傷つきは自分を成長させる
たとえ心を強く鍛えても、傷つかないことなどありえないと思われます。
誤解されることがあるでしょうし、それまでの物事の流れを知らなかった人に、不用意な対応をされることもあるでしょう。
誠意が通じないで、裏切られることがあるかもしれません。
傷つかない鋼のような心を持つ人。
鈍感で人を傷つける人。
それよりは、自分は傷つきやすくても、繊細な心のままでいい。
傷つくことは、より深い自己洞察のチャンスでもあります。
エリクソンも指摘しているように、心の危機とは、「危」険と同時に「機」会(チャンス)でもあるのです。
可能な範囲で、傷つきを糧にして成長していきたい。
傷つくことを恐れる心、傷つきから立ち直ろうとする心、これを建設的なエネルギーにできれば、かえってチャンスに変えることができるでしょう。
たとえば、傷つくことが恐ければ、物事一つ一つに誠意と注意を持って取り組むエネルギーとすることができます。
人前で傷つかないよう、十分準備するためのエネルギーになります。
また、自分が傷つくことが嫌ならば、それだけ他の人に対して傷つけないよう配慮するエネルギーにもなります。
生老病死が、人間の四大苦悩といわれます。
「生」そのものが苦しみなのであり、生ある限り傷ついたり、悩んだり、そうした状態がないことなどありえません。
これらのつらさや苦悩に真摯に向き合うことによって、人としての深みある成長がなされるのです。
そうは言っても、傷つくことはつらいことです。
できれば最小限に抑えたいものです。
不必要な傷つきは、避けたいものです。
そのためには、どのように努力すればよいのでしょうか?
以下、その術を探っていきます。
自分を知る
傷つきやすさの原因は、自分の心のなかにあります。
劣等感や怒り、恨み、妬みなどの感情を蓄積していると、ちょっとしたことで過剰な感情反応をしてしまうのです。
傷つくこととは、いわば、過去の自分の感情に反応していることでもあります。
だから、なぜこんなに傷つくか、自分でもわけがわからないことが多いのです。
このために、自分のなかの傷つけられやすい傾向を知っておくことは、とても有効なことです。
・傷つくことを恐れ、過度に防衛しようとしていないでしょうか?
・自分や相手に完璧を求め過ぎていないでしょうか?
・つい人と比べてしまうということはないでしょうか?
・触れられたくない劣等感はないでしょうか?
・過去の生育歴から、過度にこだわってしまうことはないでしょうか?
・勝手に相手の意図を悪く推測してしまう傾向はないでしょうか?
・人の目に映った自分を気にし過ぎることはないでしょうか?
自分の持つ「ラケット」を明らかにすることも効果的です。
ラケットとは、交流分析理論における概念で、その人が無意識のうちに求めてしまう感情のことです。
この感情は、それぞれの人で、だいたいいつも決まっています。
ある人は悲しみであり、ある人は怒りであり、ある人は妬みであり、ある人は自己嫌悪であります。
ラケットは、小さい頃からその人が慣れ親しんできた感情で、その感情に至る行動を無意識のうちにしてしまう習性があるのです。
傷つきやすい人とは、傷つき感情がラケットになってしまっているのです。
こうした自分の心の傾向を知っておくと、傷つきそうな場面で、「ああ、自分のこの部分に触れたからだな」と理解できます。
「また、いつものラケットを求めているな」と意識することができます。
これによって、その場を客観的に見ることができ、傷つきの程度が抑えられます。
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思い切ってやってみる―フラッティング法―
フラッティング法とは、行動療法の一技法で、要するに恐れていることを思い切ってやってみることです。
一時感情が洪水のように襲うかもしれませんが、その後は平気になることがあります。
ちなみに、フラッド(flood)とは、洪水のことです。
傷つきやすい人は、傷つくことを恐れて、いろいろな場面から遠ざかろうとしています。
このために、傷つきへの耐性が作られず、場面への対処法が身につきません。
それで、ますます傷つくのではないかという恐れだけが、ふくらんでいくのです。
ですから、恐れていることは、本人の頭の中だけのことである場合が多いのです。
このために、思い切ってやってみると、意外に吹っ切れる場合があります。
NHKの朝の連続テレビ小説の主役は、演技の素人が選ばれることが少なくありません。
そうした人の演技指導等を担当してきた佐奈田恒夫氏によると、自分を解放させるために、相手役になる俳優と「バカヤロー」などと罵詈雑言をぶつけ合わせるのだそうです。
これがなかなかできない人がいるのですが、できると気持ちが吹っ切れて、演技でもリラックスしてその人の言い面も悪い面も出せるようになるのだそうです(日本経済新聞 2002年3月19日朝刊)。
人に飼われている象が、鎖で杭につながれています。
象が本気を出したなら、あの程度の鎖などひとたまりもないはずなのに。
巨象でさえ、思い込みから無力になってしまうのです。
傷つくことを恐れ、自分で自分を縛ってしまっているのです。
もうちょっとでできそうな感じがするなら、思い切ってやってみることです。
