、運動の後にはリラックスし、脱力できる。

楽しいことやお酒も心理的距離を取ってくれる。

恋人や家族、友人とのおしゃべりは、安心の雰囲気を与えてくれる。

このような「忘れてしまう対処」も、「下げるツール」としては、とても有効なのだ。

ただ先に「我慢」で触れたように、それだけに頼るのではなく、最適な段階で、一時的に、上手に使いたいものだ。

ただし、この「下げる」作業は、どうしても元の感情の否定になる。

なので、その作業の前に、あるいはできるだけ早く、元の感情を「認める」という作業を行うことが重要だ。

Fさんは、怒りの衝動を我慢で乗り越えた後、まずはムカついたことを認めた。

そして次に、呼吸法で体を緩めた。

「下げる」ためのツールは、いくつか持っておくといい。

色んな状況でも使えるためだ。

ただ実際に3段階になった時には、思考が硬直するため、いろいろなツールを持っているのに、結局「我慢」と「力ずくで忘れてしまう」だけになってしまうことがある。

そこで、落ち着いている時に、自分の持っている「下げる」ツールを洗い出し、パニックでも思い出せるように工夫しておくとよい。

呼吸する、寝る、歩くなど。