森田療法でみる対人恐怖症(昇進恐怖症の例)

4月、地方都市の工場技術部門の係長から本社営業部の課長に昇格して転属しました。

確かに、私は商品に対する知識は豊富ですが、はたして作るということはできても売るという行為に変わって、しかもこの不況期に一ランク上の課長としての職務まっとうをできるのだろうかという潜在的不安はつねにもっていました。

そこに、昇進、配置転換という辞令がおりたのです。

新しいポストは、社内でも花形の営業部第一課です。

この部署は社内でも優秀な若い社員が多く集まり、抜群な販売の知識と能力をもつ人材が多いと聞いていました。

そんな課の頂点にいるものの、実際は私よりも部下のほうが仕事ができて、本来教育すべき立場なのに、逆に教育されてしまうのではと不安でなりません。

近頃は部下との会話もほとんどなくなり、適切な指示も与えられません。

ある朝、出勤時にエレベーターのなかで部下に会いましたが、挨拶もなく横を向いたままでまったく無視しています。

なにか部下に黙殺され、バカにされているような気がしてなりません。


最近の若い人のなかには職場内ならともかくも、外で上司に会っても挨拶などはしなくともよいと考えている人が案外多いのです。

おそらく部下も同様だったでしょう。

エレベーターのなかでは軽い会釈ぐらいの挨拶は、いつの時代でも当然とあなたはお考えかもしれませんが、時代はつねに変化しています。

それに即応した部下の使い方が必要なのです。

仕事上の完璧主義者であればあるほど、新しい仕事とか新しい立場にいるとき、仕事に不安を覚えるものです。

今までの仕事ぶりが完全なら、さらに不安は大きくなるのです。

いわば、今度の仕事で失敗することによって、今までの考課点をも失ってしまうのではないかと考えるわけです。

すると、新天地はあなたにとって喜びよりも不安であり、毎日が苦痛となってしまうのでしょう。

「あの仕事は、はたして自分にできるのかどうか」「どのように指示すればよいのか」「きのうの仕事は間違っていたのでは」「部下はこんな心配をしている自分に気付いているのではなかろうか」などなど。

客観的にみれば、それなりに仕事をしているのに、このように考えてしだいに自信をなくしていく、というような新しく任命された管理職はけっして少なくありません。

あなたのような例は「他人によく思われたい」「完全でありたい」という願望が強迫観念となって被害念慮に陥ったケースなのです。

さきの部下が挨拶しないという例でいえば、「今の若者はドライだな」と軽く受け止めればいいのです。

また、いくら課長だからとはいっても、職種の違う技術部門から移ったのですから、営業部門の内容についてはしらなくて当然なのです。

そこで、「よしこれから勉強だ」「部下を集めて製品の講義でもしてやろう」と、いまはあなたのできることに向かって全力を尽くせばいいのです。

問題が起きたら起きたで、慌てずしっかりとみつめてみるのです。

そして、現在の自分をどうすべきかをみつめることです。

他人がどのように思おうともいっさい気にしないで、自分がしなくてはならない仕事を責任をもってなす姿勢が、結局は職場のウケをよくし、あなたへの尊敬と信頼につながっていくのです。

またそれが円満な人間関係につながるのです。

不安のない職場生活を形成する秘訣ともなるのでしょう。

人間関係で神経質症になる対人恐怖症の人には理想主義者が少なくありませんが、元来、理想主義者の人ほど現実を無視しがちです。

仕事が完全に自分のものになっていれば、理想主義も悪くないのですが、まだ未熟な仕事、はじめて経験するような役職で理想主義的に仕事をしようとすれば、現実との差はあまりにも開きすぎてしまうのです。

あなたには、あなたのできることしかできないはずです。

あれこれと考えて不安になるより、確実にできる目の前の仕事を、一つ一つしていったらどうでしょう。

一つ一つを着実にこなしていくことによって、「失敗するのでは・・・」という強迫観念は消えて、あなた自身への評価も次第に高まっていくのです。