感情の三つのバイアスを思い出す

生きる上で気持ちが落ち込んだり、なかなか怒りがおさまらないなどということは不可避のことです。

とりわけ人間関係に傷つきやすい人は、自分の気持ちにも人の気持ちにも人一倍敏感なので、心乱されるのは宿命といえます。

そんなとき、自分の気持ちを切り替える技法を習得していると役に立ちます。

不快な感情を増幅してしまう三つのバイアスがあります。

心がひどくかき乱され、落ち込んで絶望的に感じられるとき、これらのバイアスが働いていることを思い出すと救いになります。

三つのバイアスとは、感情の予測バイアス、投射バイアス、および反芻バイアスです。

言葉は難しそうですが、内容はいたって理解しやすいものです。

以下、順番に説明します。

感情の予測バイアス

感情の予測バイアスとは、不快な感情にせよ、心地よい感情にせよ、感情を予測するときには、実際よりも過大に考えてしまうというバイアスです。

たとえば、就職活動をしているときは、「就職できたらどんなに嬉しいだろう」と思っています。

でも、いざ、就職して働き始めれば、さほどの嬉しさはありません。

三カ月もすれば、嬉しさよりも嫌さが勝って辞めてしまう人も出てきます。

恋愛中は「この人と結婚できたら最高の幸せ」と思っていたのに、早くも新婚旅行先で「最高の幸せ」とは幻想であった、と感じる場面に出くわします。

三年もすれば幻滅の方が強くなり、相当数のカップルが離婚します。

マイナスの感情においても同様です。

予測したときの方が、実際よりもはるかにつらく感じられるのです。

たとえば、恋愛中のカップルに、「この恋愛が破綻したらどんな気持ちになるか」を予測してもらい、一定期間過ぎた後で、再度調査した研究があります。

それによると、その間に破綻したカップルの悲しみの感情は、予測した感情よりもはるかに平静でした。

なかには、すでに別の相手に夢中の人もいましたし、「失恋したら死んでしまうかもしれない」と回答していた人で、自殺したり、自殺を試みた人は一人もいませんでした。

こうした感情予測の過大バイアスが働くために、あれこれと考えているときの方がつらいのです。

実際にその場に直面してしまえば、それほどつらくはないものです。

昔から「案ずるより産むが易し」と言われてきたことです。

感情の予測バイアスは、持続性においても働いています。

ある感情が起きたとき、その感情が実際よりも長く続くと思い込んでしまうのです。

たとえば、宝くじの高額当選者についての調査結果でも、このことは示されています。

彼らは、宝くじが当たったら嬉しくなって、その後はずっと幸福な感情が続くと思っていました。

ところが、当たった直後は幸福感に包まれましたが、ほどなくそれは消え失せ、逆に多くの心配事ややっかいごとができて不幸になっている人が大部分だった、ということです。

先の恋愛中のカップルに対する調査では、今の恋愛が破綻したら悲しみがどのくらいの期間続くのかも予測してもらいました。

破綻したカップルの悲しみの感情は、予測よりもはるかに早く回復していました。

失敗したらどんなにつらいだろう。

どんなに心が傷つくことだろう。

人事評価が悪く出たら、会社にいられなくなるかもしれない。

もう立ち直れない。

ずっと絶望的な気分から抜け出せないだろう。

このように、私たちはつらさを過大に見積もってしまい、つらい心がずっと続くと思い込んでしまいます。

そのために、必要以上に感情が混乱してしまうのです。

実際には、立ち直れる日が、思ったよりも早く来るものなのです。

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感情の投射バイアス

私たちは、その時の感情を反映した形で物事をとらえる、という性質があります。

これが感情の投射バイアスです。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と同じことで、怖がっていると、なんでもないことでも怖いものに見えてしまいます。

会議で提案をしているときに自信がないと、出席者が首を横に振ったり、苦い顔をしているといったことばかりが気になってしまいます。

また、周りの人からみれば明らかに一時の感情で物事を判断しているのに、本人はそのことに気がついていない、ということがあります。

たとえば、第一志望の大学入試に失敗した生徒が就職するといい始めるとか、些細なことでけんかした夫婦が離婚すると言い張るなどです。

否定的な感情のときには、否定的な考え方になってしまい、何事も否定的にとらえてしまいます。

このために絶望的な心理状態になるのです。

感情の反芻バイアス

楽しいとか、嬉しいなどのプラスの感情は、反芻するほど軽減していくという性質があります。

たとえば、最初見たときはおもしろかった映画でも、何回も見れば飽きてしまいます。

異性との心躍る体験も、何度も思い出すうちに色あせていきます。

これとは逆に、マイナスの感情は、ある期間でみると、反芻するほど強まっていくという性質があるのです。

このことを実証した実験があります。

実験の参加者に嫌な感情を引き起こす場面を体験させた後で、A群にはそのときの感情をできるだけ繰り返し思い出すようにしてもらい、B群にはその期間普通に生活してもらいました。

すると、感情を反芻したA群の方が、B群よりも明らかにマイナスの感情を強く引きずっている、という結果が得られたのです。

このように、嫌な感情や体験を繰り返し思い出すことで、嫌な気持ちがいっそう強まる現象が、感情の反芻バイアスといわれるものです。

ひどいショックを受ける体験をした人が、フラッシュバックといってそのときの体験を生々しく再体験することがあります。

このフラッシュバックが体験を固着させるために、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で長いこと苦しむということにもなるのです。

気持ちが落ち込みがちな人は、過去のマイナス体験を繰り返し思い出す傾向があります。

その感情の反芻が、つらさをいっそう強めてしまうのです。

感情の反芻バイアスのために、いつまでもひどい気分を引きずってしまうのです。

ですから、不快な感情を引き起こす過去のことは、できるだけ思い出さないようにすることです。

意識的に楽しかったこと、嬉しかったことを思い出すようにしましょう。

過去という後ろではなく、希望という前を向いて生きることを心がけましょう。

●まとめ

「予測バイアスで、実際よりも不安が大きくなっているのだ」
「投射バイアスで、なんでも不安に見えてしまうのだ」
「反芻バイアスで、嫌な気持ちが大きくなってしまうのだ」
感情のバイアスを思い出すことで、気持ちを落ち着けよう。