寛容力が無い人が寛容力を育む方法

寛容力が無い人が寛容力を育む技術

部下にイライラしてしまう原因

人に寛容でありたい、と思いながらも、つい油断して不寛容になってしまいがちなのが、職場での人間関係―特に自分より立場が下の部下に対してなどかもしれませんね。

たとえば、あなたが、ある部署の課長だとして、部下の一人に、「この資料の取りまとめを頼む。明日の会議で使うから、早めにやっておくように」と指示したとしましょう。

ところが、部下はなかなか手をつけずに、同僚と話をしたり、席を外したり、別の作業をしたりしているようです。

今日の彼は、朝からなんとなく気合いが入っていないような感じです。

それを見ていたあなたは、イライラし、耐えきれなくなり、「どうしてすぐにやらないんだ?〆切の迫っているものから取りかかるべきだろう?」と注意すると、部下は、「この次に取りかかるつもりだったんですけど・・・」と言い返してきたので、あなたは「言い訳はいいから早くやれ!」と、ついにキレて、声を荒げてしまいました。

部下もさすがにこれ以上は言い返すことができません。

部下の「はい・・・すみません。わかりました」という返事を聞き、あなたは溜飲を下げました。

しかし、この日を境に、部下は一気にやる気をなくしてしまいました。

ときどき、なるほどと思うような鋭い意見を出す人物だったのに、その能力は、すっかりなりをひそめてしまい、会議などで発言をする回数もぐんと減ってしまいました―。

じつは、このようなシーンは、多くの職場で起こりうることですが、あなたがそんな部下に対して、最近の若いやつは覇気がない、いわれたことしかやらないし、いわれたことも満足にできない・・・などの不満を口にしているなら、自分自身にこう問いかけてみてください。

「そもそも、部下に指示した仕事の『本来の目的』はなんだったのか?」と。

明日の会議で使う資料を、部下にまとめてもらう―これが本来の目的だったはずです。

しかし、あなたは、「部下のくせに、上司の私が指示した仕事を優先しなかった」ことに対して腹を立て、その結果、目的がすり替わってしまった。

「部下を従わせること」が目的になってしまったのです。

相手の事情をきちんと知る

振り返ってみれば、その日、部下を叱るまでに、イライラをふくらませる別の火種が何かあったのかもしれません。

たとえば朝、部下の「おはようございます」という挨拶が無愛想だった―というような。

そんなとき、部下の視点(相手視点)になってイメージしてみるのも有効です。

部下は前日の夜、残業を頑張っていた。

そのせいで寝不足となり、体調が思わしくなくて、朝の挨拶に元気がなかったのかもしれない―。

そんなふうに思えば、怒りの勢いが弱まります。

また、相手の事情を直接、きちんと聞いてみることも大切です。

そうすれば、部下の「取引先から資料の提出を催促されていたため、その資料をつくる仕事を優先させていた。

課長からいわれたことは、ミスなく作業をするためにも、取引先用の資料をつくり終え、先方にメールで送ってから、じっくりやろうと思っていた」という事情がわかるかもしれません。

そうすれば、頭ごなしに叱りつけるのではなく、「そうだったのか。取引先への資料提出は、急がなければならないね。ではそのあと、よろしく頼むよ」と、対応はまるで違ったものになったはずです。

より大きな目、長い目を持つと生きるのが楽になる

リーダーというのは「仕事の方向性を示す」だけでなく、「部下のモチベーションを上げる」ことにも常に配慮しなければならない役割を持っていると考えています。

「こうしなさい」と方向性をただ示すだけで、部下のモチベーションを上げられないリーダーは、大きな目標を達成することが困難になります。

怒りというのは、「反撃してこない相手」に向かいやすいのです。

部下というのは、いうまでもなく上司より立場が下なので、反撃してこない可能性が高い存在でしょう。

だから、上司は、イライラを部下にぶつけやすくなります。

しかも、怒りというのは、それを発したときに一瞬、スカッとするような快感をともなう、ということも注意点として覚えておかねければなりません。

・部下の能力や強みを把握し、それを活かすことができる人
・部下を励まし続け、部下のモチベーションを高められる人

このような上司のもとであれば、部下は、本来持っている実力を発揮することができます。

いままでと同じやり方が通じなくなった閉塞感をどの業界も感じている時代です。

その閉塞感を打ち破るためのアイデアは、フレッシュな感性を備えている若者が持っている可能性が高いのです。

部下をもっと大きな目、長い目で見たいものです。

若者の悪いところばかり見つけて責め立てる「クレーマー大人」になっていませんか?

