苦労をすれば、自信は手に入る?

苦労と自信はセットで語られることが多いものです。

どうしてそんなに自信があるのですか、と聞かれて「まあいろいろ苦労しましたからね」と答える人も少なくないですね。

もちろん、苦労すれば誰でも本当の自信を感じられるようになるのか、と言うとそんなことはありません。

中には、苦労した末に手に入れた「成果」に対して「DOの自信」を持っているだけ、という人もいます。

そういう人を見分けるのは案外簡単です。

「DOの自信」しか持っていない人は、他人にも自分のやり方を押しつけるところに特徴があります。

「自分はこうやってうまくいった」ということが、万人に適用できると思い込んでいるのです。

実際は、それぞれの事情によって、向き不向きがあるのは当然なのですが、自分の「DO」だけが自信の基盤なので、それ以外のやり方を認められないのです。

人間の限界を知ると自信を感じられる

そんな形ばかりの自信ではなく、苦労の結果として本当の自信を感じている人もいます。

彼らは、なぜ自信を感じられるのでしょうか。

それは、「人間の限界を知っている」からです。

様々な経験を積み重ねる中、人間には状況に応じて、あるいは本人の事情に応じて、できることとできないことがある、ということを、身をもって知るようになります。

つまり、「人間だから仕方がない」ということが、本心から言えるようになってくると、自信を感じることができるようになる、ということなのです。

例えば、なんらかのことに傷つく自分について、「なぜ自分はこんな些細なことで傷つくのだろう」と思うよりも、「こんな状況で傷つくのは、人間だから仕方がない」と思った方が、自分についての感じ方はよくなります。

「なぜ自分は・・・」という問いは、問いのように見えて、単なる自己批判です。

自己批判をしていたら、自分についての感じ方は悪くなりますから、もちろん自信など感じられません。

ですから、自信を感じるためには、自分の現状についての「なぜ?」を手放す、ということが必要です。

人間は、遺伝情報を持った生物です。

この世に生まれ落ちたときから、ある程度「できること」と「できないこと」が決まっています。

誰もがノーベル賞を受賞できるほど優秀な頭脳を持っているわけでもなければ、オリンピックに出られるほどの運動神経を持っているわけでもありません。

また、人間は機械ではなく生物ですから、眠らずに働き続けることもできません。

人間にできることには限りがあり、「努力すればなんでも達成できる」ということはないのです。

ところが、そんな「人間である自分」に対して「努力すればなんでも達成できる」という「DO」の思い込みを向けてしまうと、「できない自分」に意識が向いてしまい、「なぜできない?」が続き、いつまでたっても自信を感じられない、ということになってしまいます。

限界がある自分に対して、常によい感じ方をしていくということは、限界そのものも愛おしく思っていくこと。

「努力すればなんでも達成できる」という「DO」を見ずに、「こういうときにやる気を失うのは、まあ、人間だからね」と受け入れる「BE」が持てると、それが自信を支える大きな柱となります。

結果としては、より大きな視野に立って「成果」を上げられることになるでしょう。

例えば、「人の心をある程度読むことを要求される仕事は、実は自分には向かないんだな」とさっさと見切りをつけることができれば、別の分野で活躍する機会が広がるかもしれません。

