自信があるとは?

「自信がありそう」と思うのは、どんな人に対してでしょうか。

あるいは、「自分はもっと自信をつけたい」と思うとき、そこで思い描くのはどんな姿でしょうか。

「自信」という言葉はいろいろな意味で使われます。

「彼は自信がある」「私は自信がない」と言うと、「自信がある」の反対が「自信がない」ことのように感じられます。

しかし、実は「自信がある」と「自信がない」は反対の意味で使われていないことが多いのです。

どういうことか説明していきます。

まず、「自信がある」という状態について、お話ししましょう。

「自信がある」と言う人の多くが、主に、「成果」に注目しています。

「英語には自信がある」

「〇〇を売り上げる自信がある」

「来月までに××を達成する自信がある」

「顧客の信頼を得る自信がある」

といった表現をされることが多いように、こういう文脈での「自信」は、

自分の能力によって、なんらかの「成果」が得られることを確信している、という意味になります。

あるいは、「自分は何をやっても、そこそこの成果を上げることができる」というふうに、「特定の成果」には限らなくても、「何かしらの成果」を上げられることに「自信」を持っている人もいるでしょう。

「あの人は自信家だから」と陰で言われるようなタイプの人は、「自分は成果を上げられる」という気持ちが強いように見える人です。

こうした、「成果が上がることによって生まれる「自信」がありますが、実際、「自信がある」と思っている人の多くが、「成果」をあげられるかどうかで「自信」を考えているものです。

次に、「自信がない」場合を見ていきましょう。

もちろん「ちゃんとプレゼンできる自信がない」「説得する自信がない」など、特定のことについて「成果を上げられるかどうか」のレベルで「自信のなさ」を語る人もいるのですが、より多くの人が単なる「成果」にとどまらず、人間として生きていく上での、漠然として「自信のなさ」を感じているものです。

漠然とした「自信のなさ」とは、「自分はこのままでいいのだろうか」「自分には何かが足りないのではないだろうか」「もっとがんばらないと、ダメな人間だと思われてしまうのではないだろうか」というぼんやりとした、しかしより本質的な不安です。

いわば、「人間として自分の価値が低い」ように感じているのです。

「自分は価値が低い」と感じていれば、もちろん「自分には『成果』を上げることなどできない」と考えるでしょうし、たとえ「成果」が上がっていても、それを軽視しがちになります。

例えば、同じくらいの英語能力であっても、「英語には自信がある」と胸を張っていう人がいる一方で、「もっとできる人なんていくらでもいるし・・・」とちっとも自信につながらない人もいますね。

実際に、外見もよくて、能力も高くて、お金もあって、人が羨むようなものをたくさん持っているのに、自分の価値を感じられない自信がない人は案外多く存在しています。

こうした「自分は価値が低い」という感じ方は、「自己肯定感が低い」「自尊心が低い」と言われるのと同じ状態です。

多くの人が、知らず知らずのうちに、「自分はダメな人間だ」「自分は他の人よりも価値が低い」「自分なんて・・・」という思いで自分を見てしまっているのです。

ポイント:自信がない人は、自分は価値が低いと感じている

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いい人が隠し持つ自信のなさ

「自分なんて」という目で自分を見ている人は、自分を大切にすることができません。

常に自分のニーズよりも他人のニーズを優先してしまい、「一人ではとてもやれないような大変な仕事を、我慢して引き受けてしまう」などというパターンを繰り返してしまう人もいます。

「なんでも断らずに引き受けてくれるいい人」と思われている人の中には、「自信がない人」も相当いるでしょう。

「こんなにダメな自分が自己主張するなんて・・・」という思いがあるため、嫌だと思っても他人の依頼を断わることができず、「いい人」を演じてしまうのです。

何かを判断する際にも、「自分はどう思うか」よりも「人からどうおもわれるか」の方を圧倒的に優先してしまいます。

自分は価値が低いと思っていれば、自分の意見よりも他人の意見の方が優れている、と思いたくなるのも当然でしょう。

「ダメな自分」を見抜かれたくないので、自分の気持ちや意見を言わない、というのもよくあることです。

自分の意見を言って「そんなにつまらないことしか考えられないのか」「ものごとがわかっていない」「考え方が変」などと思われるのが怖いので、「一般的にいいと思われる答え」「相手が自分に答えてほしそうなこと」を言う習慣がついている人も多いものです。

