人のダンゴにつかまらないで生きる

この章では「自分は自分、人は人」について考えてみます。

「争うのが嫌いな人」はだれでも、自分のペースを守ってゆったり生きたいと考えるはずだからです。

そのとき必要になってくるのは、「わたしにはいま、やることがあるんだ」と気がつくことではないでしょうか。

実際、やることならだれにでもあるのです。

勤めていれば仕事のない状態はあり得ません。

学生でしたら勉強しなければいけない課題やレポートはいつでもあります。

主婦には家事という終わりのない作業があります。

どんな人にも、たったいま、この瞬間にも「やること」があります。

あるいは「できること」があります。

その「やること」や「できること」に着手するのが、マイペースで生きるための最良の方法になってくるはずです。

もし、たったいまやることが何もないというのでしたら、遊んだり、ゴロゴロしたり、好きな映画のビデオでも観たりして過ごせばいいのです。

これだって立派な「できること」です。

マイペースを守れない人は、自分の「やること」や「できること」よりも、他人の動きやことばに目を奪われてしまいます。

「みんなして遊んでいるな」と思えばそっちが気になり、「あいつ飛ばしているな」と思えばそっちを追いかけようとします。

エンジンをかける、アクセルを踏み込む、ブレーキをかけるといった動作がいつも周囲のペースと同じなのです。

すると、高速道路で車のダンゴ(渋滞)につかまってしまうように、人のダンゴにつかまって自分のペースを見失うことになります。

遅くてもいいから自分の「やること」「できること」を実行する人が、争いとは無縁の「自分は自分、人は人」で生きていくことができるのです。

やることがあるのなら、すぐにスタートさせる

他人のことばやペースに惑わされないためには、つねに「現在進行中」の人間になるのがいちばん確実です。

仕事や勉強をしている最中には、自分の目の前の課題しか目に入りません。

とにかくその課題を片づけることだけに専念しています。

家事でも何かの作業でもすべて同じです。

いま現在、やっていることがあるというのは、余計なことは何も考えなくて済む幸せな時間なのです。

やることがあるのにまだ手をつけていない時間はどうでしょうか?

様子見の時間です。

職場であれば、「まだだれも動いていないのに」とか、「積極的だと思われても困る」といった気持ちが様子見につながってしまいます。

これは周囲に自分を合わせてしまう気持ちですね。

争いの嫌いな人は、自分が目立ってしまうことも嫌いですから、やることがあってもすぐにはスタートできなくて、つい周囲の様子を見てしまいます。

みんなが始めるときに自分もそれに合わせて始めようとするのです。

でもそれだと、自分のペースがかえって守れなくなります。

やることがあるからやる、やることが終わったから休むという単純なリズムさえ守れなくなります。

そこでまず、周りに他人がいようがいまいが、やることが決まっているならすぐにスタートさせる習慣をつくってください。

仕事でも勉強でも家事でも、どんな用事でもいいです。

着手の早い人は、それだけで自分のペースをつくっていけるのです。

すぐに動くことができたら、自分を誉める

「もう始めるのか」とか、「ずいぶんやる気だな」といった冷やかしや皮肉のことばは気にしなくていいです。

というより、自分が真っ先にスタートしてみればわかることですが、そういった周囲の反応はかえって気分がいいのです。

「イチ抜けた」と思えるからです。

逆の立場で考えてください。

あなたが友人とお茶を飲んだり、同僚とおしゃべりしているときに、「やることがあるから」と笑顔で立ち上がる人間に対してどんな気持ちになりますか。

「付き合いの悪い人だ」と腹を立てるのは争いの好きな人でしょう。

ものごとが自分の思うように進まなければ面白くないというのは、わがままな対人関係をつくることになるからです。

争いの嫌いな人はむしろ、「いいなあ」と思うはずです。

「この人みたいにマイペースでやっていけたらいいなあ」と思うのではないでしょうか。

その「いいなあ」と思うことを、自分が実行するだけのことです。

やることがあるときには、そのスタートは自分で切る。

それがとても気分のいいことだと気がつくはずです。

真のマイペースは、追い込みタイプより先行タイプ

よく「わたしは追い込みタイプ」だと自慢する人がいます。

「スタートは遅いし、なかなかエンジンがかからないけど、最後は追い込んでちゃんと間に合わせる」

ところが、「わたしは先行型だ」という人はあまりいません。

なぜだと思いますか?