もっと単純なところで言えば、睡魔と闘いながら無理をして仕事をするのではなく、とりあえず眠ってしまい、早起きして仕事をした方がはるかに効率がよいでしょう。

これは「人間は疲れると仕事の効率が落ちる」という限界をしっかりと認めた結果得られる「成果」です。

ポイント:人間はなんでもできるわけではない、ということを知っておく

大切なのは「今はこれでよい」という感覚

衝撃から回復する際に、「今はこれでよい」という感覚を持とうということでした。

実は、「今はこれでよい」というのは、衝撃から回復するときだけでなく、自信を感じるために、常に必要な感覚です。

自分の現状にいつもダメ出しをしているようでは、自信など感じられないからです。

「でもやっぱり今のままではダメなんです。変わりたいんです」という方も、まずは「今はこれでよい」ととらえることが大切だということは、今まで見てきた通りです。

「今はこれでよい」と思うことで「今」に集中し、結果的に成長していけます。

しかし、「今はこれでよい」というのは、「今」に集中するための単なる方便ではありません。

どんな場合でも、「今は、これでよい」というのは真実なのです。

つまり、現状は必然と言えるもので、「これ以上」はあり得ないのです。

どんな人も、いつでもできるだけのことをしています。

ただ、その人なりの事情(能力、性格、今までの体験、都合、体調など)があって、できないことはできないのです。

する能力はあっても「やる気が出ない」というのも、一つの事情です。

やる気を失わせる何かがあったか、体調が悪いのか、なんらかの事情があるのです。

「あのとき、もっと努力しておけば・・・」と後から後悔することはありますが、そのときにもっと努力できなかったのは、そのときの事情があったからなのです。

そうでなければやっていたはずだからです。

ですから、「できたはずの努力を怠った」と見るのではなく、「あのときはああするしかなかった」「今はこれでよい」と見ることが大切なのです。

「できたはずの努力を怠った」というものの見方は、「努力すればなんでも達成できる」という間違った前提の上に立つものです。

先ほど、人間の限界を知ると自信を感じられる、というお話しをしましたが、まさに、自分の限界を受け入れれば「今はこれでよい」と思えるのです。

もちろん、そうやって現実を受け入れることは、自分についての感じ方をよくしますから、自信を感じることにつながります。

自信がある人は、どんな現実でも受け入れられる、というのは、こういうことなのです。

「今はこれでよい」という認識は、自己を正当化する逃げだととらえる人もいるでしょう。

しかし、これは、「どんな現実も受け入れることができる」という勇気だとも言えるのです。

ポイント:すべてのことには、事情がある

友達の活躍に凹んでしまうなら?

例:SNSを見ると、友達が活躍している記事ばかりで、自信を失ってしまいます。

自信をなくしてしまうタイミングの一つが、何かから「今のままではダメだ」というメッセージを受け取ったときです。

「今のままではダメだ」と思わせる情報は、自己啓発本から来ることもありますし、お節介な他人から来ることもあります。

あるいは、「うまく生きている他人」の現状から見せつけられることもあります。

最近は、SNSなどで他人の「こんなにうまくいっています」「こんなにがんばっています」系の情報に触れて、「今のままではダメだ」というメッセージを受け取る人も少なくありません。

これらのメッセージに突然触れることは、「衝撃」なのですが、たまたまインターネットに接続したときに(全く無防備でいるときに)、視覚から飛び込んでくる情報ほど、ビビッドで衝撃的なものはありません。

ですから、SNSは案外要注意なのです(そして実際に、「こんなにうまくいっています」「こんなにがんばっています」ということが書かれている頻度が高いものです)。

こうして他人の情報から「今のままではダメだ」というメッセージを受け取ってしまうことには、様々問題があります。

1.衝撃的である

「今のままではダメだ」というメッセージの多くは、予期しないときに、つまり無防備なときに、突然やってきます。

当然衝撃を受けてしまいます。

強烈な、「なりすましの自信のなさ」を感じてしまうでしょう。

2.「自分についての感じ方」が悪くなる

もちろん「自分がダメだ」というメッセージを受け取るわけですから、「自分についての感じ方」は悪くなりますね。

3.意識が「今」から未来や過去へ向かってしまう

「今のままではダメだ」と思うと、「なんとかしなければ」「自分の努力が足りなかったら」と意識が未来や過去へと向いてしまいます。

意識を「今」にとどめることは、自信のための重要な柱です。

こうやって見てくると、他人の情報から「今のままではダメだ」というメッセージを受け取ってしまうことは、いずれも、自信を損ねるポイントばかりです。

もちろん、どんな人も完璧ではありませんし、進歩の余地があります。

そして、多くの人が進歩をしながら生きていきたいと思っているでしょう。

繰り返しになりますが、「今はこれでよい」と思うことは、自分の現状に甘んじるという意味ではありません。

もちろん、もっと進歩したいと思うことにはなんの問題もありません。

ただ、それが「今の自分ではダメだから」ではなく、今の自分をまっすぐに認めた「上に」積み重ねられるものでなければ、いつまでも自信を感じることができないのです。

今の自分がこれしかできていないことは、一つの必然です。

持って生まれたもの、育った環境、今まで経験してきたこと、現在置かれている状況、運など、様々なものが重なったり相互作用したりする結果として、「今の自分ができていること」「今の自分ができていないこと」があります。