自分も若い頃、意見をいってもまともにとりあってもらえず悔しい思いをしたな

そんな気持ちを忘れずに若者と接するのも「寛容力」を育てるコツかもしれません。

自分が正しいと思っていることを疑ってみる

もっと寛容力がほしい、もっと心の広い、器の大きい人になりたい、と日々悩んでいる人たちは、じつは共通している部分が多いと感じます。

まず、自分に対して厳しい、ということです。

これまで何度か強調してきましたが、大切なポイントなので簡単に復習しておきます。

たとえば、疲れとストレスで、もういっぱいいっぱいなのであれば、最優先でやるべきことは、自分自身に休息を取らせることです。

本能が「もう限界だ、これ以上は疲れやストレスを近づけないで」とSOS信号を出してきているのです。

なのに、自分に厳しい人は、「いや、頑張らなくては!」と、自らを奮い立たせ、さらに疲れとストレスをためて、結果的に他人にも厳しくしてしまいます。

じつは、他にもいくつかの共通点があるのです。

たとえば、「うまくやっている人ばかり見ている」ということです。

自分には嫌いな人や苦手な人がたくさんいる。

でも、他の人は自分よりうまく人とつきあっているように見える。

どうして自分はうまくできないんだろう・・・。

そんなふうに自分を責めてしまいます。

さらに、寛容力に悩む人たちには、自分の「やり方」や「こだわり」をそのまま「正しいこと」だと思い込んでいる、という共通点があります。

たとえば、「自分は、仕事はスピードこそ何より重要だ、と思っている。

だから、休日に受け取ったメールでもすぐに返信をするのが当然だ」という人がいたとしましょう。

そんな人が、とある休日に、取引先の担当者にメールを送りました。

しかし、まったく返信がない。

すると、「こっちは休日でも対応しているのになぜ返信がないんだ!」と憤慨したりするのです。

それはちょっと違うでしょう、といいたくなりますよね。

でも、こういう人は思いの他、多いものです。

「仕事はスピードこそ重要」「休日でも迅速に対応する」というモットーはいいのです。

しかし、それを、周囲に押し付けることはできません。

「自分のやり方が常識だ」「自分こそ正しい」と思い込むようになると、他人に攻撃的になります。

いつでもどこでも誰かにふつふつと怒りを抱くようになる。

そして、その怒りを発しては他人を責め、自分も責め、その怒りにフタをしては不必要にエネルギーを消耗させる。

いずれにしても、イライラがどんどん加速し、物事がうまくいかなくなるのです。

そうならないためには、自分の「常識」や「正義」などの価値観を客観的に検証してみるといいでしょう。

たとえば、日本に観光に来た、外国人旅行者のゴミの捨て方などのマナーの悪さに私たちは怒りを感じます。

しかし、数十年前は日本人も同じだったことを覚えています。

そこらへんにゴミやタバコの吸殻を捨てるし、立ちションもしていました。

それなのに、現代の衛生的な生活に慣れてしまうと、私たちはそう振る舞えない人を「不快」に感じます。

だからといって「自分たちこそ正義だ!」と攻撃したりせず、相手の日常や環境、精神風土を理解しようとするのが、成熟した社会に生きる私たちの寛容力ではないでしょうか。

他人の振る舞いが許せずにイライラする人。

相手の悪いところばかり挙げて責めてしまう人。

そんな人は、自分の正義や常識という価値観をチェックし、逆の価値観にも目を向けてみてください。

相手のためではありません。

自分のため。

いまよりずっと、生きるのが楽になります。

広く大きい心理の寛容力

平常心のときに、やっておいた方がいいこと

「怒り」という感情がいかに私たちの心身を乗っ取るか、ここで改めてまとめてみましょう。

  • 怒りは、人を疲れさせる
  • 怒りは、人に被害者意識を抱かせる
  • 怒りは、人に自責の念を強くさせる
  • 怒りは、人に自分こそ正義だと錯覚させる
  • 怒りは、人に勝ち負けにこだわらせる(本来の目的を忘れさせる)

このように怒りは、人から冷静な思考を奪い、人を極端な行動に向かわせようとする特徴を持っています。

怒りの感情は、ある出来事によって刺激を受けると、瞬間的に立ち上がりますが、その衝動のピークは、6秒から10秒ほどです。

ところが、すぐ「平常心」に戻れるわけではなく、その出来事への警戒期間はしばらく続きます。

また、強烈な刺激(ダメージ)を受けた場合、その怒りは「恨み」となり、一生ものの苦しみ(トラウマ)になることもあります。

怒りが、そんな危険な「恨み」にならないようにするためにはどうするか?

その怒りがONのときに対処するのは、不可能です。

怒りによって人は「別人格」になっているような状態ですから、うまく対処できません。

したがって、怒りがOFF=平常心のときに、怒りの感情にうまく対処するスキルを磨いておくことが必要です。

怒りが収まり平常心に戻ったときに、「自分が正しいと思っていることが、必ずしもすべての人にとって正しいものではないこと、人はみなそれぞれの考え方や価値観を持っていること」を学ぶことが大切です。

たとえば、「私はどうしてあの人にイライラしてしまったんだろう。
たぶん、あの人が苦手なんだろう。
おそらくあの人のこういう非常識なところが嫌いなんだな」
と、まずは自分の気持ちを素直に認め、そのうえで、