そして、そんなことばかりしているうちに、自分の気持ちや考えがわからなくなってしまう人も少なくありません。

ポイント:自信のない人は、自分の気持ちがよくわからない

外見ばかりを気にしてしまう

「自信がない人」は、人目を非常に気にする場合が多いです。

その結果、自分の「外見」を整えることにとりつかれてしまう人もいます。

ダイエットやファッションなど実際の「見た目」はもちろん、学歴、仕事、資格、インテイリア、人脈の豊富さ・・・など、他人に評価されるために整えるものはすべて、「外見」と言えるでしょう。

自信をつけたい人が、まずはこうした「外見」を磨くパターンは多いと思いますが、自信を「外見」に求めれば求めるほど、逆に、自分に満足できなくなってしまいます。

たしかに「外見」を磨くことで、「ダイエットしてきれいになったね」などと、他人に認められる瞬間はあるでしょう。

しかし、次の瞬間には、「ここで手を抜いたらダメだ」「維持しなければ」「素敵な人が現れて、比べられたらどうしよう」などと思うことの連続になります。

これは美容であっても仕事であっても同じことです。

また、今の状態が「人目を気にした努力」によるものだということが周囲に露見してしまうと、「無理して作った」という痛い感じが出てしまいます。

ですから、よい「外見」を作り、なおかつ、それができるだけ自然に見えるようにしなければ、とさらなる努力を重ねなければなりません。

すると、「外見」のためにすること、つまりダイエットやファッション、仕事、勉強、人脈作りなどが生活を乗っ取ってしまい、人間らしい楽しみを味わいながら暮らすことができなくなってしまうのです。

精神的には疲れてボロボロになっているのに、そんな自分のケアをしようと思うどころか、「もっとやせなければ」「もっと努力して業績を上げなければ」「もっと人脈が広がるように、イベントを企画しなければ」などと思ってしまうのです。

これが高じると、心の病気になってしまうでしょう。

ポイント:がんばればがんばるほど、「もっと」「もっと」と求めてしまう

勝ち負けにこだわる人とは、自信がない

他人からは「自信がある人」「対人関係が得意な人」に見えていても、実は「自信がない」というパターンもあります。

「自信」をつけるために、「外見」を磨く。

その一つの形として、「自信がありそうな姿」や、「対人関係が得意そうな姿」を装ってしまうのです。

しかし、どんなに「自信がある人」を装ったとしても、当人には、常に不安がつきまとているでしょう。

本人が意識しているかどうかは別として、「いつか自分の本当の姿が見破られるのではないか」と思ってしまうからです。

そして、その破綻の日が来ないように、さらにせっせと「外見」を装い続けることになります。

例えば、「自信がありそうな姿」を装っている人は、好戦的であることが多く、自信がない人を「負け犬」などと小馬鹿にしたりすることもあります。

これは、自分が本当は弱いということを知られたくないからです。

そもそも、「勝ち負け」にこだわる人は、総じて自信がない傾向にあるようです。

ちょっとしたことを侮辱と感じて怒りだすタイプの人も、この分類に当てはまることが多いでしょう。

自分の「自信がありそうな姿」を脅かされる、と感じて、動転してしまうのです。

そして「攻めは最大の防御」とばかりにキレてしまうのです。

「プライドが高い人は扱いが難しい」などと言われることがありますが、「自信のありそうな人」が、ちょっとしたことで怒ったりする裏には、こうした「自信のなさ」があると言ってよでしょう。

ポイント:自信満々だからこそ、自信がないということも

他人と深い関係を築くことができない理由

「いつか本当の自分が見破られるのではないか」という思いがあると、人と親しくなれません。

このような「本当の自分を知られたら嫌われてしまうのではないか」と不安で、友達に心を開けない、という人は案外います。

先ほども触れましたが、「自信がない人」は、自分の考えや気持ちよりも、相手が喜びそうな無難なことを言う傾向にあります。

ですから、相手の反感を買うことは少ないのですが、他人と深い関係を築くことができません。

「無難だけれども親しくない関係」しか持てないのです。

自分には「本当の友達」がいない、と寂しく思っていることも少なくありません。

もちろん、そのことがさらに自信を低下させます。

また、「自信がない人」は、「人との距離が近くなり過ぎると、自分の正体を見破られて相手に嫌われるに違いない」と思っているため、人との距離が一定以上に近くなると、相手を避けるようになる傾向もあります。

「人と親しくなり過ぎないように、自分のプライバシーをあまり明かさない」

「ある程度親しくなると、相手に対してよそよそしい態度をとるようになってしまう」

「本当は好きな相手なのに、交際を申し込まれると断ってしまう」

「自信のなさ」は、このような形をとる場合もあるのです。

ポイント:本当の自分を知られるのが怖い

自分の心のケアをしていますか?