ですから、あらゆる現状が、「事情を考えれば仕方のないこと」なのです。

そうやって、現状を否定することなくありのままに受け入れ、「その上に」何かを積み重ねていけばよいのです。

そうすれば、「自分についての感じ方」を損ねることなく、さらに前進していくことができます。

進歩は、「今はこれでよい」の上に乗せていくもの。

「ダメな自分」という認識の上に何かを乗せていっても、砂上の楼閣のようなもので、結局はもろいものなのです。

「今はこれでよい」の上に進歩を重ね、そこでもまた「今はこれでよい」という杭を打っていくことによって、状況に左右されない、しっかりした自信の土台ができていきます。

例1:長い間彼氏がいない自分に自信が持てない。恋愛できる気がしなくて苦しい。

例2:今の仕事に自信がない。いつも転職サイトばかり見てしまい、心が安定しない。

どちらも気持ちはわかります。

しかし、「今のままではダメだ」と自分にダメ出しをすることで、自信が得られるのでしょうか。

もちろん逆効果です。

こんなときも、原則は同じ。

「今はこれでよい」が出発点です。

長い間彼氏ができなかったのも、今の仕事についたのも、それなりの事情があったはずです。

今はこれでよいけれども、恋人が見つかるように、もう一歩手を伸ばしてみる。

今はこれでよいけれども、よい縁があったら転職を考える。

あるいは、転職に有利なように、資格取得を考えてみる。

そんな考え方でよいのです。

常に基本を「今」に置き、「今」に集中する。

そして次の「今」も大切にする。

そんなふうにすると、結果として「よい未来が手に入る」ということになります。

ポイント:「今はこれでよい」が出発点

「もっと自信があれば・・・」のアリ地獄

「自分はダメだ」という感覚が強い人は、「自信をつけよう」系のアプローチによってかえって自信を損ねるリスクがある、ということですが、これは自信を考える上でとても重要なポイントです。

生きづらさを感じている人の多くが、自分の問題の根底に「自信のなさ」があると感じています。

例えば、明確に意識はしていなくても、「もっと自信があれば転職できるのに」と、自信さえあれば何かができるのではないかと思ったり、「もっと自信があれば人からどう思われようと気にならないはずなのに」と、自信さえあれば自由が広がると思ったり、「もっと自信があれば人からすかれるだろうに」と、自信さえあれば対人関係もよくなると思ったりするのです。

「自信があるから、転職を考える」
「自信があるから、人からどう思われようと気にならない」
「自信があると、人から好かれる」といったこと自体は、決して間違っているわけではありません。

しかし、「もっと自信があれば・・・」と考えることは、その構造そのものに問題があります。

「もっと自信があれば・・・」と考えるのは、「今は自信がないからダメな自分」を感じているからです。

これでは、自分に対してよい感じ方などできません。

同じ「今できていない」ということについても、「転職をしたいけれども、今はまだその時期ではない。

ここからコツコツとやっていこう」というふうに思えれば、自分についての感じ方は全く違ってきます。

これは、「今はこれでよい」という認識と同じです。

「今はこれでよい。でも、これから少しずつがんばっていこう」ということなのです。

自信はリアルタイムの感じ方のことなのですから、そのキーワードは「今」です。

「今」を大切に生きていかなければ自信は感じられない、「もっと自信があれば・・・」と考えることは、自分の「今」を否定してしまうことになります。

本当は「今できること」があるのに、目が向かなくなってしまっているか、「自信のない自分にできるわけがない」と決めつけてしまっているのです。

これは自分の「今」を粗末にすることに他なりません。

もちろん結果として自信を感じることはできませんから、「自信がない」という感じ方は強まります。

それが「もっと自信があれば・・・」という考えに由来すると気づかなければ、さらに「もっと自信があれば・・・」と思うことになってしまい、まるでアリ地獄のような構造にはまってしまうのです。

ポイント:自信があれば、と思うことで自信がなくなる

「大きな視野」を持とう

「きちんと苦労した人は人間の限界を知っているから強い」ということですが、もう一つ、彼らが持っている「強み」は、大きな視野です。

大きな視野を持つことができれば、たとえ苦労の時期があっても、「あの時期が自分を一番成長させた」とふり返ることができたり、なんの脈略もなく日々襲ってくるように感じられたトラブルの連続が、実は自分に「様々なことを学ばせてくれたことに気づいたりすることができます。

もちろん、こんなふうに過去をふり返ることができるとき、「自分についての感じ方」はよくなりますし、自信を感じることができます。

「自分は生かされてきたのだな」と、「大きな何か」への感謝すら感じる人もいます。

きちんと苦労してきた人が、スピリチュアルなことを語ることが多いのも、目に見えないいろいろなつながりを感じてきたからではないかと思います。

このような大きな視野は、もちろん「自分についての感じ方」をよくするものですが、すでに苦労した人だけの専売特許にしておく必要もありません。

自分の現状があまりにも情けなく思えて、「今はこれでよい」と思うことが難しいときに、「きっと今、自分は何かを学んでいるのだろう」「きっとこの時期にも何か意味があるのだろう」と思えれば、自分のことを単なる運命の被害者のように感じなくてすむと思います。

その「何か」は、今はわからなくてよいのです。でも、「きっとあるのだろう」と思えると、「自分についての感じ方」が変わってきます。

「運命の被害者」でも「負け犬」でもなく、成長中の人であり、学習中の人。

そのように思えば、自分についてよい感じ方をすることができ、自信を感じながら困難に取り組むことができるでしょう。

どんなときにも「今はこれでよい」と思うことは可能なのです。

ポイント:「きっと何か意味があるのだろう」と考える