でも、私の”あの人のこういう非常識なところが嫌い”というのは、本当に正しいことなのかな?
と疑ってみるのです。

また、自分の中だけで考えず、人に意見を聞いてみることもおすすめです。

平常心のときであれば、さまざまな意見に対して素直に耳を傾けられる状態になっているはずです。

そう考えると、怒りは自分の価値観に気付かせてくれ、学びのチャンスを与えてくれる感情なのかもしれません。

特に、現代のネット社会における人間関係というのは、直接の交流でないぶん、ささいなボタンのかけ違いが生じやすく、ギスギスしていく傾向にあります。

だからこそ、冷静なときに意識的に努めて、自分の価値観の洗い出し、見直しを行ないたいものです。

怒りは人に白黒つけようとする

怒りが湧いたとき、人は「意固地になる」ものです。

たとえば、幼い姉妹がいて、目の前に二つのショートケーキがあるとします。

ですが、上に乗っているイチゴが片方だけちょっと大きい。

母親は、お姉ちゃんに、「お姉ちゃんなんだから、〇〇ちゃん(妹)に譲りなさい」と、イチゴが小さいほうのケーキを取らせようとしました。

すると、お姉ちゃんは、「だったら、もう、いらない!」と、すっかりすねてしまいました―。

大人からすれば、ほほえましい光景かもしれません。

また、客観的に見るとケーキがもらえること自体は得であることは明白です。

しかし、本人は「不公平感」によって悔しさが頂点に達していて、何がなんでも要らない、という心境になっているのです。

これは、怒りという感情にある「いったん戦いがはじまったら、絶対に勝ち負けを決めたい」というメカニズムのためです。

妹に勝つ、つまり「イチゴの大きいケーキ」を得ることこそ勝利であり、それ以外の妥協点は認められないのです。

怒りの感情を理解するときは、太古の昔の原始人をイメージするとわかりやすいです。

古代においては、一度戦闘がはじまったら雌雄を決する、つまり相手を完全にやっつけるまで戦うのが常でした。

なぜなら、相手を完全にやっつけず、相手がまた元気になってしまったら、再び戦わなければならないからです。

すると、お互いに消耗してしまいます。

だから、怒りの感情は、「いったん戦いをはじめたなら、きちんと白黒つけろ」という強いメッセージを発するのです。

引き際のタイミング

怒りの感情は、人にとことんまで相手と戦わせようとします。

それほど怒りのパワーというのは強いものです。

それは積極的に相手を攻撃するときにだけ表れるものではありません。

相手に屈服することへの抵抗として表れることもあるのです。

たとえば、「謝る」のが苦手、という人がいます。

カウンセラーの教育研修の時でも、「ちょっと間違えたと思ったら、即座に謝りましょう」と教えられます。

ところが、みなさん、なかなか謝ることができないのです。

たとえば、クライアントから、「そういうことじゃないんですよ」と反論されたりしたとき、「すみません、ちょっとこちらの理解が違っていましたか?」と謝ってサッと引けばいいのに、それができずにムッと黙りこくってしまったり、自分の発言の理由を長々と説明したりしてしまうのです。

寛容力を高めるためには、「引く力」も必要なのです。

あるメーカーに勤めるAさんは、商品の卸先である会社の担当者Bさんと打ち合わせを行ない、納品日を取り決めました。

しかし、納品日までかなり時間があったので、「正式な発注書はあとで」ということにしました。

その後、納品日より一カ月も前に、Bさんから「納品をお待ちしているんですけど、まだですか?」と催促の電話がかかってきたのです。

Aさんが「えっ、納品日は4月×日でしたよね?そう決めたはずですが」と答えると、「違います。3月×日です。昨日が納期のはずでした」とBさん。

「4月といったはずだ」「いや、いってない。3月といった」・・・このような「いった・いわない」のトラブルはよくあることです。

これ以上の「いった・いわない」の議論をしても無駄だと思ったAさんは「わかりました。在庫はありますので至急手配いたします。正式な発注書をすぐにメールでお送りください」とお願いしました。

ところが送られてきた発注書は別のものでした。

すぐに連絡して指摘すると、Bさんは、こともあろうか「私も忙しいので、間違ってしまったんですよ!」と逆ギレしたのだそうです。

納期が間違っていると責められた。

しかも、間違った書類を送られた。

さらに逆ギレされた。

・・・「冗談じゃない!なんで私がこんな目に遭わなくてはいけないんだ!」と、怒りの応酬をしても不思議ではありません。

ところがAさんは、正しい書類が再送されてきたときに、「お忙しいところ、ご対応いただき、助かりました。速やかに手配するよう努めます。ありがとうございました」というメールを送ったのです。

すると、すぐに相手から「ありがとうございます。間違った書類をお送りしてしまい、大変申し訳ありませんでした。A様のご対応に感謝いたします」という謝罪と感謝のメールが届いたそうです。

常に相手より大人になる

Aさんは、「もちろん、理不尽なことをいわれている、という思いはすごくありました。
納品日もあきらかに先方の間違いでしたし、急なスケジュール変更も強いられたわけですから。
でも、そこでケンカになっても不毛だし、相手はお客さんだし、こちらから引いたんです」とおっしゃっていました。

怒りの応酬は、「相手が水をかけてきた、じゃあこっちはもっとかけてやる」という水かけ論に陥りやすく、その応酬を繰り返すほどに収拾がつかなくなっていきます。

水かけ論に陥りそうになったときに、「こんなやりとりは不毛だ。エネルギーの無駄だ。本来の目的を達成するために何をすべきか考えよう」と、サッと引くことができるのが「寛容力」です。

お互いの怒りがぶつかり合ったようなときに、私にも悪いところがあった、とどちらか一方が一言いえるだけで、水がサッと引くように事態が収拾することは、よくあるのです。

あなたが、その「どちらか一方」のほうになりましょう。

あなたが、相手より大人になりましょう。

そうすると、緊張場面を自分の力で上手に乗り越えられた、コントロールできた、という自信が湧いてきます。

Aさん自身も、最初からそのように振る舞えたわけではないようです。

ときには喧嘩をして何度も「仕事が悪い方向にいってしまった」、あるいは逆に、「サッと謝ることでうまくいった」という経験を繰り返すことによって、「引く力」を身につけることができたのです。