追い込みタイプを自認する人はそれが自分の能力特性だと信じているからです。

だから自慢げに話すのです。

一方の先行タイプですが、こちらは「少しでも早くスタートさせたほうが安心だ」と考える人です。

そのほうが、マイペースでできるからです。

「わたしは時間がかかるから」とか、「途中でてこずるかもしれないし」という気持ちもあります。

つまり先行タイプは、スタートを早くすればそれだけ早くゴールできると思っているわけではありません。

決して「先行逃げ切り」ではなく、自分を安心させるために早い着手を心がけていることになります。

したがって、あまり自慢はしません。

だれかに「スタートが早いね」といわれれば、「グズだから仕方がない」と苦笑いするくらいでしょう。

でも、先行タイプの人は、早いスタートが自分の気持ちを楽にさせることを知っています。

つまり、マイペースを楽しめるのです。

一方の追い込みタイプは、毎回、精神的につらい思いを味わうはずです。

自分の能力にいくら自信があっても、エンジンがかかるまでの時間は決してのんびりできるわけではありません。

つまり追い込みタイプは、マイペースを楽しむ余裕がありません。

スタートしてしまえば、まとわりつくものから自由になれる

「さあ、やろう」という気持ちにすぐなれる人は、スタートを大袈裟に考えません。

「どうせやらなきゃいけないんだから、さっさと始めよう」と思うだけのことです。

どんなことでも、まず手をつけてみないことにはできるかどうかさえわからないだろうと考えています。

スタートに時間がかかる人は逆です。

「スタートさえ切ればあとはなんとかなる」と考えます。

問題はそのスタートで、いつ始めるか、気持ちの区切りをどうつけるか、テンションをどう高めるかといったことばかり考え続け、なかなかスタートを切りません。

たかがスタートに過ぎないのに、大袈裟に考えすぎるのです。

実際にスタートさせてからも両者の気分には違いがあります。

早いスタートを切った人は、ひとまず安心します。

むずかしい課題に直面しても、ゆっくりと考える時間があります。

少しぐらいペースが遅くなっても、慌てることはありません。

この状態は争う気持ちとは無縁です。

自分の課題だけ見つめていればいいからです。

スタートの悪い人はそうはいきません。

追いつかなくちゃとか、負けるもんかといった気持ちになっています。

先にスタートさせている人間にどうしても対抗意識をもってしまいます。

さらには大丈夫かなとか、ダメだったらどうしようという不安もあります。

とにかく心穏やかではありません。

そしてスタートを切ってからいつも気がつきます。

課題に取り組みだせば気持ちが落ち着くのですから、「こんなことならもっと早くスタートさせておくんだった」と後悔するのです。

だとしたら、軽い気持ちでとにかくスタートです。

すぐに始めることで他人より有利になるのではなく、自分の気持ちをかき乱すさまざまなものから自由になれます。

それが争いの嫌いな人にとってはいちばん楽です。

ですからこう考えてください。

じっとしていればいるだけ、いろいろな不安や想像がまとわりついてきます。

スタートさえ切ればすべて消えます。

早いスタートは早くマイペースをつかんで楽になるための技術なのです。

たいていのことは、ささっとやればささっと片付く

実を言えば、私たちの「やること」「できること」はそれほど複雑ではありません。

仕事でも勉強でも、家事やさまざまな作業でも、たいていのことはもうやり方がわかっているし、だいたいの所要時間もわかっています。

しかも、たいして時間がかかることではありません。

仕事でいちばん時間がかかるのは、企画を考えたりプレゼンの準備をするようなことでしょうか。

学生でしたらレポートや論文、主婦の場合は毎日の献立を考えるようなことになると思いますが、それだって、形式的にやっつけようと思えばそれほど時間はかかりません。

わたしも原稿を書いたり論文を書いたりするような作業は、スタートさせるまでは気持ちの負担が大きいのですが、それでも「今日は10枚だけ書いてしまおう」と思って手をつければなんとかなります。