傷つくことを無駄に恐れていたことが分かり、吹っ切れることがあります。
また、たとえそのとき傷ついて終わっても、自分で飛び込んでいった結果であると、意外に傷つきの度合いが少ないものです。
けっこう平気でいられる自分を発見することがあります。
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役割に徹する―役割演技法―
何かをしなければならないとき、「自分」が評価されると思うから、恐いのです。
ただ、「役割」を果たすのだと割り切れば、「自分」が傷つく恐れは低くなります。
たとえば、レポートを多くの人の前で発表したり、上司に仕事の報告をしなければならない時、それによって自分という人間の能力や価値が判断されてしまうと思うから不安になってしまうのです。
自分が評価されると考えると、どうしても自分を守ろうとする方向へと意識が向きます。
守るためには、落ち度があってはいけません。
そのために、落ち度のない完璧さを求めることにならざるを得ません。
しかし、完璧さなど、もともと無理なのです。
そのために、恐ろしくなってしまうのです。
守ろうとする意識は、物事が終わったあとも、傷ついたとか、傷つかずに済んだなど、もっぱら自分の心がどうであったかに関心を向けさせます。
その場をうまくやり過ごすことができたかどうかが、主な関心事になってしまいます。
そうではなく、レポートの発表なら、レポートの中身をしっかりと聴き手に伝えることが求められている役割なのです。
上司への報告なら、現在の進捗状況や問題点、あるいは、それにどのように対処しようとしているのかなどを正確に伝え、上司の判断を仰ぎ、指示をもらうことが求められている役割なのです。
このように自分を役割として考えると、どのように論旨を組み立てたら分かりやすいか、どのような提示方法を使うかなど、具体的な方策へと意識が向かいます。
上司からの非難を避けようとするのではなく、積極的に問題点や反省的も報告し、そのことによって上司と責任を分かち合うという体制を作ることができます。
行動の結果についても、自分が傷ついたかどうかではなく、伝えるべき内容をうまく伝えることができたか、という点が自然に評価の中心になります。
傷つきやすい人のなかには、子ども時代の役割を自分と相手に無意識のうちに投影してしまう人も少なくありません。
上司に対して過度に緊張してしまったり、上司の言葉にひどく感情を乱されてしまう人は、気付かないうちに、上司を親と置き換えてしまっているのです。
上司に対して、親の前に立たされた無力な子どもとしての自分という役割をとってしまっているのです。
拒食症やギャンブル依存症などの治療を行ってきたG.L.ジャンツは、こうした人に「現実チェックの方法」を推奨しています(白根伊登恵訳『あなたは変われる 言葉や態度に傷つけられた心を救う本』毎日新聞社 2002年)。
それは、雇い主のオフィスのドアを開ける前に、「彼はぼくのお父さんじゃない。単なる上司だ」と自分に言い聞かせることだそうです。
あるいは、女性の主任に仕事のことで注意されたら、「彼女はお母さんじゃないし、私はもう子どもじゃない」と心のなかで確認することだそうです。
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模倣する―モデリング法―
性格的に自分が理想とする人がいるならば、その人のまねをすることから始めると楽です。
これを臨床心理学ではモデリング法といいます。
細かいことでも、とにかく自分ができそうなことから少しずつ広げていくことです。
職場を見渡すと、柳のようなしなやかさで、傷つくことなく自分を維持している人がいるかもしれません。
傷ついても、うまく発散させている人がいるかもしれません。
そうした人のコツをまねすることです。
私も学生時代から優れた人のまねをすることによって、自己形成をしてきたという実感があります。
寮の仲間、クラスの仲間、先輩、恩師、勤務先の同僚等々。
現在でも、このような時、あの人だったらどのように考え、どのように対処するだろうかなど、その人になって対処方法を考えてみることが少なくありません。
その人をまねようと思って見ていると、図太いとしか見えなかった人でも、意外に小心な部分があったり、結構弱気が隠れていることを発見します。
これが、自分と同じであるという安心感をもたらし、いっそう人間味を感じさせられたものであります。
「自分にはできない」「自分には似合わない」などと思わず、「まず、まねしてみる」ことをおすすめします。
幼い子どもを見れば分かるように、人はもともとまねをすることによって成長していく動物なのです。
その「まね」が、しだいに本物になっていきます。
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ストレス耐性をつける―ストレス免疫訓練法―
傷つき場面とは、ストレス場面にほかなりません。
ストレス場面にほかなりません。
ストレスに対する抵抗力を強めておけば、傷つくことはすくなくなります。
また、たとえ傷ついても、その程度が軽くてすみます。
ストレスに対する抵抗力をつけるために考え出されたのが、D.マイケンバウムらにより体系化されたストレス免疫訓練法です。