イライラは伝わってしまう

時には、まったく関係のない「他人の怒り」に対応しなければならないこともあります。

たとえば職場で、やたらイラついている人が近くにいる―。

そんなとき、誰しも「なんだか、嫌だな・・・」と思うものですよね。

なぜかといいますと、その人に気を遣わなければならず、自分の手持ちのエネルギーを消耗させられるからです。

すると、こちらもイライラしてしまうことになります。

イライラは伝わるのです。

そうならないためには、イライラしている相手からは「物理的に距離を置く」というのが、シンプルで賢い方法なのです。

たとえば、自分の近くの席にいる同僚が、どうもイライラしている。

何かあったようだ―。

そんなとき、席を外せるならなるべく外し、こっちも一緒になってイライラしてしまわないようにするのです。

そして、少し時間がたってから席に戻り、相手も落ち着きを取り戻したであろうタイミングで、「どうしたの?何かあった?」と聞けば、相手が「じつはこんなことがあって・・・」と冷静に話してくれる可能性が高まります。

この手順を踏まないと、相手のイライラをまともに受けてしまいます。

繰り返しますが、すると自分の手持ちのエネルギーを消耗させられて、こちらもイライラして対応してしまうことになり、それがよけいな火種、無用な火種となる危険性もありますので、注意が必要です。

「からだ電池」「こころ電池」

カウンセリングで、クライアントに対し、「からだ電池・こころ電池の充電量を数値化する」というワークを行なってもらうことがあります。

「からだ電池」の充電量とは、体のエネルギー量です。

「こころ電池」の充電量とは、心のエネルギー量です。

エネルギー(充電)量が満タンであれば、10点満点です。

エネルギー量が失われ、電池がカラになっていくほど点数は下がっていきます。

たとえば、あなたの、いまの「からだ電池・こころ電池」の充電量はどれくらいでしょうか?

「昨日はぐっすり眠れたから、今日は朝からずっと体調がいいな。

からだ電池は、まだ7点くらいはあるかな。

でも、さっきの新規顧客との初面談は精神的に疲れた。

こころ電池は、4点くらいまで下がっているかな」

というように、点数とともに、その理由についても分析してみるのです。

そうやって、「からだ電池・こころ電池」の充電量を数値化することで、自分の心身の状態を客観的にとらえることができるのです。

また、相手の「からだ電池・こころ電池」の充電量を知ることは、対人関係において大きなメリットがあります。

たとえば、あなたがリーダーだとして、部下の「からだ電池・こころ電池」の充電量をずばり聞いてみるのです。

すると、一見、とても元気そうに見えた部下が、「そうですね。からだ電池は4点です。今朝からちょっと頭痛がしていまして。こころ電池は3点くらいでしょうか。

じつはさっき、部長から厳しいお叱りを受けてまして、かなり落ち込んでいます・・・」

といい、外側からはまったく気づかなかった事実が見えてくることがあります。

そういう目に見えない情報を知れば、「それなのに、遠方の取引先との打ち合わせに出かけて大変だったね」という言葉をかけることができます。

部下は、そんなあなたからのねぎらいの言葉を嬉しく思うでしょう。

このように、相手の、そとからは見えない情報を知ることで、コミュニケーション力がアップするのです。

怒りや不安は感覚を鈍くさせる

私たちは、怒りや不安などによって感情が大きく揺り動かされているとき、危険を察知するために臭覚や聴覚などの「五感」が非常に鈍くなることがある、ということは前述しましたが、その一方で、疲労が蓄積しているときには感覚が鈍くなることがあります。

たとえば、食事をするにしても、視覚や臭覚、味覚を意識せず、ただムシャムシャとほおばっている―。

心が疲れているときは、ゆっくり食事をするように意識してください。

いつもよりワンテンポ遅くすることを意識して、食べ物をゆっくり噛んで、よく味わうようにしてみましょう。

そして、感じたことや思い出したことなどを言葉にしてみてください。

グルメ番組のレポーターになったつもりで、心の中で実況中継してみます。

たとえば、イチゴのショートケーキを食べるのであれば、「イチゴの甘酸っぱさと香りが、生クリームのコクと合わさってなんともいえないおいしさ。
そういえば、小学校の給食で、ひなまつりのときに出されたショートケーキは最高だった。
配られたときは、真っ赤なイチゴがきれいで、嬉しくてたまらなかったな」

といったように、イメージを広げてみるといいでしょう。

体の感覚に意識を集中すると、張り詰めていた心の緊張がほぐれ、すると、呼吸も楽になり、体がリラックスしてきます。

また、私たちは何か危機的な状況やストレスを感じる状況に接すると、筋肉がギュッと硬くなり、表情も硬くなります。

呼吸も浅くなり、息苦しさを感じます。

特に姿勢は心の在り方と強く結びついていて、元気がないときや落ち込んでいるときは、背中が丸まり、猫背になったりします。

体が硬くなっているな、姿勢が悪くなっているな、と気づいたら、両手を上げて、うーんと大きく伸びをしてみたり、リラックスできる姿勢を取ってみたりして、体をほぐすようにしてみましょう。

すると、心もほぐれていきます。

「ありがたい」と「でも・・・」を分別する

たとえば、夫婦関係や、きょうだい関係で、相手に「ありがたい」と思うところは、どんなところですか?

