誰にでも代理、代役は突然に訪れる
指揮者の小澤征爾さんが世界に名を知られるようになったのは、シカゴ交響楽団の指揮者が急病で倒れたために代役を務めたことがきっかけでした。
当時、すでに小澤さんの実力は音楽界では高く評価されていたのですが、海外の一流オーケストラを見事に率いたことで一躍世界にその名が知れ渡ったのです。
こういった例は、音楽にかぎらず映画や舞台の世界でもしばしば見られます。
サッカーや野球のようなスポーツでも、たとえば怪我をしたレギュラー選手に変わって出場した控えの選手が思わぬ活躍をして注目を集めることがあります。
政治やビジネスの世界も同じです。
本命が登場するまでの一時つなぎと思われていた人間が、意外な手腕を発揮して難局を乗り切り、本命を差し置いてリーダーを務め続けるような例です。
では、「自分は自分、人は人」という人に話を戻しましょう。
争いの嫌いな人は、他人を押しのけてでもトップに立とうとはしません。
したがって、なかなかチャンスに恵まれません。
「オレは、オレは」と前に出てくる人間よりは出番が少なくなるのはたしかだと思います。
けれどもチャンスは巡ってくるのです。
自分からつかもうとしなくても、どんな人にもチャンスは訪れます。
それが、代役あるいは代理に選ばれたときだと思ってください。
会社の評価を決めるのは「代理の印象」
「代理」には格下のイメージがあります。
自分の名刺に「課長代理」とあれば、「ああ、早くこの「代理」が取れてくれないかな」と思うし、ふつうは格下の人が代理を務めます。
部長が自分の仕事代理を頼むのは課長以下の人間であって、重役に代理は頼めません。
そういったイメージや習慣がありますから、代理の仕事が回ってくると「だれでもできる仕事だろう」という気持ちになってしまいます。
実際、ほとんどの場合は代理に任せてもいいような仕事ばかりなのです。
けれどもここはあえて考え直してみてください。
代理の仕事というのは、たしかに一時的な肩代わりですから、そつなくこなせばそれで合格です。
すでに段取りが整っている仕事ばかりで、代理がその場で判断したり重要な案件を処理することはめったにありません。
したがって、ミスさえしなければそれでいいとか、いわれたことだけやればいいと受け止めがちですが、それはあまりにもったいない考え方なのです。
なぜなら、たとえ書類を届けるような単純な仕事でも、相手は初めて顔を合わせる場合がほとんどです。
しかも上司の代理であれば、それなりのポストにいる人です。
そこできちんとした対応ができれば、あなたの会社の印象がぐんとよくなります。
「この会社はいい人材が揃っているな」と思われるのです。
さらには、あなたに代理を頼んだ上司の評判もよくなります。
「しっかりした部下だな」と思われることは、上司にとって大いに嬉しいことなのです。
代理を頼めないのは信用できない人
代理の印象が悪ければ、すべてが逆になります。
「この会社は人材の層が薄いんだな」と思われ、上司もまた「ろくに部下の管理もできないのか」と思われてしまいます。
したがって、たとえ雑用としか思えない仕事でも、上司は自分の代理を部下に頼むときはその人選に気を遣うものです。
手近な人間に気楽に頼んでいるように見えても、信頼感の薄い部下に代理を頼むことは決してありません。
それから、代理にはテストという意味合いもあります。
営業のような仕事の場合は、一度自分の代理を頼んでみて先方と顔つなぎをさせ、それで評判がいいようなら次第に大事な仕事を任せていって独り立ちさせるやり方です。
この方法は少しも珍しくありません。
新人が何人も入ってきて、さてそのなかのだれが使いものになるかというのは、かんたんな仕事の代理を頼む方法がいちばんわかりやすいからです。
自分の判断だけでなく、相手の評価も耳に入りますから、より客観的に正しい判断ができるのです。
とにかく代理の仕事を軽視しないことです。
上司から代理を頼まれる人は、それだけ信用されているということだし、自分を認めてもらうチャンスでもあるからです。
受け身の仕事でも成果は高まる
わたしたちが代理の仕事を軽く見てしまうのは、責任を問われることがないからでしょう。
仕事の内容そのものはだれでもできるようなことです。
しかもたいていは段取りがつけてあります。
いわれた通りに出かけて用を足せば終わりというのがほとんどです。
おまけに代理ですから、どんな成果を出しても自分の実績にはなりません。
これでは代理の仕事に本気で取り組むことじたい、むずかしいのです。
けれども、立場を変えて考えてみれば代理の仕事の意味がわかってきます。
どんなにかんたんな内容でも、自分の仕事を肩代わりしてもらうからには任せて安心と思える人でなければいけないからです。
もし、相手に少しでも悪い印象を与えてしまうと、そういう人を代理に選んだ本人の評価が下がってしまいます。
「うちの会社を甘く見ているのか」と思われたり、「このビジネスはたいして大事じゃないのか」と思われるからです。
つまり代理の仕事こそ、完ぺきにやり遂げることで信頼関係が深まります。
取引先との信頼関係はもちろん、上司の代理であればその上司との信頼関係が深まるのです。
しかも、あなた自身の評価も高まります。
ここで大事なのは、受け身の仕事であっても評価が高まるということです。
代理の仕事はふつう、依頼されて引き受けることになりますからあくまで受け身です。
しかもいわれた通りに実行するだけですから、「自分は自分、人は人」という人にもチャンスは訪れます。
それを軽く見てしまう人は、みすみすチャンスを見逃す人でもあるのです。
「子どもの使いじゃあるまいし」と言わせてはならない
ここまで、代理の仕事はかんたんな内容が多いといった話し方をしてきましたが、その点で誤解されると困ることがあります。
いわれたことを実行する、段取りがついているという意味ではかんたんですが、じつはその人の重要な能力を試される場所でもあるのです。