それを毎日、1時間なら1時間と決めて進めていくうちに、数日もすればゴールが見えてくるのです。

大きな目標でも一日単位に分割すれば、その日に「やること」「できること」はそれほど多くはないのです。

スタートさえ切れば、そういった現実的な作業量が見えてきます。

「面倒だなあ」と思ってためらっているうちは、その作業量が過大に見えるだけのことです。

したがって、ここでも一つの有効な考え方を提示しますと、すべての作業や課題は着手するまでが大きく見えるということです。

実際に手をつけてみれば、案外あっけなく終わります。

ここでもやっぱり、「こんなことならさっさとやっておくんだった」と後悔するのです。

マイペースで生きる人は、プライベートが充実している

いつもマイペースで暮らしている人は、他人と争わないぶんだけのんびり生きているように見えます。

ところが、意外に多趣味で、行動的なのです。

マイペースを守っているからリズムはゆったりしているように見えますが、毎日「やること」「できること」をきちんと実行していると、自分の時間や休日を好きなことに割り当てられるからです。

たとえば職場には、ふだん付き合いはないけれど何かのきっかけで話してみたらものすごく魅力的だったという人がいます。

付き合いがないのは、その人がマイペースで仕事をしているからです。

周りの雰囲気とは無関係に自分の仕事を黙々とこなしている。

区切りがつけば席を立つ。

自分からだれかに声をかけることはめったにない。

そういう人ですから、「この人、まじめそうでつまらないな」と思っていると、コツコツ続けている趣味があったり、映画や料理や美術館に詳しかったりするような人です。

会社に勤めながら小説を書いたり、カメラが好きで写真展を開いたりするような人がときどきいますが、そういった人たちに共通するのは仕事にもマイペースを貫くということです。

職場では決して目立たないかわりに、堅実な仕事をしています。

時間内にその日の仕事を着実に終えることをモットーとしているのです。

その場合、一般的な考え方としては小説やカメラに情熱を傾けたいから、仕事は時間内に切り上げられるように集中しているということになりますが、逆の考え方も成り立つと考えられます。

要するに、仕事にマイペースを貫ける人間でなければ、プライベートな時間を充実させることは不可能なのです。

「やること」「できること」のスタートを早くするというのは、自分の世界を楽しむための最初のステップだと考えましょう。

早いスタートで「できること」がぐんぐん増える

いまやることがわかっているときは、すぐにスタートさせる。

この単純なルールが口でいうほどかんたんではないということは認めます。

それを実行するためには、こころの「弾み」のようなものが必要です。

ここで再度確認しておきたいのは、スタートさえ早くすればいまよりもっと「できること」が増えてくるということです。

スタートが遅い人は、どんなに追い込みのパワーがあってもその日に「やること」をやり遂げておしまいです。

でもスタートさえ早ければ、「やること」を終えたあとでもう一つ、何か「できること」にも手を伸ばせます。

それは明日やる予定だったことでもいいし、プライベートな趣味でもいいのです。

とにかく身のまわりに「できること」が増えてくるのです。

「自分は自分、人は人」という人にとってこのことがいちばんのメリットだと考えられます。

なぜなら、つねに「現在進行中」の人間でいられるからです。

それだけ自分の課題や目標と向き合う時間が増えてくるのです。

しかもマイペースですから焦りはありません。