家族ですから、何かと支えてくれたり、困ったときに助けてくれたり、考えてみると「この人がいてよかった」と思うところは沢山あるものです。

ところが、人は、人に対して「ありがたい」と思うところをすぐに忘れてしまいがちです。
それが、近しい関係であればあるほど。

人は本能的に「自分の危機」に関係しないことは、「忘れてもよいこと」として処理してしまうのです。

だから、相手の「ありがたいところ」や「いいところ」などは忘れがちです。

逆に、相手の「嫌なところ」や「悪いところ」などは、自分にとっての危機につながる可能性があるため、「忘れてはならないこと」と強く認識します。

だから、たとえば、靴をそろえない、服を脱ぎっぱなしにする、といった、自分を不快にさせるところばかりチェックするようになる。

そして「またやらなかった!」とイライラし、しだいにそれが許せなくなっていくのです。

たとえささいなことでも、一緒にいる時間が長くなればなるほど、その嫌な思いは蓄積され、強くなっていきます。

長年連れ添ったあげく「もう耐えきれない!」となって熟年離婚する夫婦の間には、このメカニズムが大きく関わっています。

だから、夫婦というのは、お互いに相手の「ありがたい」と思うところを定期的に、意識的に挙げて、改めて認識しておくことが大切です。

毎日でなくてもかまいません。

一カ月に一度でも、三カ月に一度でも、半年に一度でもいいので、相手の「ここはありがたい」と思うところを意識的に挙げて、改めてそれを認識しましょう。

くれぐれも、「ありがたい」と思うところを挙げながら、「でも・・・」と「嫌なところ」を同時に挙げないようにすることです。

ただただ相手に対して「ありがたい」と思うところをリストのようにどんどん挙げていくと、「この人がいて、本当によかった」という気持ちになります。

そうすれば、相手の不快なところ、嫌なところについても、「ここは目をつぶってあげよう」「ここは、少しずつでも直してもらおうかな」と前よりもずっと寛容な気持ちで対処することができるようになります。

ノートを使った記憶のとらえ直し法

内観法」というものをご存知でしょうか。
これは、自分と関わりのある相手について、

  • してもらったこと
  • してあげたこと
  • 迷惑をかけたこと

の三つのテーマで繰り返し思い出すこと(内観)によって自分や相手への理解を深めていく方法です。

専門の施設で行なう場合は、周囲に何もない部屋の中でイスに座り、相手との思い出を振り返ります。

定期的に指導者が訪れるので、どんなことを思い出したかを話します。

この作業を一週間、朝から夕方まで続けます。

最初は相手に対する怒りの感情が浮かんだりしますが、しだいに自責の念や、後悔などが浮かんできます。

さらにそれを超えると、自分のこと、さらには相手のことも許す気持ちや、これからはこう生きよう、という前向きな思いが生まれてくるのです。

ただし、この方法は、専門の施設で、専門の指導員のもとで行わないといけません。

そこで、おすすめするのが、簡易バージョンの「小さい内観法」です。

紙を三枚とペンを用意すれば、一人で行なうことができます。

まず、あなたが向き合ってみたい相手を決めます。

たとえば、いまでもときどき思い出しては苦しい気持ちになる、「ソリが合わなかった元上司」に決めたら、それをそれぞれ紙の一行目に書きます。

三枚の紙にはそれぞれ二行目に、

  • 上司からしてもらったこと
  • 上司にしてあげたこと
  • 上司に迷惑をかけたこと

とタイトルを書き、その下に思い出したことをノートに書き出します。

この三つのテーマについて思い出したことをひたすら書き出していくのがポイントです。

紙がいっぱいになったら新しい紙を付け足してください。

最初のうちは、たとえば「上司からしてもらったこと」について、「いつも雑用ばかりやらされた」とか「同期と比べて自分だけ厳しくされた」などのネガティブな記憶ばかりが思い浮かぶかもしれませんが、過去の記憶とじっくり向き合い、考え、書く作業を続けていくと、思考が少しずつ冷静に、客観的になっていきます。

  • いま思えば、この上司からこんなことを教えてもらったな
  • こんなことで、上司に感謝してもらったこともあったな
  • 私の態度にも生意気なところがあったかもしれない
  • この上司も、当時は上からのプレッシャーで苦しんでいたのかな

などと、これまでの嫌な思い出が、一面的ではなく、立体感を持ってきます。

そして相手との「つらかった思い出」が「ひとつの客観的な思い出」に切り替わります。

この「小さい内観法」は、寛容力を高めるためにも有効なワークなので、ぜひ実践してみてください。

話に耳を傾けてあげるだけでいい

寛容力のある人は、人から相談を持ちかけられやすいものです。

なぜなら、この人ならきっと話を聞いてくれるはず、という雰囲気をまとっているからです。

とはいえ、「聞いてもらえますか?」「ご相談がありまして」と話を持ちかけられたとき、自分はこの人の役に立つことができるだろうか・・・と心配になるかもしれません。

でも、心配する必要はありません。

そんなとき、話にただ耳を傾けてあげるだけでいいのです。

カウンセラーの仕事で一番大切なのは、相手のいいたいことを最初から最後まで、全部聞くということです。

「そうだったんですか」「なるほど」「あなたはそう思ったんですね」「それはかなり厳しい状況でしたね」などと、あいづちや要約をはさみながら、相手に思うぞんぶん話をしてもらうことでカウンセリングの仕事の九割は成立するのです。