自信がない人は、自分自身をケアすることが苦手です。

「外見」を整えるためにエステに通うことはあっても、自分がリラックスするためにマッサージを受けることには抵抗がある、という場合も多いでしょう。

自分の楽しみのために時間を使うよりも、仕事を含めて「やらなければならないこと」にいつも追われていることの方が多いのではないかと思います。

あるいは失業中などで実際には仕事をしていない場合も、「早く仕事を見つけなければ」と自分を追い詰め、「できていない自分」を極度に責めているかもしれません。

「外見」を整えるために最新のファッションを追いかけている「自信がない人」がいる一方で、新しい洋服を買うこともできない「自信がない人」もいます。

「自分はそんな贅沢に値しない」と思ってしまうのです。

「自信がない人」は、自分のケアをせずに人のケアばかりしているものです。

これは、自分のニーズよりも相手のニーズを優先するということでもありますし、価値のない自分は、そのくらい人のために尽くしてようやく存在が許される、という思いが根底にあるとも言えます。

暴力をふるうなど問題のある相手と別れられない理由が、「こんなダメな自分を必要としてくれているから」である場合も少なくありません。

つまり、「自信がない人」なのです。

虐待的な関係に身を置いていると、自分はよりよい扱いに値する人間だという感覚を持てなくなってしまいがちです。

このように「自信がない人」は自分自身を大切にするのが苦手であるため、心身を病んでいくことも珍しくありません。

病気になってはじめて、「自分はケアされるに値する」ということを知る人もいます。

ポイント:不当な扱いを受けていても、気づかない

「できる」ことから生まれた自信はもろい

自信があると思う人の多くが、「成果」によって自信をつけている、ということを先ほどお話ししましたが、逆に、自信を持つことが、「成果」につながる、と考えている人もとても多いものです。

「今は自分の能力を発揮することができない。でも、自信さえあれば、『成果』を上げることができる」ととらえているのです。

運動選手などが、「成果」を上げるために、「成功した自分」をイメージ・トレーニングすることもありますね。

そうやって「自信」をつけることで、能力を最大限に発揮しよう、というやり方です。

自信があれば「成果」が上がりやすいことも、「成果」が上がることが自信につながることも、どちらも決して間違ってはいません。

しかし、ここで注目しておきたい重要なことがあります。

それは、「成果」を上げることで「自信」をつけていこうとすると、むしろ自信を損ねてしまう可能性がある、ということです。

それは、なぜでしょうか。

「成果」による自信は、状況しだいで案外簡単に折れてしまうからです。

「〇〇には自信があったのに、その失敗を機に、自信をすっかり失ってしまった」

「前の職場では××において常にトップだったのに、新たな職場ではそういうことをさせてもらえず、自信を失ってしまった」

このように、できるはずだと思っていたことができないと、「できる」ということを基盤に置いた自信は簡単に失われてしまうのです。

ポイント:成果による自信は、状況に左右される

成果を上げることができない自分が許せない

かつては自信家だったけれども、今は心を病んでいる、という人は案外少なくありません。

何かが「できる」ことから生まれた自信は、それができなくなると折れてしまう、ということでした。

しかし、そこから心が病んでしまうほどダメージを受けてしまうのは、単に何かができなくて「自信」がなくなっただけではなく、「人間としての自分の価値までもが脅かされて感じてしまうからでしょう。