ご承知のように、免疫とは一度身体に弱い菌が侵入することにより、その菌に対する抵抗力ができ、病気にかかりにくくなるものです。
これと同様に、弱い心理的ストレスを与えて、それに対処する仕方を訓練し、ストレスへの抵抗力を高めようとするのがストレス免疫訓練法です。
正式の訓練法は、教育、リハーサル、適用訓練の三段階で行われます
教育の段階
トレーナーとクライアントとの話し合いにより、クライアントが感じやすいストレスの性質を明らかにし、ストレスについての理解を深めます。
リハーサルの段階
自律訓練法やリラクゼーション法、セルフ・ステートメント法など、ストレスへの具体的な対処技法を習得します。
適用訓練の段階
習得した技法を適用してみます。
最初は訓練室においてロール・プレイ(役割演技法)などで練習します。
その後、実際に日常生活で適用してみます。
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本来は専門家であるトレーナーの指導のもとに行われますが、自分なりにやってみることで、ある程度習得できます。
また、これらの全部を習得する必要はありません。
自分に合うと思う方法を一つ習得すれば、それが頼りになります。
心理学依存症とでもいえるような人がいます。
心理学関係の本をむさぼるように読む人です。
優しく癒される言葉が並んだ本を読むことで、安らぎを得ているのでしょう。
しかし、本をいくら読んでも現実に救われることはありません。
読んでいるときの一時の安らぎが得られるだけです。
そうではなく、たった一つでもよいですから、自分の救いになる心のコントロール技術を持つことです。
自分にあった技法を一つか二つ習得して、それに依存する方がずっと有効です。
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セルフ・ステートメント法
マイケンバウムの提唱するセルフ・ステートメント法(自己陳述法)の基本的な考え方は、ストレスとは、それ自体が脅威なのではなく、認知によって脅威的なものになっていることが多いということです。
まず第一に、ストレスに弱い人は、物事を否定的な方向へと考えやすい傾向があるのです。
このために、実際以上に強いストレスを感じてしまうのです。
たとえば、上司から仕事を頼まれたときに、ストレスに強い人は「自分を信頼して仕事を任せてくれたのだ。できるかぎりがんばろう」と積極的に考えます。
ところが、ストレスに弱い人は、「自分にできるだろうか」とか、「失敗したらどうしよう」などと、悲観的な考えがまず浮かんでしまうのです。
第二に、ストレスに弱い人は、自ら傷つく恐れをかきたててしまっているのです。
傷つくことの脅威を過大視して、傷つきたくないという心を必要以上に強めてしまいます。
そうすると、心はもっぱら自分を防衛する方向に向くことになり、防衛が破られることの恐れが強まってしまうのです。
第三に、ストレスを感じやすい人は、無意識のうちに自滅的なセルフ・ステートメントを行う傾向があります。
たとえば、「自分にはとても無理だ」
「だめだ、どうしよう」
「もう、だめだ」等々。
こうした自滅的なセルフ・ステートメントは、自滅的な行動へと導くことになります。
事態に合理的に対処しようとするのではなく、認知をゆがめたり、無視したりするなどして、非合理的な行動によってその場を回避しようとしてしまうことになります。
セルフ・ステートメント法とは、こうした否定的な認知傾向や思考傾向を、自己陳述によって肯定的な方向へ変えようとするものです。
自分の言葉によって、行動を建設的な方向へとコントロールしようとするものです。
マイケンバウムがあげる例を参考に、使いやすく有効だと思われるステートメントを幾つかあげておきます(D.マイケンバウム著、根建金男訳『認知行動療法―心理療法の新しい展開』同朋舎出版、1992年)。
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ストレスが予測されるときに
「今、しなければならないことだけを考えよう」
「否定的に考えないようにしよう。理想的に考えよう」
「心配しない、心配しても何の役にもたたない」
ストレス事態に直面したとき
「元気を出そう。自分はこの試練に立ち向かうことができる」
「焦るな。ワンステップずつ。そうすればきっとうまくいく」
「深呼吸し、リラックスしよう。大丈夫うまくいっている」
「心配するな。今は、しなければならないことだけを考えよう」
ストレスで感情が混乱しているとき
「今、現在のことに集中しよう」
「自分が今しなければならないのは、これだ」
「恐いのは当たり前。つきあっていこう」
これらのうちから、自分にとって有効で、ピッタリくる言葉を使えばよいのです。
そして、うまく処理できたら、次のような自己強化セルフ・ステートメントを行います。
自己強化のセルフ・ステートメント
「やった!」
「うまくいった。よくやった」
「だんだん良くできるようになっているぞ」
「えらいぞ、よくがんばった」
自分の否定的・自滅的な口癖や思考傾向をチェックしてみてください。
そして、日常生活の中で、これを逆の肯定的なセルフ・ステートメントに置き換える努力をすることです。