なぜでしょうか。

それほどに、「話す」ことによる心の整理力は高いからです。

ただ、相手にその力を発揮しにくくさせるのが、相手の話をさえぎり、「君がこういうふうにやらないから、そういう結果になってしまったんだよ」といった正論でアドバイスしてしまうこと、あるいは直接的なアドバイスをしなかったとしても、質問攻めにしてしまうことです。

こういうことをされると、相手は「あなたはダメだ」と責められいると感じ、「相談するんじゃなかった・・・」と、よりつらい気持ちになってしまうのです。

しかし、相談をする人も、なんらかのアドバイスが欲しいという部分もあります。

では、どうすればいいのでしょうか。

悩みには軽いアドバイスがよりよい

感情の勢いが強い状態を「赤コンピューター」、冷静な状態を「青コンピューター」と表現していますが、相手が「赤コンピューター」であるか、あるいは「青コンピューター」であるかは、顔を見ただけではなかなかわかりません。

けれども、それを判断するためのポイントがあります。

たとえば、相手がワーッと堰を切ったように話をしているときは、「赤コンピューター」状態である可能性が高いといえます。

だから、ここではよけいなアドバイスはせずに、とにかく聞き役に徹し、話をしてもらうことが重要です。

そして、相手がひととおり話したあと、言動に落ち着きが見られ、「青コンピューター」になったな、と思ったら、ちょっとだけアドバイスをしてみます。

そこで「そうしたくても、できないの!」などと相手の感情が高ぶったら、再び「赤コンピューター」に戻ったと判断し、それ以上のアドバイスはやめて、また聞き役に徹するようにします。

部下など、自分よりも目下の人が相談をしてきた場合、「何か効果的なアドバイスをして解決策を示してあげなくては」という気負いが高まるものです。

しかし、「相手が抱えている問題は、じつはそれを『話す』ことで9割は解決している」と思えば、そこまで気負わなくていいことがわかるでしょう。

また、気負ったアドバイスより、実際にはむしろ「軽いアドバイス」のほうが相手の役に立つことが多いのです。

たとえば、「異動で部署が変わり、何をやってもうまくいかないんです。
自分はこの部署の仕事をこなす能力がないと思います」と、かつて同じ部署にいた部下が相談してきたとしましょう。

そのときは、「それは大変だね。僕も同じような経験がある。
僕も、同じような経験がある。
異動してから最初の三カ月くらいはかなり悩んだよ」というように、まずは相手に共感を示し、自分の経験談を語るようにします。

それから、「でも、うまくいかないのは、けっして君に能力がないからではないよ。
環境の変化で疲れていて、心身のエネルギーが不足しているからかもしれないね」ということを伝えましょう。

そして最後に、「睡眠だけはしっかり取らないといけないよ」といったアドバイスをします。

これくらいの軽いアドバイスのほうが、相手によけいなプレッシャーをかけずにすみます。

この部下を絶対に救ってあげようと、あれこれ気負ったアドバイスをしてしまうと、部下は、それに応えられないとき、「せっかくアドバイスしてくれたのに、期待に応えられなかった。もうあの人には相談できない」と、離れていってしまいます。

そんな部下に自分も失望して・・・という残念な結果になってしまうことがあることを知っておきましょう。

「ちょっと離れた場所から見守っているよ」くらいの距離感で接するほうが、自分も相手も疲れずにすむ場合が多いのです。

余裕という寛容力

「これまで自分は沢山の人と出会って、いろんな経験をしてきた。
こんなに長く社会生活を送ってきているのに、どうして自分はこんなに独りよがりな考え方をしてしまうのだろう・・・」
と悩む人は多いかもしれません。

しかし、人は誰もが本来「独りよがり」なのです。

だから、衝突が起こります。

思うようにいかないことが起こります。

失敗することが往々にしてあります。

そのトライ&エラーの中で、私たちはさまざまな感情に対処しなければいけないわけですが、特に「怒り」の感情にうまく対処できるかどうかがもっとも重要なポイントになります。

なぜなら、「怒り」は感情の中で最も勢いが強いからです。

それに加えて、「怒り」はさまざまな感情を背後に引き連れているからです。

たとえば、反撃されるかもしれないという「恐怖」、嫌われてひとりぼっちになるかもしれないという「不安」、自分は小さな人間だと責めてしまう「自己嫌悪」など、怒りは、こういったさまざまな感情を同時にかき立て、私たちの心を大きくかき乱します。

だからこそ、この「怒り」にきちんと対処できるようになると、メリットも大きいのです。

恐怖や不安や自己嫌悪などの感情にもうまく対処できるようになり、自信が生まれます。

知っておくべきことは、「怒り」というのは、無理に「抑え込む」のではなく、上手に「消化する」ことができれば、それ以上の悪さをしなくなる、ということです。

そして、「怒り」を上手に消化する方法は、ここで紹介しましたが、それらのテクニックを使い、イライラして、相手に怒鳴りそうになったけれどもうまく消化して「怒鳴らなかった」としたら、その「しなかった」行動ができた自分を大いに褒めてあげましょう。