そもそも人は、なぜそんなに「成果」を求めるのでしょうか。

もちろん、仕事で成功すればお金も入りますし、生活がそれだけ安定するということもあるでしょう。

しかし、成果を求める気持ちは、そのためだけではないはず。

なぜなら、ある程度成功すれば「成果」を求める気持ちがなくなるのか、と言うと、そうではない人が圧倒的に多いからです。

逆に、成功した人ほど、さらなる「成果」を求める、という姿をよく目にします。

それはなぜかと言うと、「成果を上げられる」ことによって、自分は「人間としての価値を保っている」と感じているからだと思います。

「成果」を上げて、人からそれを評価してもらえてはじめて、人としての価値があるように感じることができるのです。

自分の価値が低いと感じる人が、それを克服しようとして「成果」を求める、ということは少なくありません。

その結果としてワーカホリック(仕事依存症)になる人もいます。

このような人は、もう十分な成果を上げたから、後はゆっくり人生を楽しもう」と考えることができず、いつまでも「成果」を上げようとし続けるものです。

ポイント:何もしないと「人間としての価値がない」と思ってしまう

成果によって作られる自信は不安定

成果による自信の大きな問題として、それが他者からの評価に左右されやすい、ということも挙げられます。

成果は一般に、評価されてはじめて意味を持つものだからです。

成果を上げたとして、それが他人からよい評価を受ければ、「自信」を感じることはできるでしょう。

しかし、そこにもっとよい成果を上げられる人が出現すると、自分の評価は下がってしまいます。

評価はあくまでも相対的なものだからです。

自分よりもやり手の社員が入社してきたりすると、心が穏やかでなくなることは、よくありますね。

また、同じ成果を上げていても、評価者しだいで評価が変わるということもあります。

同じ営業成績を上げていても、部長の気分しだいでは「今月はがんばったね」と言われることもあれば、「もっとできるはずだよ」と言われることもあるでしょう。

また、新人時代はほめられたのに、中堅になったら叱られることもあります。

評価者が求める成果の形が変わってくるからです。

そんなふうに、「評価」というのは、様々な事情で左右されてしまいます。

成果による自信は、常に他人による評価を気にしなければならない、不安定な性質を持っているのです。

ポイント:「評価」は絶対的なものにはならない

「DOの自信」と「BEの自信」とは何か?

ここまでに見てきた「成果」による自信は「DO(する)の自信」と呼ぶことができます。

なぜなら、何かを「する」ことで成果が上がり、「評価を得ることによって感じられるものだからです。

また、「特定の何かができる」だけではなく、「自分はどんな環境においても一定の成果を上げられる」という、より広範囲にわたる自信
もやはり「DOの自信」です。

「DOの自信」は、状況に左右されやすく、いったん「できなく」なってしまうと折れやすい、ということはすでに見てきました。

バリバリのビジネスマンとして「DOの自信」に満ちていた人が、引退すると急に老け込んでしまったり、新たなライフスタイルにいつまでも馴染めず、過去の栄光の自慢話ばかりをして周りをうんざりさせたり、というのもその一つでしょう。

一方、こうした「できる」ことに基づくものではなく、自分の内的な「あり方」についての自信もあります。

それをここでは「BE(ある)の自信」と呼んでおきましょう。

「BEの自信」については、勘違いされないように、少々説明が必要です。

「あり方」とは、あくまでも「心の姿勢」のことです。

例えば、「『今』に集中する」「現実を否認せずにありのままを受け入れる」といったものは内的な「あり方」です。

では「BEの自信」とは、「自分は『今』に集中できる」「自分は現実を受け入れられる」という自信なのでしょうか。

違います。

なぜかと言うと、「『今』に集中できる」「現実を受け入れられる」というのは、「成果」に過ぎないからです。

これらの「できる」系の「自信」は、つまり、「DOの自信だということになります。

では「BEの自信」とはなんでしょうか。

それは、こうした「あり方」を大切にし、よりどころにしている自分に対する、言葉にならない肯定感や安心感、とでも言ったものです

つまり、実際に「今に集中できているか」「現実を受け入れられているか」という「成果」とは関係なく、「そういうことを大切にして生きている」という、生きる姿勢そのものについての、そこはかとない肯定感や安心感、そんな自分を愛おしく思う気持ちが、「BEの自信」と呼ばれるものなのです。

ポイント:「BEの自信」とは、自分に対するそこはかとない肯定感や安心感

「DO(する)の自信」とは何か?

自己評価・自己効力感

◎特徴

  • 「〇〇ができる!」「△△より優れている!」という感覚
  • 何か「成果が上がったとき、誰かに「評価されたときに生まれる
  • 「できなくなる」「評価されなくなる」と折れてしまう
  • 状況によって左右されやすい

◎「DOの自信」の例

  • 営業成績で部内トップになる自信がある
  • スタイルには自信がある
  • この試合に勝つ自信がある
  • 場を盛り上げる自信がある
  • 人脈の多さには自信がある
  • プレゼンには自信がある
  • 〇〇さんよりできるという自信がある
  • 自分はたいていの人よりも優れているという自信がある

「BE(ある)の自信」とは何か?

自己肯定感・自尊心

◎特徴

  • 「まあ、自分はこれでよいだろう」「自分ならなんとかなるだろう」という感覚
  • 「自分はこうありたい」という「あり方」を大切にする自分を、肯定するときに生まれる
  • 「できるだけ〇〇したい」という感覚なので、基本的に折れない
  • 状況によって左右されても、すぐに取り戻せる

◎「BEの自信」の例

  • 自分の気持ちに正直でありたい
  • 「今」に集中していきていきたい
  • 現実をありのまま受け入れていきたい
  • 「何か事情があるのだろう」と他人に寛大でいたい
  • 「今はこれでいい」と今の自分を受け入れたい
  • 他人とのつながりを大事にしたい
  • できるだけ心の平和を保っていきたい
  • 仕事には誠実に取り組みたい


という自分を「いい感じ」だと思う