その能力というのは、問題解決能力です。
経験のある人も多いと思いますが、かんたんに片づくと思った代理の仕事が意外に手間取るケースはしばしばあります。
たとえば届けた見積書に先方がいくつか質問や要望をぶつけてきます。
あるいは詳しい商品説明を求められたり、新しいビジネスの話が出てきたりします。
そういう場合に、「わたしは代理ですから、知りません」といった態度は許されません。
本人はあくまで代理に過ぎないと思っても、相手はそうは受け止めないからです。
課長の代理で来た人に対しては、たとえ平社員であっても担当者ですから質問や要求をぶつけてきて当然なのです。
それに答えられないような人では、なんのための代理かわかりません。
もちろん、平社員が課長の代理だとすれば答えられないこともあります。
決済範囲もかぎられていますから、「それは社に戻って課長と相談します」と答えるしかない場合もあるでしょう。
そういった重大事項でもないかぎり、その場の責任を果たすのが代理の仕事になってきます。
すべて「わかりません」「答えられません」「社に帰って相談します」では、「子どもの使いじゃあるまいし」と軽蔑されるだけです。
代理を務めることで得るものがたくさんある
したがって、代理の役こそ真剣勝負になります。
ぶっつけ本番で、その場で出された問題を解決しなければいけないからです。
そのためには商品知識はもちろん、業界の情報、ユーザーの動向、取引先の概略なども頭に入れておかなければなりません。
どういった質問や要求が飛び出すかわからないのですから、まさに面接と同じなのです。
こういった説明を読んでも、「たかが代理の仕事で」と思う人がいるかもしれません。
でもそういう人は、肝心なことを忘れています。
代理の仕事というのは、いきなり高いステージに立つことでもあるのです。
上司の代理で出かければ、相手はそれなりの役職の人が出てきます。
仕事のスケールもおそらく平社員よりは大きいでしょう。
当然、話題や質問のレベルも高くなります。
その受け答えをするためには、こちらも勉強をしていなければいけません。
たんなる知識に過ぎないとしても、その知識をふだんから蓄積させる作業は欠かせないのです。
かりにそれができていなくても、代理を務めることでその必要性に気がつくはずです。
「課長は普段、取引先とこんなに突っ込んだ話をしているのか。自分も勉強しなくちゃいけないな」
そう思うはずです。
だいりの仕事というのは、単純に見えて奥が深いと考えてください。
問題解決能力があれば代役は務まる
こんどは代役について考えてみましょう。
代理はあくまで一場面だけに登場する交代要員ですが、代役は違います。
本来の担当者が都合悪くなって引っ込んだときに、その仕事をすべて受け継いで最後までやり遂げるのが代役です。
つまり完全に役が入れ替わってしまいます。
したがって、権限と同時に責任も受け継ぎます。
これがけっこう、つらいのです。
なぜなら急遽指名されることが多いからです。
スポーツや芸術のような個人の才能が試される場所でしたら、この突然のチャンスを実らせて桧舞台に立つ人もいます。
小澤征爾さんのような例です。
けれどもビジネスの場合は、最初からハンディを背負うことが多いのです。
まず、うまくいっている仕事に代役が起用されることはめったにありません。
行き詰ったり破綻してしまったときに、責任者の「首がすげ替えられる」というのが実情ですから、最初から困難な状況を引き受けなければいけないのです。
あるいは、だれも引き受け手がいないような仕事です。
本来なら担当が決まっているのに、その人間がなんだかんだと理由をつけて降りてしまい、仕方なしに代役が立てられます。
たとえばトラブルの処理、あまり結果の期待できない接待や交渉、幹事のような縁の下の力持ち的な仕事などです。
地味だったり、神経を使うわりに見返りの少ない仕事というのは、みんなが逃げ回ってしまいますから、ふだんは目立たない人間に代役が回ってくることが多いのです。
けれども、それがマイペースで争いの嫌いな人の出番ではないでしょうか。
なぜならつねに打つ手を考えられる人だからです。
むずかしい状況のなかでも、決して投げ出したりしないで、そのとき打てる最善手を選べる人だからです。
「苦肉の策」でも「次善の策」でも、状況を変えることはできます。
問題解決能力は、勝ち負けにこだわる人よりも、「マイペースな人」にこそ身につきやすいものなのです。
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代役であっても存在感があるのが争わない人
マイペースな人は他人を押しのけてまで自分を主張することはありません。
その意味では、チャンスをなかなかつかめない人です。
けれども、代役や代理は、むしろ無理なパフォーマンスをしない人に回ってきます。
これはある意味では当然のことで、「オレがオレが」「わたしがわたしが」とでしゃばる人にはとても自分の代理は任せられません。
上司にしてみれば、自分の大切な取引先に自己主張の強い部下を代理に立てるわけにはいかないのです。
それよりむしろ、日頃からきちんと自分の責任を果たしている人です。
そういう人なら、代理を頼んでも間違いはないだろうと思うのです。
受け答えのきちんとできる人ならなおさら安心です。
先方にも好印象を与えてくれるからです。
代役も同じです。
それが注目を浴びる役割なら、「自分が自分が」という人がつぎつぎに名乗りを上げるでしょうが、みんなが逃げ回る仕事でもだれかが受けもたなければいけません。
それがどんなに地味で、報われない仕事だとしても、仕事であるかぎりやらなければいけないのです。
地味で面倒な仕事、行きづまりかけた仕事、前任者が途中で投げ出したような仕事をしっかりと締めくくることで、争いの嫌いな人、マイペースな人=「自分は自分、人は人」という人の存在感が増してきます。
まともな会社であれば、そういう人はかならず評価されます。