相手に腹が立った。私は怒っている。これはしかたのないことだ。ただ、それを行動には出さなかった。自分はうまく怒りを消化できた」と自分にOKを出しましょう。

そうすれば翌日、その相手とまた会ったときに、自分のほうが大人だからこちらから挨拶するか、と「おはよう!」といえます。

それこそが「余裕」であり、余裕こそ寛容力なのです。

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若い人に怒りをおぼえたときの対処法

現代の若者は、親から「とにかく失敗しないように」と過保護に育てられてきたという人が多く、それゆえの未熟さを抱えています。

彼ら、彼女らは人からいわれたとおり、正確にやることこそ最良と考えがちです。

そして、失敗しないためには、誰かに正解を教えてもらうのが正しい、と考えがちです。

ですから、いまの若者は、職場でも「これはどうすればいいんですか?」と、説明や指示をこと細かに求めてくることが多いようです。

彼ら、彼女らは「失敗してはならない」という気持ちが強いため、物事に対して消極的な姿勢になりがちです。

だから「君のやり方でやってみなさい」などといわれると、不安や恐怖でパニックに陥ったりするのです。

また、いまの若者は、人間関係においても失敗しないよう、人となるべく摩擦を起こさずに育ってきているので、生身の人間とのコミュニケーションが苦手であるという特徴もあります。

IT技術の発達により、メールやSNSなどでつながることができ、そのため面と向かってのコミュニケーションが十分に鍛えられておらず、人との摩擦が発生したときに、すばやく対応したり、修復したりすることができない人が多いのです。

そんな若者に対して、「どうしてこの一言がきちんといえないんだろう?」「なぜこの場の空気が読めないんだろう?」とイライラしてしまいがちです。

しかし、若者は悪意があってその一言をいわなかったり、その場の空気をわざと無視したりしているのではなく、ただ単純に「できない」ためであることが多いことを理解しましょう。

「最近の若者は・・・」

こういう批判は、ずっと昔から言い継がれてきたフレーズです。

育ってきた環境や、吸い込んできた空気が異なるのですから、ジェネレーションギャップが生まれるのは当然です。

そのギャップを「埋めよう」とするのではなく、むしろ、「活用しよう」という気持ちを持つことが大切ではないでしょうか。

互いの世代の「いいところ」を活用し合い、目標や課題の達成にうまくつなげていこうという姿勢でいることが寛容力につながると思います。

トラブル老人の寛容力のある人、ない人

先日、電車に乗っていたときのことです。

おじいさんが座席に座って本を読んでいました。

このおじいさんは、隣の人との間をきちんと詰めて座っていなかったため、本来であればもう一人が座れるはずのスペースが狭くなっていました。

ある駅から乗ってきた若者が、その狭いスペースに、遠慮がちにお尻を入れて腰かけました。

すると、そのおじいさんは、ものすごい怒った目つきでその若者を睨みつけたのです。

銀行でATMの操作方法がわからず、後ろに行列ができてしまったため、係員が助けに入ろうとしたら、「うるさい!」と怒鳴って拒否したお年寄りを見かけたこともあります。

突然、怒り出したり、理不尽な行動をしたりする「トラブル老人」が増えているそうです。

鉄道係員に暴力を振るう加害者は、年齢別では「60代以上」がトップで、23.8%を占めます。

そのうち飲酒をしている加害者が多いのも特徴です。(「鉄道係員に対する暴力行為の件数・発生状況について」(平成27年度大手民鉄16社、JR6社など計33社局))。

「年を重ねたら寛容力が増して、本来ならば、おだやかになるんじゃないの?」と不思議に思うのではないでしょうか。

年を重ねることによって丸くなる人と、年を重ねることによって丸くなる人と、年を重ねることによってイライラしやすくなって”トラブル老人”になってしまう人の二つのタイプの人がいる、ととらえています。

年を重ねるごとにイライラしやすくなる人は、「引く力」を育ててこなかった人です。

こういう人は、自分が常に正しいという価値観を持ち続け、心が狭く、柔軟な思考や発想ができません。

このタイプにとって「経験」とは自分の正しさを裏付けるためのものでしかありません。

そのため、無駄にエネルギーを使います。

「自分は正しく、相手が間違えている」というのが前提なので、いたるところでイライラが発生します。

ただでさえ年齢とともにエネルギー量が少なくなっているのに加え、イライラによるエネルギー消耗が加わるのですから、キレやすくなるのです。

特にアルコールを飲むと、瞬発的に怒りが爆発し、それが暴力行為となって表れたりします。

一方、年を重ねることによって丸くなる人は、「引く力」を育ててきた人です。

こういう人は、経験の中で試行錯誤を重ねつつ、人の考え方というのはそれぞれだ、という価値観を育てることができています。

ですので、柔軟な思考や発想ができるのです。

そのため無駄なエネルギーを使いません。

だから、イライラしにくい。

イライラしなければ、ますますエネルギーの消耗がなくなるわけですから、おだやかでいられるわけです。

夫婦間の小さな喧嘩のすすめ

夫婦、あるいは嫁姑など、毎日顔を合わせるような関係でうまくいっている人たちにはどんな秘訣があるのでしょうか。

それは、「お互いに我慢量を増やさない」ことではないかと思います。

お互いを思いやり、イラッとしても適度なところで妥協し、どちらからともなく折れることができる。

また、それだけではなく、「こまめに小さな喧嘩をしている」というのも、お互いに我慢量を増やさずにうまくやる秘訣だと思います。

別の項で、怒りを感じたとしてもそれを表に出さないことが余裕、ひいては寛容力につながるといいましたが、夫婦喧嘩についていえば、これまでの心理学の研究において、「喧嘩をすることがそのまま、仲の悪さを意味するわけではない」ということが証明されています。

うちはまったく夫婦喧嘩をしない、という夫婦の場合、じつは単に、お互いが相手に対して無関心であったり、あるいはどちらか一方がひたすら我慢していたりすることもあります。

お互いを尊重し、相手を理解しようとしている夫婦は、意見の食い違いや、何か嫌だと感じることがあると、そのことについて意見を交わし、ときには喧嘩に発展することもあります。

しかし、それをむりやり「我慢」してしまうと、嫌な思いがどんどん蓄積し、相手のことが許せなくなっていきます。

「話せばわかる」はずが、話さないためにすれ違い、不寛容がふくらみ、ついには「もう耐えられない!」と爆発してしまうのです。

夫婦間においては、大きな喧嘩をしないためにも、小さな喧嘩はたくさんしてもいいのです

ちょっとしたイライラを相手に感じたら、相手のためにも、自分のためにもいいたいことをいうのはOKなのだ、ととらえれば、「自分だけいいたいことをいって、相手のいうことはいっさい受け付けない」という喧嘩のしかたにはならないでしょう。

劇作家のオスカー・ワイルドは、「夫婦間の愛情というものは、お互いがすっかり鼻についてから、やっと湧き出してくるものなのです」という、なるほどと思える言葉を残しています。

結婚生活を何十年も送ってきた「ベテラン夫婦」は、お互いに対する寛容力を高めていて、夫婦関係をうまくやる秘訣についてカウンセラーよりいいアドバイスができることもあります。

夫婦関係に悩んだときは、身近にいる「ベテラン夫婦」に相談してみるのがいいかもしれませんね。

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喧嘩できない人が本音を言うチャンス

うまくいかないときには自分の軸を大切にする

最近どうもスランプだ・・・と、仕事に行き詰まりを感じた人が、ビジネス書や自己啓発書などを手に取ったとします。

「そうか、常に努力し続けることが大切なのか。
たしかにそのとおりだ。
自分にはあれも、これも足りなかった。
よし、明日からまた頑張ろう」とは思ったものの、実際にはうまく実践できず、自信を失い、更に悩みが深くなってしまった・・・。

よくある話だと思います。

体力も気力もエネルギーもあり余っている人や、若い世代の人であれば、誰かの成功ストーリーから刺激を受けることは有効です。

しかし、自信を失い気味で、「やるぞ!」という気合いだけでは前に進めなくなっている人や、ベテランの人は、そういった情報からは逆に少々距離を置いたほうがいいかもしれません。

ビジネス書や自己啓発書には、「夢や目標を持つことが大切だ」「10年後の明確なビジョンを持つことが大切だ」などと書いてあります。

しかし、10年後のビジョンを持て、などといわれても、簡単にはできないし、それができない自分はダメだ、能力がない・・・など思ってしまうと、自信が低下して、疲れやストレスが蓄積し、イライラが出やすくなる危険性があります。

そういう事態に陥らないためには、仕事に行き詰まりを感じたときこそ、自信を失いかけているときこそ、「自分の軸」を大事にすることです。

仕事、人生において自分は何をしたいのか。

お金を儲けることが重要なのか。ワークライフバランスを取り家族との時間を充実させることが重要なのか。

社会に貢献をして誰かを喜ばせたいのか―。

自分自身に問いかけてみてください。

そうやって「自分」というものをしっかり振り返り、「自分の軸」を再認識してみることが、スランプ脱出の重要なカギとなり、新たな目標を見出すパワーとなるはずです。

人生を楽にする考え

たとえば、あなたが仕事上でなんらかのミスをしたときに、「あなたが責任を取ってよ」といわれたら、どう感じるでしょうか?

嫌ですよね。なぜ嫌なのか。

自分が「被害」を受けそうだからです。

では、被害とは、どんなことでしょうか?

上司に叱られる、ボーナスの査定が悪くなる、出世に響く・・・。

そうやって列挙してみると、「あれ?しょせん、そんなものか」と思えるかもしれません。

感情に乗っ取られていると、視野が狭まります。

他人から見ればそれほどでもないミスでも、そのミスを犯した本人は、まさに崖っぷちに追い込まれたように感じます。

この先の自分に起こることは「死ぬ」くらいの悪いことだ、というイメージで頭がいっぱいになります。

しかし、先ほど挙げたように、「じゃあ、具体的にどんな悪いことが起こる?」とイメージしてみると、「しょせん、そんなものか」と思えることも多いのです。

仕事でミスを犯したとしても、「命までは取られるわけではない」のですから。

「また仕切り直しだ」と前進すればいいのです。

何かつらいこと、苦しいことが起こったときには「じゃあ、具体的にどんな悪いことが起こる?」とイメージし、さらに「そうなったら自分はこうするぞ、こうできるぞ」というところまで想定しておく。

そうすれば、不安や恐怖心をかなりゆるめることができます。

何があっても、まあ、なんとかなる」と思える人は、そう簡単に追い詰められたりしません。

たとえ一時的には、感情に乗っ取られたとしても、回復が早いのです。

このように、何か悪いことが起こっても「追い詰められない」心の切り替え術を身につけておくと、人生に安心感が生まれます。

ネガティブな感情に乗っ取られそうになっても「よし!」と踏ん張ることができます。